2020.02.12

元刑事弁護人の法律事務所に対する捜索に抗議する会長声明

元刑事弁護人の法律事務所に対する捜索に抗議する会長声明

  1. 本年1月29日、東京地方検察庁の検察官らは、被告人カルロス・ゴーン氏の元弁護人らの法律事務所に対して、元弁護人らが事前に押収及びそのための捜索を繰り返し明示的に拒絶したにもかかわらず、捜索を強行した。
  2. 弁護士には、業務上委託を受けて保管・所持する物で他人の秘密に関するものにつき、原則として押収を拒絶する権利がある(刑事訴訟法105条)。
    押収拒絶権は、弁護士等の業務上の秘密を保護し、もって弁護士等を利用する市民のプライバシー権(憲法13条)、裁判を受ける権利(憲法32条)、弁護人依頼権(同37条3項)等の憲法上の権利を実質的に保障するものである。
    そして、弁護士が押収拒絶権を行使した場合、押収対象物の捜索も許されない。押収は拒否できるが捜索は拒否できないとなれば、捜索の過程で捜査機関において事実上業務上の秘密にあたる物の閲覧・識別がなしうることとなり、弁護士の業務上の秘密を保護する法105条の趣旨が没却されるからである。
  3. 捜索・差押を受けない権利は、正当な理由に基づき裁判官が発した令状によらなければ侵害されない(憲法35条)。捜査機関の暴走による国民の財産権やプライバシー侵害を防止すべく、裁判官による事前審査を要請した上記憲法35条の趣旨から、裁判官は、捜査の必要性と処分対象者の受ける不利益とを常に比較衡量して慎重な審査を行い、捜索・差押の必要性があると判断される場合に限り、許可状を発付する立場にある。
    この点、一般的な捜索・差押の令状実務においては、捜査の初期段階における証拠保全の必要性が重視される一方、捜索・差押は対物的強制処分であり、対人的強制処分(逮捕)に比して処分対象者の権利侵害の程度が軽いとみなされて、捜査の必要性を重視した判断がなされる傾向にある。しかし、本件のように法律事務所をその対象とし、弁護士の業務の秘密にあたる物を対象とした捜索の場合、上記のような一般的・定型的な比較衡量は妥当しない。なぜなら、かかる場合の被侵害法益は、法105条によって特に捜査の必要性に優位する場面が認められた弁護士の業務の信頼とその業務上の秘密であり、捜査の必要性が処分対象者の利益より類型的に優位する場面ではない。また、弁護士が業務上保管・所持している物につき証拠の隠滅・散逸のおそれを前提として証拠保全の必要性を認めることは、それ自体弁護士の業務に対する信頼を否定するものであり、証拠保全の必要性が類型的に認められる場面ではない。
    そもそも弁護士が業務上委託を受けて保管・所持する他人の秘密に関する物は、弁護士の押収拒絶権行使により捜索・押収しえない以上、押収拒絶権を無視した違法な捜索がなされない限り、その物の識別さえできないという関係にある。そうであれば、違法捜査の事前抑止という令状審査の目的を達するため、裁判官が同捜索の許否を判断する際には、捜索の必要性(法222条、102条1項)、押収すべき物の存在(同条2項)につき、個別具体的事情に即した慎重な審査が求められ、かかる実体的判断を経ずに捜査機関の求めに応じて強制捜査を許せば、裁判官による事前審査を求めた憲法35条の趣旨を没却する。
  4. しかるに本件裁判官は、捜索の必要性、元弁護人らによる押収拒絶権の行使及びそれが認められない法定の例外的事情の有無等につき十分な事前審査を行うことなく、元弁護人らの業務上の秘密にあたる物につき、捜査機関の求めに応じて無条件で捜索を許可した。かかる捜索許可の判断は、令状審査の際に裁判官が果たすべき職責を著しく怠ったものであり、違法捜査を抑止すべく強制処分に裁判官の事前審査を要請した令状主義の精神に反し、違憲・違法である。
  5. そして、上記の違法な令状に基づき本件検察官らがなした捜索は、実質的に無令状捜索であり、違法である。
    しかも、検察官らは、押収拒絶権を行使して捜索も拒絶した元弁護人らの法律事務所に侵入し、同人らの再三の捜索及び押収拒絶権の行使にもかかわらず、捜索を開始し、所内の鍵を破壊し、法律事務所内をビデオ撮影し、元弁護人に対して有形力を行使し、事件記録等が保管された書棚を開錠して内容物を確認するなどし、再三の退去要請を無視して長時間現場に滞留し続けた。本件検察官の上記行為は、押収拒絶権の明白な侵害であり、違法である。
  6. 裁判官及び検察官による本件違法行為は、市民の権利擁護を使命とする弁護士業務に対する信頼を損ない、司法の公正を著しく害する行為であって、到底許されない。
    我が国では毎年、捜査機関がする捜索差押等許可状請求の99.9%超が認容され続けており、本件の背景には、こうした令状審査の形骸化がある。
    現在、我が国の刑事司法の実情については諸外国から強い批判がされているが、裁判官及び検察官の本件違法行為により、令状主義の精神を失った刑事司法の実態がより一層明らかとなり、我が国の刑事司法に対する国際的な信頼がさらに失墜した。
  7. 当会は、本件における裁判官及び検察官の本件違法行為に抗議するとともに、将来当会会員の弁護士業務につきかかる侵害がなされた場合、断固とした対応をとることを宣言する。

令和2年2月12日
埼玉弁護士会会長  吉澤 俊一

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