2017.05.23

いわゆる「共謀罪」を創設する組織犯罪処罰法の改正に反対する総会決議

2017(平成29)年5月23日
埼玉弁護士会定時総会

第1 決議の趣旨

本通常国会に提出された、いわゆる「共謀罪」を創設する「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律」案に断固反対し、速やかに廃案とすることを求める。

第2 決議の理由

1 いわゆる「共謀罪」法案の国会への再提出の経緯

政府は、2017年3月21日、いわゆる「共謀罪」の創設を内容とする「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律」案(以下「本法案」という)を国会へ提出した。
政府は、本法案を国連越境組織犯罪防止条約(以下「本条約」という)締結のための必要的法整備であるとし、また本法案の対象犯罪を「テロ等組織犯罪準備罪」としてテロ対策であることを強調している。
政府は、これまで、2000年に署名され、2003年に発効した本条約締結のために必要であるとして、2003年、2004年、2005年の3回にわたって共謀罪法案を国会に提出したが、いずれも廃案となった。
ところが、2015年11月、フランスでのテロ事件の発生を機に、政府関係者から、テロ対策のために必要であるとの発言がなされるようになった。そして、2016年8月以降、政府が「共謀罪」を「テロ等組織犯罪準備罪」と名称を改めて取りまとめ、国会に提出することを検討していると報じられた。当会を含む弁護士会や様々な団体からの反対の意見が表明され、2016年の臨時国会への法案提出が見送られたものの、2017年3月21日、本法案を閣議決定し、国会に提出した。
そして、同年4月19日の衆議院法務委員会で安倍晋三首相は、東京五輪・パラリンピックの開催を3年後に控え、テロ対策は喫緊の課題であり、テロをはじめとする国内外の組織犯罪対策に高い効果を期待できると本法案の必要性を改めて強調し、本法案の今国会での成立を目指している(なお、同年5月23日、本法案は衆議院で可決された)。

2 いわゆる「共謀罪」法案の概要、その問題点

(1)本法案の概要
本法案は、現行の「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律」(以下「組織的犯罪処罰法」という)の第6条の2にいわゆる「共謀罪」を創設し、「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」の団体の活動として、組織により行われる重大な犯罪の遂行を2名以上で計画した場合で、『計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為』が行われた」ときに処罰するとしている。
政府は、本法案において、①犯罪主体を「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」に限定し、②「計画」の存在と、③「準備行為」を処罰条件とすると規定しており、人権の侵害や恣意的な取り締まりにはつながらないと説明する。
しかしながら、本法案は、2003年から2005年にかけて3度にわたり政府が国会へ提出したいわゆる共謀罪法案について、犯罪処罰のための条件を変えたものに過ぎない。

(2)本法案は憲法上保障された基本的人権を脅かす
本法案は、犯罪を共同して実行しようとする意思を処罰の対象とする基本的性格は、過去3度廃案となった「共謀罪」法案と変わらず、基本的人権を脅かすものである。
合意は内心の合致にすぎず「心の中で思っている」状態と紙一重であることから内心の取り締まりにつながり、思想・良心の自由が侵害されかねない。
さらに、「共謀罪」は合意を処罰の対象としていることから、共謀の疑いを理由とする早期からの捜査を可能にし、およそ犯罪とは考えられない行為までが捜査の対象とされ、人が集まって話をしているだけで容疑者とされてしまう恐れがある。「共謀罪」の新設による捜査権限の前倒しにより、犯罪の実行に着手する前の逮捕・勾留、捜索・差押えなどの強制捜査が可能になる。
「共謀罪」の捜査方法は、個人間の会話、メール、電話等を対象とせざるを得ず、プライバシーや通信の秘密の侵害につながる。通信傍受の対象犯罪が大幅に拡大された現在において、両者が相まって、メールを含めた日常的な通信がたやすく傍受されかねない。
さらに、将来的に、「共謀罪」の捜査の必要性を名目とする会話傍受やおとり捜査等の新たな捜査手法導入の根拠となることも予想され、歯止めのない捜査権限の拡大につながる恐れもある。
このようにして会話が捜査対象になるとなれば、国民は言論活動や団体活動について萎縮せざるを得ず、表現の自由、集会・結社の自由といった憲法上保障された基本的人権が脅かされる。
実際に、共謀罪は、歴史的にはイギリス・アメリカで、労働運動の弾圧に威力を発揮したが、近年では、同じくイギリス・アメリカで、反戦運動のデモなどに濫用されていると指摘される。

(3)本法案は、現行刑法の基本原則(行為主義)に抵触する
現行刑法は、犯罪行為の結果発生に至った「既遂」の処罰を大原則とし、例外的に、犯罪の実行行為には着手したが結果発生に至らなかった「未遂」について処罰する(刑法第44条)という体系から構成される。あくまで法益侵害の危険性のある実行行為の段階に至って初めて処罰するのが基本とされ、「未遂」の前段階である「予備」(犯罪の実行行為には至らない準備行為のこと)、さらにその前段階である「陰謀」(2人以上の者が犯罪の実行を合意すること)が処罰対象となるのはごく例外にとどまる。
しかるに、共謀罪法案の構成要件である「計画」は、現行刑法で見ると「陰謀」とほぼ同義であると考えられ、犯罪の実行行為を必要とせず、犯罪を行うことを合意しただけで処罰するものである。
実際、共謀罪法案の対象犯罪は長期4年以上の罪で当初676に上るとされていたもののうち277まで絞られたが、この対象犯罪については、「未遂」はおろか「予備」にすら至っていない「陰謀」の段階で犯罪が一律に成立することとなる。対象犯罪の中には「未遂」が処罰されていないものが多数含まれており、それにもかかわらず、「陰謀」の段階で処罰されることとなる犯罪が多数出てくることになる。
このような犯罪を数百も創設する本法案は、意思の合致(共謀)を処罰対象とするに等しく、犯罪を違法で有責な行為ととらえ、実行行為があって初めて処罰するという我が国の刑法の基本原則(行為主義)と抵触する。 

(4)本法案は過去3度廃案となった共謀罪法案と基本的性格は変わらない
ア 本法案は、適用対象の集団を「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」と定め、その定義を「団体のうち、その結合関係の基礎としての共同の目的が(対象犯罪)を実行することにあるもの」とした。また、犯罪の「遂行を2人以上で計画した者」を処罰することとし、その処罰にあたっては、「資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為」をしたことを要求している。
2003年に初めて政府が提出した共謀罪法案では、適用対象は「団体」としか規定されず、「準備行為」も必要としていなかった。これに比べれば、一見、本法案は処罰対象を限定しているかのようにも見える。政府は、本法案が一般市民に適用されることはない旨も主張している。

イ しかしながら、本法案は犯罪の「遂行を2人以上で計画した者」を処罰することとしている。これは犯罪の合意に着目して処罰することを意味するから、基本的人権を侵害しかねないとの強い非難を浴びた共謀罪法案と基本的性格を一にするというべきである。

ウ そして、本法案では「組織的犯罪集団」が設立当初から犯罪実行目的をもっている必要は無い。犯罪とは全く無関係な集団も、「目的が」「罪を実行することにある団体」に変質したとみなされれば適用対象となる。
すなわち、本法案の適用が問題となるのは、団体が組織として犯罪行為実行することを共謀(本法案では「計画」)した時点であるから、もともと適法な活動を目的とする団体であったとしても、共謀の時点では「組織的犯罪集団」と認定され、処罰対象とされる危険性が十分ある。
現に、最高裁平成27年9月15日決定は、組織的犯罪処罰法に定める「団体」について、当初は適法な活動を行っていた会社であっても、その後の活動によっては要件を充足することを認め、さらに、当該会社の従業員の中に犯罪行為に加担していない者がいたからといって別異に解する理由はないとしている。
そして集団の変質を第1次的に認定するのは捜査機関である。ある集団の中で刑罰法規に触れうる話題が出ただけで、捜査機関から恣意的に「目的が」「罪を実行することにある団体」であると認定されて「組織的犯罪集団」に仕立て上げられる危険は排除されていない。

エ また、「準備行為」は広範な概念である。例示される「資金又は物品の手配、関係場所の下見」はその行為自体が結果発生の危険性を帯びる行為ではなく、これによって処罰場面を限定する機能は乏しい。しかも、「準備行為」は処罰条件であるから、「準備行為」以前に犯罪自体は成立する。
これらの危険性を踏まえれば、本法案が成立した場合、労働組合がリストラに対して抗議行動を計画したり、市民運動団体が首相官邸前での座り込みを計画したりしただけでも、組織的な威力業務妨害の「テロ等組織犯罪準備罪」に該当するとして捜査機関が構成員を検挙しかねない。
また、対象となる犯罪に会社法や金融商品取引法、税法、特許法の罰則の一部も含まれているため、例えば、投資組合が一定の投資を検討したところ、インサイダー取引の可能性があるとされた場合、取引をせずとも、資金の手配などの準備行為をしたとして検挙されること、複数の税理士が集まって新たな節税商品の開発のための勉強会を行った場合に脱税の共謀として検挙されることも想定され、市民社会への影響のみならず、ビジネス取引を萎縮させる可能性も懸念されている。

3 本法案を成立させる必要性はない

政府は、本条約締結とテロ対策の必要性から、本法案の成立が不可欠かのように説明しているが、その説明は誤りである。

(1)まず、本条約締結との関係について、政府は、本条約第5条から、本条約の締結には参加罪か共謀罪の立法措置が必要不可欠かのように説明する。
しかし、そもそも本条約第5条柱書きは、「必要な立法その他の措置をとる」と規定しているのであって、手段は立法措置に限定されているものではない。
同第34条1項は、締結国に対し、自国の国内法の基本原則に従った措置をとることを求めているのであって、本条約締結にあたり、締結国が国内の基本原則を曲げて立法措置をとることを求めていない。
そして、本条約に関する国連の立法ガイドによれば、締結国は、国内法の起草にあたって条約の文言を正確に法改正案に含めるようにする必要はなく、条約の意味と精神に合致する範囲で裁量が認められている(立法ガイド43パラグラフ)。
前に述べた通り、我が国の刑罰法規においては、犯罪は違法で有責な行為ととらえられており、行為なければ犯罪は成立しないのが原則である(行為主義)。すなわち、実行行為なくして意思の合致を処罰可能とするに等しい本法案は、我が国の刑罰法規の基本原則(行為主義)と抵触する。
したがって、本条約を締結するために、いわゆる共謀罪の処罰規定を制定する必要があるという政府の説明は誤りである。
実際にも、外務省によれば、本条約を締結するために、新たに共謀罪を設けた国は、ノルウェーとブルガリアの2か国に留まる。しかも、両国は、従来、予備行為の処罰を大幅に制限していたり、捜査・訴追権限の濫用を防止する各種制度を充実させていたといった特殊な立法の背景事情があり、我が国とは相当に異なっている。

(2)次に、テロ対策について、そもそも本条約の目的は、マフィアなどの経済的な組織犯罪集団対策であり、テロ対策の条約ではない。
テロ対策の必要があるとしても、我が国の刑罰法規では、刑法や特別法によって内乱、外患、殺人、ハイジャック、サリン製造等といった重大な法益侵害行為が、実行の着手以前の予備や陰謀の段階で可罰的になっており、テロ行為を陰謀や予備の段階で処罰可能にしている。テロ防止策としての刑事処罰の整備はすでに十分になされている。
また、テロ対策の国際的枠組みとして、「爆発テロ防止条約」や「テロ資金供与防止条約」を始めとする5つの国連条約、および、その他8つの国際条約が採択されているが、我が国では、2001年9月11日の同時多発テロ後に採択された条約への対応も含め、早期に国内立法を行って、これらをすべて締結している。
したがって、テロ対策のために本法案を成立させる必要性もない。
仮にさらなるテロ防止のための処罰規定が必要という場合には、刑罰法規の謙抑性の見地から、個々の行為類型について処罰の必要性を個別に検討すべきであり、本法案のように、単なる治安目的から277もの類型につき包括的な処罰規定を新設すべきではない。

(3)本法案の処罰対象の犯罪は277に及び、極めて広範である。その中には破産法上の偏頗行為や、森林法、著作権法、所得税法違反といった、テロ対策という目的とはおよそ無関係な犯罪も幅広く含まれている。
かかる広範な犯罪類型について、社会の治安維持を目的として一律に処罰対象とする必要性は皆無である。

4 以上から、本法案は、過去3度にわたり廃案になった共謀罪法案同様、日本国憲法が保障する思想・良心の自由、表現の自由、集会・結社の自由、などの基本的人権に対する重大な脅威となり、近代刑法の基本原則にそぐわず適正手続保障の趣旨に反するものといえる。
そこで、当会は、共謀罪法案提出の都度、共謀罪創設に反対してきた。国内世論の強い反対もあって過去に提出された共謀罪法案はいずれも廃案となっている。
さらに、政府が本法案の提出を検討しているとの報道を受け、当会は2016年に2度会長声明を発してその国会提出に反対し、本通常国会へ本法案が提出されたことを受け、その成立に断固反対する会長声明を発しているところである。

5 結語

よって、当会は、本法案に断固反対し、廃案を求める次第である。

以 上

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