2020.05.11

検事長の勤務延長に関する閣議決定の撤回を求め、国家公務員法等の一部を改正する法律案に反対する会長声明

  1. 政府は、本年1月31日の閣議において、2月7日付で定年退官する予定であった東京高等検察庁検事長について、国家公務員法(以下「国公法」ともいう)第81条の3第1項を根拠に、その勤務を6か月(8月7日まで)延長する決定を行った(以下「本件閣議決定」という)。
    しかし、検察官の定年については、検察庁法第22条に規定され、同条は、同法第32条の2で国公法「附則第13条の規定により、検察官の職務と責任の特殊性に基いて、同法の特例を定めたものとする」とされており、これまで、同法第81条の3第1項が適用されたことはない。また、国公法第81の3第1項制定について審議した1981年の国会において、人事院当局は、同法同条項は「検察官には適用されない」と答弁していた。
    ところで、そもそも日本国憲法第73条第4号は、内閣の職権として、「法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理する」とし、これを受けて国公法第1条第2項は「この法律は、もっぱら日本国憲法第73条にいう官吏に関する事務を掌理する基準を定めるものである」と規定する。そのうえで、国公法附則第13条は「一般職に属する職員に関し、その職務と責任の特殊性に基いて、この法律の特例を要する場合においては、別に法律(中略)を以て、これを規定することができる」とし、これを受けて検察庁法第32条の2により同法第22条等が国公法の特例を定めたものとされているのである。
    そうすると、検察庁法第32条の2及び同法第22条の各規定こそが、検察官の定年に関する憲法第73条4号の「法律の定める基準」にほかならないといわねばならない。それ故、本件閣議決定は、国公法第81条の3第1項の解釈を誤り、検察庁法第32条の2及び同法第22条に基づく検察官の定年に関する法律の定める基準に違反してなされたものということになる。
    したがって、本件閣議決定は、憲法73条4号に違背し、憲法に基づく政治の実践を要請する法の支配の理念に悖るものとして強く非難されなければならない。
  2. また、政府は、本年3月13日、検察庁法改正法案を含む国公法等の一部を改正する法律案(以下「本件改正案」という)を通常国会に提出した。この改正案は、全ての検察官の定年を現行の63歳から65歳に段階的に引き上げたうえで、63歳の段階でいわゆる役職定年制が適用されるとする。
    しかし、この「役職定年制規定」は、内閣又は法務大臣が「職務の遂行上の特別の事情を勘案し」「公務の運営に著しい支障が生ずる」と認めるときは、役職定年を超えて、あるいは定年さえも超えて当該官職で勤務させることができるとするもので(本件改正法案第9条3項ないし5項、第10条2項、第22条1項、2項、4項ないし7項)、政治権力等によって特定の検察官に対する人事上の影響力の行使を制度化するというべきもので問題である。
    もともと検察官は、検察庁法において、裁判官に準じた身分保障がなされている(第23条、第24条、第25条等)。それは、刑事事件の捜査・起訴等の権限が付与された検察官の権限行使が時の政治権力等によって左右されることがないように、司法権の行使に準じた独立性が要請されるからである。
    ちなみに、憲法第77条第2項の原案であるマッカーサー草案第69条第2項では「検察官は裁判所の職員であり、裁判所の規則制定権に服する」とされており、検察官は裁判官と同じく特別職の国家公務員として構想され、政治権力からの独立が強く志向されていた。
    したがって、本件改正案は、憲法第77条第2項の制定趣旨ないし精神に違背するものというべきであるとともに、国民が憲法によって政治権力を縛るために権力を分立させる近代立憲主義に悖るものとして厳しく非難されねばならない。
  3. よって、当会は、違憲・違法な本件閣議決定の撤回を求めるとともに、本件改正案の検察官の定年ないし勤務延長に係る特例措置の部分に強く反対する。
    なお、人権擁護を使命とする弁護士の集合体である当会としては、ここで改めて、えん罪撲滅のため、検察官の強制捜査権限や起訴独占権限等の旧刑事訴訟法でも認められていなかった諸権限についての抜本的見直しと検察庁法の機構改革(証拠管理庁の創設等)が別途必要であることを特に付言する。古くは「松川事件」から、最近の2010年に発覚した検察官による証拠捏造や、昨年3月に再審無罪が確定した「松橋事件」、本年3月に再審無罪が確定した「湖東記念病院事件」などで明らかになったように被告人の無罪に繋がる証拠の未開示という実態に鑑みれば、検察庁法第4条は、「公益の代表者」とする検察官に対し広範な権限を付与しているが、その権限の適正な行使と抑制について、今こそ全社会的な議論が求められているのである。

2020(令和2)年5月11日
埼玉弁護士会会長  野崎 正

戻る