2017.08.09

民法の成年年齢を18歳に引き下げることに反対する意見書

2017(平成29)年8月9日
埼玉弁護士会会長  山下 茂

政府は民法の成年年齢を18歳に引き下げる民法改正を検討しているが,特に若年者の消費者保護の観点から,以下のとおり意見を述べる。

第1 意見の趣旨

  1. 民法の成年年齢は,現状において引き下げるべきではなく,20歳のまま維持すべきである。
  2. 内閣府消費者委員会成年年齢引下げ対応検討ワーキング・グループ(以下,「ワーキング・グループ」という。)の平成29年1月10日付報告書の提言に従い,若年成人の消費者保護対策として合理的判断力の不足に乗じて締結させた契約の取消権その他の消費者契約法及び特定商取引法の改正事項並びに中学・高校生及び大学・専門学校生に対する消費者教育強化策を直ちに実施したうえで,その実効性と国民の理解を検証した後に,成年年齢引下げの当否を検討すべきである。

第2 意見の理由

  1. 民法は,20歳をもって成年と定め(第4条),未成年者の法律行為には原則として取消権(第5条第2項)を付与することとして,知識・経験が未熟な未成年者を社会的に保護するものとしている。
    この成年年齢を18歳に引き下げた場合,18歳以上の者(高校3年生は順次18歳に達する)は,悪質商法の被害に遭ったとしても,未成年者取消権を行使できないことになる。
    しかしながら,この世代の若者は,社会経験に乏しく判断能力が不十分であることが多く,進学や就職で親元を離れて新生活を始めることにより,消費者被害を受ける危険が増大していることから,未成年者取消権により保護する必要性がむしろ高い。
  2. 例えば,悪質業者においては,現在でも20歳の誕生日を過ぎた若年者を狙って電話勧誘販売やアポイントメントセールスやマルチ商法の勧誘を行う手口が横行しており,未成年者取消権の存在は,悪質業者に対する大きな抑止力になっている。
    平成26年11月27日に消費者庁及び東京都から複数の事業者に対し業務停止命令が下されたケースは,大学生を対象とする投資用DVDを販売するに際し,「(購入商品である)DVDのシステムどおりに取引をすれば儲かる」等の謳い文句を安易に信じた者に対し,消費者金融で借金をさせて契約を締結させ,その後,友人を紹介すれば紹介料を支払うと説明し,購入者が勧誘者となって友人にDVDを購入させるという手口であった。成年年齢が18歳に引き下げられることにより,こうしたマルチ商法や利殖商法等の被害が高校3年生を含めて高等学校や大学内で広まるおそれがある。
    さらに,新たに成年となった18歳及び19歳の若者によるクレジットカードやローンカードの作成・使用の増加が見込まれ,新たな多重債務者を増加させるおそれもある。
    このように,民法の成年年齢が引き下げられると,18歳及び19歳の若年者が悪質業者等のターゲットとされ,消費者被害が増加・拡大する危険が高まるものと考える。
  3. 若者を対象とする消費者被害を今以上に拡大させないためには,若年者の特性に応じた勧誘行為規制のさらなる強化や消費者教育の抜本的な充実を図る必要があるが,とりわけ高校を卒業した後の大学進学率が約5割に達し,専門学校生を含めると7割以上の者が学業を継続している現状において,大学生・専門学校生に対する消費者教育の実施体制はほとんど進んでいない。
  4. ワーキング・グループは,平成29年1月10日付報告書において,成年年齢が18歳に引き下げられた場合の若年成人に対する消費者保護対策として,①合理的判断力の不足に乗じて締結させた不合理な契約に対する取消権の付与及び消費者の知識,経験,判断力等に配慮する義務としていわゆる適合性の原則の導入(消費者契約法改正),②訪問販売や連鎖販売取引等の特定商取引において,若年成人等の判断力不足に乗じた勧誘行為を行政処分対象行為として規制すること(特定商取引法の改正),③中学・高校生及び大学・専門学校生に対する消費者教育の強化策などを具体的に提言した。
  5. しかしながら,これらの対策は成年年齢引下げと同時に実施するものではなく,直ちに必要な対策を実施したうえで,その実効性があがったことを検証し,成年年齢引下げに対する国民的な理解を得たうえで,初めて成年年齢の引下げの法整備を検討すべきものと考える。
    この点につき,法制審議会の平成21年10月答申は,18歳をもって「大人」と扱い社会への参加時期を早めることの意義は認めつつも,近年の若年者は精神的・社会的自立が遅れている傾向があることや若年者を狙う悪質商法被害が多発している実態を踏まえ,「民法の成年年齢を引き下げると,消費者被害の拡大など様々な問題が生ずるおそれもある。したがって,民法の成年年齢の引下げの法整備を行うには,若年者の自立を促すような施策や消費者被害の拡大のおそれ等の問題点の解決に資する施策が実現されることが必要である。」と指摘し,「民法の成年年齢の引下げの法整備を行うべき具体的時期については,これらの施策の効果等の若年者を中心とする国民への浸透の程度やそれについての国民の意識を踏まえた,国会の判断にゆだねるのが相当である。」と結んでいる。
    また,内閣府の成年年齢引下げに関する世論調査(平成20年7月と平成25年10月)を比較すると,「契約を一人ですることができる年齢を18歳にすること」について,賛成が19.0%から18.6%となり,反対が78.8%から79.4%と,反対が圧倒的に多数であり,「どのような条件が整備されたとしても,年齢を引き下げることには反対である」との回答が,38.9%から43.8%へと増えている。つまり,成年年齢引下げに対する国民の支持はほとんど得られていないことが明らかである。
    その後,今日に至るまで,若年者の消費者被害防止策はほとんど進展がなく,国民の理解も何ら改善されていない状況の中で,成年年齢の引き下げを強行することは到底認められない。

以 上

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