2019.04.17

クレジット過剰与信規制の緩和に反対する会長声明

2019年4月17日
埼玉弁護士会会長  吉澤 俊一

  1. 経済産業省産業構造審議会割賦販売小委員会は、クレジットカード発行時の過剰与信規制の緩和策を検討している。すなわち、①利用限度額30万円を超えるクレジットカード発行時に課されている支払可能見込額調査義務(割賦販売法30条の2第1項)を、クレジット会社独自の「技術・データを活用した与信審査方法」を使用する場合には適用除外とすること、②「技術・データを活用した与信審査方法」を使用する場合は、指定信用情報機関の個人信用情報の照会義務(同条第3項)及び与信情報の登録義務(同法35条の3の56第2項)も免除すること、③利用限度額10万円以下のクレジットカード等発行時には、指定信用情報機関の照会義務及び与信情報の登録義務を免除することなどが提案されている。
  2. しかし、これらの規制緩和策は多重債務防止の社会的要請により導入されたクレジット過剰与信規制を骨抜きにするものであり、強く反対する。
    すなわち、以前は、クレジット会社には信用情報機関を利用した過剰与信の防止が努力義務(割販法38条)にとどまっていたため、過剰与信防止の実効性に欠け、クレジット・サラ金多重債務被害に発展したことが指摘された。その反省を踏まえ、2006年の貸金業法改正及び2008年の割賦販売法改正により、すべての与信業者が指定信用情報機関の会員となり与信審査における信用情報の照会義務と与信情報の登録義務を課すこと及び統一的な算定方法による支払可能見込額調査義務を課すことにより、クレジット・サラ金多重債務問題を業界全体として防止することを定めたものである。
  3. これに対し、上記①の提案は、現行法の「年収-クレジット債務年間支払額-生活維持費」という画一的な支払可能見込額の算定方法に対し、「技術・データを活用した与信審査方法」を選択肢として認めることであるが、各与信業者が独自の情報を活用し独自の審査基準により与信判断を行うことを認めるということは、業界全体として統一的な基準により過剰与信を防止するという法制度の趣旨を没却することになりかねない。仮に多様な与信審査基準を選択肢として認めるとすれば、その与信審査基準が支払可能見込額調査に代替しうるだけの客観的に妥当な審査方法であるか否かを、行政庁が事前に確認するなどの措置を講じない限り、「技術・データを活用した与信審査方法」とは結局のところ各与信業者の独自判断に委ねることに他ならない。
    なお、小委員会では、「技術・データを活用した与信審査方法」の妥当性を、延滞率又は貸倒率により事後評価する方法を提示しているが、事後評価だけでは業界全体の過剰与信の累積によって発生する多重債務問題を未然防止する実効性は確保できない。
  4. ましてや、上記②の提案は、与信審査に当たって指定信用情報機関の照会及び与信情報の登録を行うことは、単に与信業者の貸し倒れリスクを回避するための自衛策であるだけでなく、他社における取引内容も含めたクレジット債務全体を把握することで適切な与信を行うという多重債務防止の社会的要請に基づくセーフティネットとしての義務であることを看過している。したがって、仮に多様な与信審査基準の使用を認めるとしても、指定信用情報機関の照会義務及び与信情報の登録義務を緩和することは全く筋違いの提案である。
    よって、多重債務防止のための指定信用情報機関の照会義務及び与信情報の登録義務を撤廃することは断じて許されない。
  5. また、上記③の利用限度額10万円以下の与信について指定信用情報機関の照会義務及び与信情報の登録義務を免除するという提案についても、既に現行法において、利用限度額30万円以下のクレジットカード発行時には、指定信用情報機関の照会により延滞事故の発生や高額なクレジット債務残高等の事情が認められない限り支払可能見込額調査義務が免除されるという少額与信への特例措置が規定されており、さらに指定信用情報機関の照会義務及び与信情報の登録義務自体まで免除する必要性は認められない。何よりも、少額与信だからといって、指定信用情報機関に与信情報を全件登録し照会する仕組みにより、多重債務防止対策を業界全体のセーフティネットとして構築した制度趣旨を没却する事態を招くことは、到底許されない。
  6. 政府は、キャッシュレス決済増加の名の下に、手数料の低下等の環境整備を推進することを提示しているが、手持ち資金が前提となる前払い決済や即時払い決済と多重債務問題の発生原因となる後払い決済とで与信審査のコストが異なることは当然であり、指定信用情報機関の照会義務及び与信情報の登録義務による多重債務防止のセーフティネットを崩壊させることはあってはならない。
    しかも、経済産業省は、過剰与信防止義務の大幅な規制緩和を審議する手続において、消費者団体や多重債務相談窓口の関係者の意見を聴取することなく進めようとしており、手続的にも重大な問題がある。
    よって、今般のクレジット過剰与信規制の緩和には強く反対する。

以 上

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