2020.09.09

「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」に対する会長声明

2019年10月、法務大臣の私的懇談会である「第7次出入国管理政策懇談会」の下に、「収容・送還に関する専門部会」(以下、「専門部会」という。)が設置された。専門部会が設置された背景には、2019年半ば頃から、被収容者が長期収容に抗議する目的で収容施設内でハンガーストライキを行ったこと、同年6月に長崎県の大村入国管理センターにおいて餓死者が出たこと及び被収容者の処遇について法務省や入管庁に対する抗議活動がなされたこと等があった。
専門部会は、2020年6月に「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」(以下、「本提言」という。)をとりまとめ、同年7月にこれを法務大臣に提出した。今後、本提言を踏まえた形で出入国管理及び難民認定法(以下、「入管法」という。)の改正に向かうことが予想される。
しかし、専門部会が発表した本提言は、長期収容問題の解決の名の下に、以下述べる点において、非正規滞在者や難民申請者、そしてこれらを支援する者や弁護士にとって、極めて大きな不利益及び不当な制限をもたらすものであり、当会は本提言の以下の部分について反対するものである。

1 退去強制拒否罪の創設

  1. 本提言は、退去強制令書の発付を受けた者(被退去強制者)に渡航文書の発給申請等や本邦からの退去を命ずる制度及び同命令に違反した者に対する罰則(退去強制拒否罪)の創設を検討する旨の提言を行っている(本提言29頁)。
  2. しかし、被退去強制者の中には、既に日本において配偶者や子がいる者や幼少期に親と共に来日したり、日本で出生した子ども達も含まれている。こうした子ども達は、日本において教育を受け、日本語も習得しており、国籍国との結びつきよりも日本との結びつきがはるかに大きい。さらに、被退去強制者の中には、本国に帰国した場合、迫害のおそれがある難民申請者が数多く含まれている。実際に、これまで、いったんは難民該当性が否定されて退去強制令書の発付を受けた者であっても、後に難民認定をされたり、在留特別許可を受けた者も相当数存在している。
    したがって、退去強制拒否罪を創設し、罰則をもって出国を促すという手法は、上記のように日本との結びつきが強い、あるいは帰国すると迫害のおそれがあるといった真に帰国することができない理由のある者達に刑事罰を下すものであり、その影響は深刻である。
  3. さらに、被退去強制者の家族や友人、被退去強制者の生活、教育、医療などをサポートする外国人支援団体等の支援者や難民申請・在留資格に関する手続きや訴訟を担当する弁護士等の専門家等、被退去強制者を取り巻く人々が、上記退去強制拒否罪の共犯とされてしまう可能性がある。上記のような人々が被退去強制者と距離を取り、交友や支援を萎縮するような事態になれば、ただでさえ社会保障の枠組みからも排除されている被退去強制者を一層困難な状況に追い込むこととなるのであり、非人道的な状況を招来することは容易に予測される。
  4. 以上のような理由にくわえ、そもそも刑法は謙抑的であるべきであり、刑罰をもって問題解決にのぞむことはいわば最終的な手段であることにも鑑みれば、当会は、退去強制拒否罪の創設を断じて容認することができない。

2 難民申請者の送還停止効の例外を認めることについて

  1. 難民が迫害の危険に直面する国への送還に対する保護を享受するというノン・ルフールマン原則は、国際法上の原則である(難民条約第33条(1)、拷問等禁止条約3条1項)。これを具体化する形で、現行の入管法においても、難民申請中の者を退去強制することは認められていない(送還停止効、入管法61条の2の6)。
    本提言では、再度の難民申請者が送還停止効を利用して送還から逃れていることに対する対策として、この送還停止効に例外を設けることとされている(本提言34頁)。
  2. しかし、上記のような例外を設ける議論は、難民認定制度が適正に運用されていることが前提となる。日本の難民認定率は、2011年から2019年にかけて、1パーセント未満である(2013年は0.1%、2012年、2014年及び2017年は0.2%)。また、難民の出身国でみても、諸外国では申請者のうち多くが難民認定されている国からの申請者についてもほとんど認定がなされていない。日本での申請者が多い出身国に絞ってみても、世界各国における2019年の認定率は、トルコは54%、パキスタンは20%、ミャンマーは92%、カメルーンは82%となっているが、日本では上記各国の申請者についてほとんど難民認定がされていない。このように、日本の難民認定率は、極めて低く、世界各国と比較しても著しく低い。また、難民該当性が否定された場合であっても、国籍国へ送還すると生命身体に危険が及ぶ又は日本に家族がいる等の理由で、補完的な保護として人道配慮に基づく在留特別許可が与えられることもあるが、これについても、近時減少傾向であり、2019年にはわずか37名しか許可されていない。以上のように、日本の難民認定制度は適正に運用されているとは到底いえない状況にある。
    難民認定制度が適正に機能していない現状で、難民申請中の者の本国への送還を可能とすることは、申請者の生命身体に差し迫った危険を及ぼすものであり、非人道的な制度と言わざるを得ない。
  3. したがって、日本の難民政策においては、まずは、難民条約を遵守するために難民認定制度を適正に運用するべきであり、これを放置したまま、申請者の送還を許容する制度改正を行うことは、ノン・ルフールマン原則を放棄するに等しいものであり、国際法違反のおそれがある。
    したがって、当会は、送還停止効の例外を設けることについて反対する。

3 収容期限の上限を定めない現状を維持することについて

  1. 身体の自由は、言うまでもなく基本的人権の根幹であり、かかる自由を奪うことは、必要最小限に押さえ、かつ、他の代替手段がない場合にのみ許されるというべきである。したがって、その手続や期限について、法律が制限を設けることは本来当然のことである。ところが、現行の入管法は、被退去強制者の収容期間について上限を定めていないばかりか(入管法52条)、必要性相当性について司法の判断を経ることもなく、行政庁の一存で人々の自由を奪っている。
  2. 大村入国管理センターにおける餓死事件の背景には長期収容があり、この事件を一つのきっかけとして専門部会が設置され、長期収容の解消について議論がなされていた。長期収容の解消のためには、収容期間に上限を設けることが最も効果的な方策であることは言うまでもない。
    また、EU加盟国においては、収容期間に上限が設けられており、本提言における委員からの意見にも(本提言43頁)、「期限を定めない収容は国際法上恣意的拘禁と評価される」ものと述べられている。
  3. にもかかわらず、専門部会設置の主要な目的の一つであった長期収容の解消について、専門部会は、収容に上限を設けることを提言に盛り込むことを見送った。これは、長期収容を継続することによって、事実上、被退去強制者に自主的な帰国を選択させるというこれまでの入管行政の流れを継続させるものであり、収容をめぐる課題の解決を継続させるものであり、遺憾である。

4 むすび

埼玉県内には、クルド人難民申請者の集住地域が存在するなど、多くの難民申請者や非正規滞在者が生活している。そして、多くの人の家族や友人が収容されている。今般の専門部会による本提言の内容には、これらの人々や彼らと共に歩み支援する人々、また彼らを支援する弁護士が犯罪者となる可能性をはらみ、彼らをさらなる困難な状況に追い込むことを許容するものが含まれている。したがって、本提言にもとづいて入管法が改正されることは、断じて見過ごすことが出来ない。

以 上

2020(令和2)年9月9日
埼玉弁護士会会長  野崎 正

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