2017.04.12

「ハンセン病特別法廷」に関する最高裁調査報告書に対する意見書

2017(平成29)年4月12日
埼玉弁護士会会長  山下 茂

第1 意見の趣旨

  1. 最高裁判所は,昨年4月25日,最高裁判所事務総局名義の「ハンセン病を理由とする開廷場所指定に関する調査報告書」(以下,「調査報告書」という)を公表した。
    その中で最高裁は,ハンセン病に罹患した人を被告人とする刑事事件について,①「裁判所外における開廷の必要性の認定の運用」は,遅くとも昭和35年以降については,合理性を欠く差別的な取扱いであったことが強く疑われ,認可が許されるのは真にやむを得ない場合に限られると解される裁判所法69条2項に違反するものであったことを認めた。しかし,②開廷場所における裁判の公開との関係については,裁判所の掲示場及び開廷場所の正門等において告示を行っていたこと,指定された開廷場所において傍聴を許していたことが推認できるとして,公開の要請を満たさない場所が選定された事例があったとは認定しなかった。他方で,このような運用が,ハンセン病に対する偏見,差別を助長することにつながるものになったこと,さらにはハンセン病患者の人格と尊厳を傷つけるものであったことを深く反省し,お詫びするとした。
  2. 最高裁が過去の司法行政事務を調査・検証し,自らの過ちを認めてこれを詫び,再発防止を誓ったことは一定程度評価できる。しかし,調査報告書で①裁判所外における開廷の必要性の認定の運用の問題について,合理性を欠く差別的な取扱いであったことが強く疑われるとまで述べながら,平等原則(憲法14条1項)に反する違憲的運用であったことを明示せず,裁判所法69条2項という法律違反のレベルに問題を矮小化したこと,また,②裁判の公開との関係については,公開原則(憲法37条1項,82条1項)の趣旨を極めて形式的に捉えた結果,憲法違反と認めなかったことは問題といわざるを得ない。
  3. そこで,当会は,最高裁に対し,下記のとおり提言する次第である。

(1)ハンセン病に罹患した人を被告人とする刑事事件についての「裁判所外における開廷の必要性の認定の運用」が憲法14条1項の平等原則に違反していたことを明確に認め,調査報告書の追加ないし補充等として改めてその旨を公表すべきである。

(2)前項の運用における開廷場所のうち少なくとも療養所施設内及び菊地医療刑務支所における法廷が憲法82条1項の裁判公開原則に違反し同37条1項の公開裁判を受ける権利を侵害するものであったことを認め,調査報告書の追加ないし補充等として改めてその旨を公表すべきである。

(3)前(1)の運用に基づき設置された法廷のうち少なくとも裁判公開原則ないし公開裁判を受ける権利保障に反した刑事裁判については再審事由たる免訴の対象となり得るかどうかにつき改めて調査・検討し,その結果を調査報告書の追加ないし補充等としてその旨を公表すべきである。

第2 意見の理由

  1. 開廷場所指定の制度
    (1)この調査報告書は,最高裁事務総局内に設置された「ハンセン病を理由とする開廷場所指定に関する調査委員会」が「最高裁判所が,昭和23年から昭和47年までの間に,事件当事者がハンセン病に罹患していることを理由として,裁判所法69条2項に基づいて行った開廷場所の指定についての実情について調査を行った」結果である(同書1頁)。
    裁判所法69条1項は,「法廷は,裁判所又は支部でこれを開く」と規定し,同条2項は,「最高裁判所は,必要と認めるときは,前項の規定にかかわらず,他の場所で法廷を開き,又はその指定する他の場所で下級裁判所に法廷を開かせることができる」と規定している。
    法廷は,裁判所が裁判の対審,判決等を公開で行う場所であって(憲法82条1項,34条),重要な職務を執行する場所である。上記の裁判所法69条1項及び2項は,そのような法廷が開かれる場所が,原則として,裁判所本庁又は支部の庁舎の構内であるべきとし,例外的に, 最高裁判所が必要と認めるときは,他の場所を開廷場所として指定することができるとしているにすぎない。
    したがって,法廷を他の場所で開く「必要」がある場合とは,風水害,火災等のため,その裁判所の庁舎内で法廷を開くことが事実上できなくなった場合や,その裁判所の庁舎の使用は可能であるが,被告人が極めて長期間の療養を要する伝染性疾患の患者であって,裁判所に出頭を求めて審理することが不可能ないしは極めて不相当な場合など真にやむを得ない場合に限られると解すべきである。
    (2)調査報告書によれば,ハンセン病を理由とする開廷場所の指定の上申は,1948(昭和23)年から1972(昭和47)年までの24年の間に96件あった。そのうち95件が最高裁により認可され開廷場所の指定がなされた。ただ,残る1件は上申が撤回されたもので,不指定とされた事例はない(全上申に対する認可率99パーセント)。そして,実際に指定された開廷場所は,菊池恵楓園等のハンセン病療養所のほか,菊池医療刑務支所等の刑事収容施設などであった(以下,この一連の認可・指定を「本件運用」ともいう。また,以下では,ハンセン病を理由とする開廷場所のことを「特別法廷」ともいう)。
    これに対し,ハンセン病以外の病気及び老衰を理由とする上申は,1948(昭和23)年から1990(平成2)年までの42年の間に61件であった。そのうち9件が認可され,27件が不指定で,残る25件が撤回されているとのことである(認可率15パーセント)。
  2. 法の下の平等(憲法14条1項)について
    上記のように,被告人がハンセン病患者である場合には,例外なく裁判所外における開廷の必要性を認定して,開廷場所の指定を行うとの運用がなされていたといえるが,これが憲法14条1項に反するか検討する。
    (1)憲法14条1項の意義
    憲法14条1項は,「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と規定する。
    後段の列挙事由は,禁止される差別のうち特に重要なものを列挙したもので例示といえるが,歴史的にみて不合理な差別が行われてきた代表的な事項といえるから,列挙された事由による差別は原則として不合理な差別にあたると一般に解されている。
    そして,同条項の「社会的身分」の意義については,広く社会においてある程度継続的に占めている地位をいうと解すれば,特定の疾病に罹患した状態にあることも社会的身分に含めることが可能といえ,この場合には,具体的な区別が「合理的」か「不合理」かについて,後段列挙事由に該当するものとして原則違憲性が推定される(平等原則についての二重の基準論)。
    (2)「合理性」の有無
    ハンセン病に罹患したことをもって後段列挙事由の「社会的身分」に含めないとしても,本件運用の区別取扱いについて,目的及び手段・方法の点から合理性の有無を検討する。
    ア 裁判所外における開廷の必要性について(目的審査)
    調査報告書では,事務総局は,被告人がハンセン病に罹患している場合には,法廷で審理をすれば公衆衛生上の危険が予想され,これを防止するために必要があるとの認識を有していたと推測している。
    この点,伝染性疾患ではあるハンセン病に罹患している場合に感染による公衆衛生上の危険を防止し,人の生命,身体,健康を保護するという目的には正当な面もあるように見える。
    しかし, そもそも,「ハンセン病が感染し発病に至るおそれが極めて低い病気であることは,国内外を問わず,明治30年の第1回国際らい会議以降一貫して医学的に認められてきたところであり,戦前の内務省もその認識を有していたことが優に認められ(る)」とハンセン病国賠訴訟事件の熊本地裁2001(平成13)年5月1日判決は認定・判断を示している。
    また,戦中の1943(昭和18)年,アメリカ合衆国でスルフォン剤であるプロミンにハンセン病の治療効果があると発表され,日本では戦後間もなくプロミン等による治療が開始された。そして,1947(昭和22)年以降,日本らい学会において,プロミンを含むスルフォン剤の有効性が次々と報告されてきた。その間,1949(昭和24)年にはプロミンに予算がつけられ,厚生行政においてもその有効性を一定程度認めていた。その後,1951(昭和26)年4月の日本らい学会において,再発の可能性を検討するために少なくとも10年の経過を観察する必要があるとしながらも,プロミン等のスルフォン剤が極めて優秀な治療薬であると認められた。スルフォン剤の登場によりハンセン病は「治し得る病気」となったもので,そのことは国家機構のひとつである裁判所の運営当局にも当然に意識変革が求められたといえる(なお,1958(昭和33)年に東京で開催された第7回国際らい会議では,「政府がいまだに強制的な隔離政策を採用しているところは,その政策を全面的に破棄するように勧奨する。」,「病気に対する誤った理解に基づいて,特別ならいの法律が強制されているところでは,政府にこの法律を廃止させ,登録を行っているような疾患に対して適用されている公衆衛生の一般手段を使用するようにうながす必要がある」との決議がされていた)。
    以上からすれば,被告人がハンセン病に罹患している場合であろうと,裁判所内で審理しても特に公衆衛生の観点からして問題とすべき事情はなく,裁判所外での開廷の必要性はもともとなかったというべきである。
    そうすると,被告人がハンセン病に罹患している場合に法廷で審理をすれば公衆衛生上の危険が予想され,これを防止するために必要があるとの当時の事務総局の認識は全くの誤りであったといわねばならない。
    したがって,後段列挙事由に含めないとしても,ハンセン病に罹患したことをもって他の一般市民・国民と異なる取扱いをした本件運用については,その目的自体に正当性を認めることができないことになる。
    イ 目的と手段との関連性(合理性)
    上記のとおり,もともと裁判所外における開廷の必要性は認められないが,仮に,上記目的が正当といえたとした場合,上記運用が合理性を有するか一応検討する。
    この点,調査報告書も認めるとおり,裁判所以外の開廷場所指定に際しては,「他者への伝染可能性の有無及び程度並びに将来における病状の改善や伝染可能性の低下の見込みの有無及び時期を具体的に聴取し,偏見や差別を廃し最新の科学的な知見の有無など可能な限りの情報を収集し具体的に検討」することが必要である。疾病に罹患した個々の被告人ごとに個別具体的に病状等を判断する方法により上記目的は十分に達成できる。
    しかるに,2件目の上申を審議した1948(昭和23)年2月13日の最高裁裁判官会議において同時に「今後,事務局をして処理せしめ,裁判官会議は,その報告を受けるに止めることとする」との議決がなされた以降,ハンセン病に罹患しているという一事をもって,機械的,定型的に裁判所以外の開廷場所を指定するという運用が続けられ,そこでは個々の患者ごとに個別具体的な検討・判断はなされていなかった。
    ここで,調査報告書によると,結核を理由とした裁判所外開廷場所指定については,1948(昭和23)年6月10日付けのものから1974(昭和49)年5月20日付けのものまで合計11件の上申がなされていたが,そのうち認可されたのは1件のみであった。
    以上から,本件運用は全体としてハンセン病に罹患しているという一事をもって他の疾患に罹患している人の場合と全く異なる不合理な取扱いをしたものというべきこととなる。
    したがって,本件運用は平等原則違反の差別運用であり,手段・方法としても憲法14条1項に全く反するものであったといわねばならない。
    なお,らい予防法ですら,「法令により国立療養所外に出頭を要する場合であって,所長がらい予防上重大な支障を来すおそれがないと認めたとき」(15条1項2号)は入所患者の外出を予定して,患者ごとの個別具体的な病状等の判断を求めていた。しかるに,本件運用の実態は上記のとおり機械的,定型的なもので,裁判所におけるハンセン病に対する差別・偏見意識は実に深刻なものであったといわざるを得ない。
    (3)ところで,調査報告書は,「事務総局により裁判所外の開廷の必要性の認定の運用は, 遅くとも昭和35年以降については,合理性を欠く差別的な取扱いであったことが強く疑われ」ると述べながらも,「認可が許されるのは真にやむを得ない場合に限られると解される裁判所法69条2項に違反するものであった」として裁判所法違反を指摘するに止めた(同47頁)。
    しかし,ハンセン病に罹患していることが確認できれば,病状,感染の可能性等を個別的,具体的に判断することなく,機械的,定型的に開廷場所を指定するという本件運用は,ハンセン病に罹患したという一事をもって他の疾病罹患者と全く異なる不合理な取扱いをした差別運用であり,それはハンセン病に罹患した一人ひとりの個人の尊厳(憲法13条前段)を踏みにじるものである。
    この点,有識者委員会意見も,「裁判所外の開廷場所指定に関するそのような取り扱いは,端的に,憲法14条1項の平等原則に違反していたものといわざるを得ない」と指摘しているところでもある。
    (4)そこで,最高裁は本件運用が不合理な差別で憲法14条1項に違反するものであったことを明確に認め,そのことを改めて宣言すべきである。
  3. 公開原則(憲法37条1項,82条1項)について
    (1)調査報告書は,裁判所法69条2項が想定する開廷場所について,「訴訟手続が秩序正しく行われることが可能なだけの物的設備を備え,かつ,公開の要請をも満たすことのできる場所を選ぶべき」とする。
    そして,裁判の公開についての一般論として,被告人が長期間の療養を要する伝染性疾患の患者であって,裁判所庁舎に出頭を求めて審理することが不可能ないしは極めて不相当な場合など真にやむを得ない場合であるという必要性の要件を満たしている場合には,①傍聴人が入るのに十分な場所的余裕があり,②開廷の告示をするなどの方法によりその場所で訴訟手続が行われていることを一般国民が認識することが可能で,③かつ,一般国民が傍聴のために入室することが可能な場所であれば,公開の要請を満たす場所として開廷場所とすることが許されると述べる。
    その上で,刑事収容施設内で開廷された事例及びハンセン病療養所内で開廷された事例のいずれの場合も,裁判所の掲示場及び開廷場所の正門等において告示を行っていたこと,指定された開廷場所において傍聴を許していたことが推認できるとして,裁判所法69条2項が想定する公開の要請を満たさないと解される具体的形状を有する場所が開廷場所として選定された事例があったとまで認定するには至らなかったとした。
    (2)しかし,日本国憲法がその37条1項及び82条1項に規定する裁判公開原則の重要性に鑑みると,この点について調査報告書が「裁判所法69条2項が想定する開廷場所」として相当といえるか否かという形で法律レベルの問題に限定したのは重大な誤りといわねばならない。
    公開原則は,裁判を広く市民・国民に公開しなければ恣意的で独善的な審理・判断がなされる虞があり,裁判の公平・公正の保障を市民・国民の監視に委ね,裁判に対する市民・国民の信頼を確保するという極めて重要な意義を有するものである。そして,特に刑事裁判については,公開原則のかような重要性に鑑み,被告人の権利という側面からその保障を重ねて宣言したものである。
    しかるに,調査報告書の前記認定は,単に当該各法廷の場所的余裕や開廷告示の有無という点に問題点を狭めて,近代裁判制度の大前提というべき重要な裁判公開原則というものを極めて形式的に捉えている。そこでは,特別法廷に指定された場所への一般市民のアクセス障害の有無・程度などの実質面が殆ど考慮されておらず,公開原則の重要性からすれば全くもって不十分との誹りを免れない。それはやはり,調査報告書がこれを「裁判所法69条2項が想定する開廷場所」としての「公開の要請を満たすことのできる場所」かどうかという裁判所法69条2項の問題に限定し,憲法問題として検討しなかったことに根本的な原因があったといわざるを得ない。もともと,裁判所法69条2項は裁判の公開について何も規定していないのであるから,同条項が要請する公開の程度という命題の立て方自体が恣意的且つ限定的な解釈を可能とするものであることに留意する必要がある。
    そもそも,最高裁自身,裁判員制度の合憲性に関する大法廷判決の中で「基本的人権の保障を重視した憲法では,特に31条から39条において(中略)公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利(中略)など,適正な刑事裁判を実現するための諸原則を定めており,そのほとんどは,各国の刑事裁判の歴史を通じて確立されてきた普遍的な原理ともいうべきものである。刑事裁判を行うに当たっては,これらの諸原則が厳格に遵守されなければならず」と判示している(最大判2011(平成23)年11月16日刑集65巻8号1285頁)。このように最高裁は,刑事被告人には「公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利」が基本的人権として保障されており,それは「適正な刑事裁判を実現するための諸原則」であり,且つ「普遍的な原理」のひとつであるから,刑事裁判を行うに当たっては厳格に遵守されなければならないという。
    そうすると,特別法廷の公開裁判との関係については,当然ながら,憲法37条1項及び同82条1項という憲法規定に照らしてその当否を検討することが本来的に求められているといわねばならない。
    そして,その場合,有識者委員会も指摘するように,他の一般市民・国民が被告人となった刑事裁判の場合と同程度に実質的に公開されていたといえるか否かを十分に検討すべきなのである。
    (3)戦前・戦後にまたがるほぼ全患者を対象とする収容の徹底・強化により,多くの国民は,ハンセン病が強烈な伝染病であるとの誤った認識に基づく過度の恐怖心を持つようになっていた。その結果,ハンセン病に対する社会的な差別・偏見が増強されていた状況において,一般市民・国民は選定された開廷場所であるハンセン病療養所内に傍聴に赴くことはもとより,近づくことさえできなかったといわざるを得ない。
    そして,本件特別法廷は前述のとおり全部で95件認可されたが,そのうちハンセン病療養所内で開廷された事例は28件であった。
    また,刑事収容施設のうち「菊池医療刑務所支所」は,療養所「菊地恵楓園」の敷地内にあったうえ,それはハンセン病患者専用の刑事収容施設とされ,しかも,後述のとおり,施設内を「有毒地帯」などと呼んで出入りの際には厳重な消毒等を実施していたものであるから,療養所での開廷の場合にも増して一般市民が近づき難い場所であったといっても過言ではない。このような同刑務所支所での開廷が26件あった。
    (4)もっとも,調査報告書は,この点につき「ハンセン病療養所や刑事収容施設は,確かに,一般国民が容易に訪問できる場所ではないとはいえ,訪問が事実上不可能な場所であったとまでは断じがたい」などという。
     しかし,もともとハンセン病療養所は,かつて(特に戦前においては),「職員地帯」と「患者地帯」が厳格に分離され,職員すら予防衣を着用して患者地帯へ出入りしていた状況にあった。そして,例えば菊地恵楓園に設置された特別法廷では,入所者自治会事務所内及びその付近などの患者地帯に設置されていた事例があるが,そこは一般人が立ち入ることができない場所であったから,公開原則に反することは明らかであった(2016(平成28)年9月2日付け九州弁護士会連合会「ハンセン病『特別法廷』と司法の責任に関する決議」参照)。
    また,菊地医療刑務支所について調査報告書は,「公判が開かれる場合は,正面玄関に当たる外塀にわざわざその目的で構えられた外扉が開放されていた」と述べる。しかし,この点につき,本年1月実施の日弁連人権擁護委員会の現地調査に関する報告によれば,「4メートル近くに及ぶ高さの外壁が旧菊地医療刑務支所跡地の四方を取り囲んで建てられているうちの一角に,極めて小さな外扉が設置されているだけ」ということである(「人権を守る」2017(平成29)年3月1日号「ハンセン病特別法廷に関する現地調査‐国立療養所菊地恵楓園を訪ねて‐」)。そして,同報告には「この外壁に囲まれた菊地医療刑務支所内は『有毒地帯』と呼ばれており,外部から職員等が出入りする際は,更衣室で予防衣を着用しなければならず,逆に内部から外部に出る場合は予防衣を脱ぎ,靴や手足を洗浄しなければなりませんでした」とも記載されている。
    以上からすると,少なくとも,ハンセン病療養所や菊地医療刑務支所については,一般市民・国民の「訪問が事実上不可能な場所であった」というべきである。
    (5)したがって,最高裁は,少なくともハンセン病療養所内及びそれに準ずる菊地医療刑務支所内で開廷された刑事裁判については公開原則を定める憲法82条1項に違反し,憲法37条1項の公開裁判を受ける権利を侵害するものであったことを認め,これを宣言すべきである。
    また,調査報告書には菊地医療刑務支所以外の東京拘置所等の刑事収容施設における特別法廷の裁判公開の有無及び程度に関する具体的記述が殆どないが,この点についてもさらなる調査をすべきである。
    なお,事務総局による運用は,裁判所外の開廷場所を指定すること自体が平等原則に違反し許されなかったのであり,仮に公開原則を満たす場所が開廷場所として指定されたからといって,その平等原則違反という重大な瑕疵が治癒されるものでは到底ないことを特に付言する。
  4. 再審事由について
    (1)上記のとおり,ハンセン病に罹患した人を刑事被告人とする場合の裁判所外における開廷の必要性の認定の運用は,本来的に必要性の欠けた運用であったうえ,ハンセン病に罹患した一人一人の心身の状況への配慮を欠いたもので個人の尊厳(憲法13条)を踏みにじる不合理な差別として憲法14条1項に違反し,その多くが裁判公開原則に関する憲法37条1項,82条1項に違反するものであった。
    そこで,このような憲法に違反する刑事裁判により有罪の言渡を受けた人々を救済し,正義を回復する必要がある。
    (2)これまでにも,具体的事件について,「確定判決が憲法条項に違反していれば,その判決は正されなければならない。有罪認定に合理的な疑いが残るのであれば,これも是正されなければならない。これらはいずれも国家の責務であるが,再審請求者の第1順位に検察官を挙げる刑事訴訟法439条1項からして,公益の代表者たる検察官がこの任務を担うべきことは明らかである」として検察官による再審請求を求める動きはあった(2013(平成25)年4月30日付け九州弁護士会連合会「『菊池事件』について検察官による再審請求を求める理事長声明」)。
    (3)今回,調査報告書の公表により,裁判所外における開廷の必要性の認定の運用が明らかになったことは,免訴を言い渡すべき明らかな証拠をあらたに発見したものとして(刑事訴訟法435条6号),広く再審の請求を認めるべきである。すなわち,刑事訴訟法は,憲法を頂点とした全法体系を構成するものであるから,刑事訴訟自体もまた全法体系に適合したものでなければならない。したがって,具体的な刑事裁判が憲法の諸原則に明らかに反する場合には裁判所はその旨を宣言しなければならないというべきである。
    この点最高裁も,憲法37条1項の保障する迅速な裁判を受ける権利について,①審理の著しい遅延の結果,迅速な裁判をうける被告人の権利が害せられたと認められる異常な事態が生じた場合には,これに対処すべき具体的規定がなくともその審理を打ち切るという非常救済手段がとられるべきこと,②その審理を打ち切る方法については,これ以上実体的審理を進めることは適当でないから判決で免訴の言渡をするのが相当であること,を判示している(最大判1972(昭和47)年12月20日,いわゆる高田事件判決)。
    (4)そもそも,開廷場所の平等な取扱いや刑事被告人に保障された公開裁判を受ける権利は,上記の迅速な裁判を受ける権利以上に重要となる公平な裁判を担保する大前提というべきものである。
    しかるに,本件運用においては,ハンセン病に罹患したというだけで,病状,感染の可能性等を個別的,具体的に判断することなく機械的・定型的に,国民一般の赴くことが事実上不可能であったハンセン病療養所内等を開廷場所に指定する運用を継続し,その結果,ハンセン病に罹患した刑事被告人には例外なく差別的取扱いがなされ,そのうちの多くでは裁判公開原則に反する特別法廷において有罪宣告がなされるという異常な事態が生じていた。
    このように,差別取扱いがなされたうえ,さらに裁判公開原則に反する状況下で実体的審理を進めるというのは,憲法上到底容認し得ない異常な裁判というべきであるから,それらは免訴の言渡により手続を終結すべきであったといえる。
    したがって,少なくとも,本件運用により裁判公開原則ないし公開裁判を受ける権利保障に反した療養施設及びそれに準ずる刑事収容施設における裁判については刑訴法435条6号の「免訴」の再審事由が認められるべきである。
  5. 憲法76条3項(裁判官の職権行使の独立)との関係について
    本件運用は最高裁判所の司法行政事務として裁判所外での開廷場所を認可・指定するものであるから,個々の裁判内容に立ち入るものではない。そして,調査報告書は,そのような本件運用が憲法その他の関係法令に適合していたものかどうかを調査・検討するものである。
    したがって,調査報告書の本件運用に関する意見表明が個々の裁判官の職権行使の独立に関係するものでは全くないことを特に付言する。

第3 結論

よって,当会は,人権擁護の観点より,意見の趣旨記載のとおりの提言をする次第である。

以 上

戻る