1998.05.16

裁判官の表現の自由、市民的自由についての会長声明

平成一〇年五月一日、仙台地方裁判所は同裁判所の寺西和史裁判官に対し、裁判官分限法六条に基づく懲戒の申立を行った。これは、同年四月一八日に東京で開催された盗聴法・組織的犯罪法等に反対する集会における同裁判官の発言が、裁判所法五二条一号の「積極的な政治運動」に該当し、同法四九条の職務上の義務に違反したというのである。
右申立によると、同裁判官は、右集会に出席して、「仙台地方裁判所の裁判官であることを明らかにしたうえ、・・・言外に右法案に反対する意思を明らかにして同法案に反対する運動を盛り上げ、もって、本件団体の主張を支持する目的で、裁判官という職名の影響力を利用し、多数の者が集まる集会で同主張を支持する趣旨の発言をした」ことが、裁判所法五二条一号にいう「積極的に政治運動をすること」に該当するとしている。
しかし、同裁判官の右集会での発言は、右法案に反対の意見を表明したものではなく、仙台地裁所長から同集会に参加することにつき警告を発せられたので、パネリストとして発言することを辞退させてもらう旨を説明したものである。
そもそも、ある裁判官がある法案に対し賛成・反対の意見表明をした場合があったとしても、それは「積極的な政治運動をすること」に該当するものではない。
当然のことながら、裁判官も国民の一人として表現の自由の享有主体であり、その自由な意見表明は憲法上厚く保障されているのであって、その率直な意見表明を封じることが許されないのは言うまでもない。
このことは、最高裁事務総局作成の逐条解説によっても、「積極的な政治運動」とは、「自ら進んで政治活動をすること」とされており、「単に特定の政党に加入して政党員になったり、一般国民としての立場において政府や政党の政策を批判することもこれに含まれない」とされていることからも、明らかである。
さらに、本件懲戒申立は、他の裁判官へも、その自由な意見の表明に対する重大な萎縮効果を及ぼし、ひいては、国民の一人である裁判官の表現の自由の保障を画餅たらしめる契機となる惧れが強い。
本会は、本年二月二一日令状実務に関する新聞投書をした同裁判官に対し旭川地裁所長が書面による注意処分をしたことにつき声明を発したところである。そして、本会は、同声明でも述べているとおり、裁判官の表現の自由をはじめとする市民的自由の保障につき重大な関心をもってきたところであるが、またもや本件の如き到底看過しがたい重大な事態に接し、重ねて遺憾の意を表すものである。

以上

1998(平成10)年5月16日
埼玉弁護士会会長  細田 初男

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