2002.11.26

イラク問題について日本国憲法及び国連憲章の平和原則に基づく解決を求める会長声明

  1. アメリカは、イラクに対する武力攻撃の可能性をいまだに否定しようとしていない。11月8日に、国連安全保障理事会が、イラクに対し、大量破壊兵器の全容を申告するよう全会一致で決議(以下、「新決議」という)を挙げた以降においてもである。
    アメリカは、イラクに対する武力攻撃が自衛行動であり、「イラクの脅威から米国の安全保障上の国益を守り、イラクに関するすべての国連安全保障理事会決議を履行させるため、大統領が必要かつ適切と判断するなら、軍事力行使の権限を大統領に付与する」旨、上下院議会においても決議を挙げている。
    イラクが大量破壊兵器を使ってアメリカへの奇襲攻撃を仕掛けるか、国際テロリストらに兵器を提供して甚大な被害をアメリカに与える危険が高く、したがってまた、国連決議の有無にかかわらず、自衛のためにはイラクに対する武力攻撃をためらわないというのである。
  2. 国連憲章は、国連の目的として、「平和を破壊するに至る虞のある国際的紛争又は事態の調整又は解決を平和的手段によって且つ正義及び国際法の原則に従って実現すること」(第1条1項)、「人民の同権及び自決の原則の尊重に基礎をおく諸国間の友好関係を発展させること」(同条2項)などを掲げている。そして、すべての加盟国の行動原則として、「平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危くしないように解決しなければならない。」(第2条3項)こと、「武力による威嚇または武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも・・・慎まなければならない。」(同条4項)ことなどを掲げている。そして、安全保障理事会が、「平和に対する脅威、平和の破壊又は侵略行為の存在を決定し」、「国際の平和及び安全を維持し又は回復するために」、勧告をし、又は非軍事的及び軍事的措置をとる決定(39条)権限を有するとしている。
    さらに加盟国の自衛権については、「武力攻撃が発生した場合」にのみ、「安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。」(51条)としているのであって、無限定に「自衛権」を認めているものではなく、ましてや先制武力攻撃を認める規定はどこにもおいていない。
  3. この国連憲章に照らせば、仮に今後イラクが新決議を履行しなかったとしても、安全保障理事会の「国際平和と安全の維持回復」のための新たな決定がないにもかかわらず、アメリカがイラクに対する軍事的措置すなわち武力攻撃を一方的に開始することは、国連憲章の定める「平和的手段による解決の原則」と「内政不干渉の原則」を侵害するものであり、また「自衛権の行使」として正当化することもできないのである。
    アメリカによるイラクに対する武力の行使が、イラク国民のみならず地球規模において惨禍をもたらすことは確実であり、また現在の国際社会の公序である国連憲章を有名無実化することになる。したがって上記のようなアメリカのイラク攻撃が、基本的人権と正義を基調とする国際法に違反することは明らかである。
  4. 日本国憲法は、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意」し、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認」(前文)している。そして、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」(9条)としている。
     しかるに、日本政府は、国連の決定とはかかわりなく先制武力攻撃もあり得るとのアメリカの言明に対して反対する態度を明確にしていない。日本政府が、このようなアメリカのイラクに対する武力攻撃に協力することは、日本国憲法に照らして許されないこともまた明らかである。
  5. 日本弁護士連合会は、1999年11月、「人権のための行動宣言」を採択し、そのなかで「憲法の平和主義の理念を、わが国の内外に普及・定着させ、平和教育を徹底させる」と宣言している。また日本弁護士連合会と私たち埼玉弁護士会は、現在国会に上程されている有事法制3法案が日本国憲法の平和主義の理念に抵触する恐れがあるとして廃案を求めている。アメリカのイラクに対する武力攻撃は、「武力攻撃事態」発生のもとに、わが国が軍事力を行使する危険を一層拡大させることになる。
     日本国憲法の下で、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする私たち弁護士は、臨時国会において有事法制3法案の成立が企図されている今こそ、国連憲章と国際法に違反するアメリカのイラク攻撃に反対し、日本政府がこれに協力するのではなく、日本国憲法の平和主義の原則を生かして問題の解決に尽力することを強く要請するものである。

以上

2002年(平成14年)11月26日
埼玉弁護士会会長  柳 重雄

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