2002.05.18

住民基本台帳ネットワークシステムの運用開始の延期を求める決議

2002年5月18日 埼玉弁護士会

住民基本台帳法の改正による住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネットシステム)が、本年8月から施行されようとしている。
しかし、住基ネットシステムは、行政機関が保有する個人情報をコンピューターで一元的に管理するものであって、国民のプライバシー侵害の恐れが強いこと、住基ネットシステムの安全管理のコストが膨大である反面、不正利用の防止システムは脆弱であること、地方自治体が地域住民の意思に基づいて行うべき住民登録事務を国が統一的に管理することは地方自治の本旨に逆行するものであること、改正法施行の前提として整備することとされている行政機関の個人情報保護法案の内容が、極めて不十分であり抜本的な見直しも必要であることなど、重大な疑問がある。
にもかかわらず、こうした諸問題について十分な国民的議論が尽くされないまま、本年8月から住基ネットシステムの運用を開始しようとしており、将来取り返しのつかない深刻な事態を招きかねない。
よって、住基ネットシステムの運用開始をいったん延期したうえで、法的側面や技術的側面について慎重な議論を求めるものである。

提案理由

  1. 1999(平成11)年8月に住民基本台帳法が改正され、新たに住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネットシステム)を全国約3300市区町村で採用することとし、本年8月からその運用を開始しようとしている。
    住基ネットシステムは、住民登録をしている国民全員に11桁の住民票コードを付して、本人にICカードを交付し、コンピューターネットワークを利用して各種の行政事務手続きにおける本人確認手段として利用しようというものである。
  2. 提案者の当初の説明によれば、住基ネットシステムにより住所地以外の全国の窓口でも住民票が発行できるなどの利用例が紹介されていた。ところが、その後具体化されつつあるシステムは、93種にのぼる国の事務についても住基ネットシステムを利用することを計画しており、さらに100種以上の事務が追加される可能性があるという。
    このように国及び地方自治体が保有する行政情報を個人別に一元的に管理するシステムを作ることは、国家が国民の個人情報を広範に管理する途を開くものである。こうした監視社会を認めることに対しては、以前提案された国民総背番号制の議論においても、国民のプライバシー権尊重の観点から根強い反対論があった。
    今回の住基ネットシステムの導入に際しては、システムの具体的利用範囲に関する議論が不十分であったばかりか、国家と国民の関係について本質的な議論がほとんど行われていない。
  3. 住基ネットシステムは、個人情報を扱うコンピューターネットワークに対し、いわゆるハッカーによる不正アクセスと情報漏洩の恐れが強いことが指摘されている。こうした安全管理に対する技術面からの議論も不十分であり、安全管理コストが膨大である反面、不正アクセスによる情報漏洩が生じた場合の弊害はあまりにも大きい。
    さらに、住基ネットシステムは、全国約3300の地方自治体の窓口に設置される多数のコンピューター端末機の不正利用によって、全国民のさまざまな個人情報が漏洩される危険性も指摘されている。こうした不正利用を防止する措置が十分であるかどうかも、議論が尽くされていない。
    むしろ、こうした弊害のおそれを踏まえつつ、どのような情報を一元的に管理する必要があるのかを、キメ細かく議論して制度設計をする必要がある。
  4. 住基ネットシステムは、市区町村が所轄する住民登録業務について国が一元的な管理システムを構築し、各自治体がこれに参加するかどうかの選択権すら認めていない。日本弁護士連合会が昨年秋に実施した全国市区町村アンケートによれば、プライバシー侵害に関する危惧を抱いている自治体が少なくなかったし、セキュリティーコストが高額になることに不安を抱いている自治体も多かった。
    こうした事態を押し切って運用を開始することは、地方自治に関する事務は地方自治体が地域住民の意思に基づいて行うべきものとする地方自治の本旨に逆行するものである。
    現に、住基ネットシステムの運用指針に関する総務省の改正案の提示が大幅に遅れているため、市区町村の現場はシステムの運用開始に向けて極めて困惑している状況にある。
  5. 住民基本台帳法改正の際、個人情報保護法制の整備が前提条件とされていた。
    現在国会に上程されている行政機関の個人情報保護法案は、利用目的の変更(目的外利用)について「相当の関連性を有すると合理的に認められる範囲」という曖昧な要件で許容していること、収集できる情報の範囲及び方法についての制限がないこと、その結果個人情報の結合・照合(データマッチング)について何らの規制がないことなど、抜本的な見直しが必要である。
    したがって、このように不完全な状況で住基ネットシステムの運用を開始するのでは、前述した不正利用の恐れは到底払拭できない。
  6. 以上のとおり、国民のプライバシー権、システムの安全管理、地方自治制度との関係などについて多くの問題を抱える住基ネットシステムを、拙速に運用開始すべきではない。
    よって、私たちは、国会に対し、本年8月に迫る住基ネットシステムの運用開始をいったん延期した上で、国会、地方自治体及び国民各層において、住基ネットシステムの法的側面や技術的側面について慎重な議論を尽くすことを求めるものである。

以上

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