2003.03.18

裁判迅速化法案に関する会長声明

  1. 3月14日、政府は、いわゆる裁判迅速化法案を閣議決定し、今通常国会に提出することとした。この法案によると、第1審の訴訟手続について2年以内のできるだけ短い期間内に終局させることとし、そのために国、日弁連、裁判所や訴訟当事者らに責務を課し、最高裁に迅速化の状況について検証させることとしている。
  2. この裁判迅速化法案を検討するにあたっては、まず裁判の現状を正確に把握することがどうしても必要である。
    新民事訴訟法が施行されて以降、1審の判決にかかる期間は年々短縮されてきた。例えば、民事事件においては、1審判決に2年以上かかる裁判は全体の7.2パーセント、刑事事件においては全体の僅か0.4パーセントにすぎない。しかも、民事事件で審理期間が2年を超えるような事件は、その多くが、公害、薬害、行政・国賠、医療過誤、建築紛争、労働などの訴訟のように、証拠が一方に偏在するなどして、真実を発見することが困難であったり、専門家の意見を必要とするものであったり、あるいは社会の進展に伴って発生する新たに論点や複雑な争点を有するような事件である。刑事事件においても、検察官の証拠開示が不十分なため手探りの証拠収集を余儀なくされ、又被告人の自白の任意性・信用性を争って無罪を主張する場合など弁護側の立証に時間をかけざるを得ないケースが多い。現行刑訴法が、伝聞証拠の排除を徹底せず、自白調書について原則として証拠能力を認めているため、捜査機関が自白獲得に力を入れ、それが密室でなされているために取調状況を検証しにくいなどの刑事司法のあり方が、審理の長期化の原因になっている。
    他方で、2年以内に審理が終わっている事件についても、かえって迅速な裁判が追求されるあまり、以前より尋問される証人の数が減ったり、検証や鑑定がなかなか採用されないなど、審理の充実に反する拙速裁判の傾向があることもつとに指摘されているところである。
  3. もとより裁判を迅速に進めなければならないことは誰しも異論のないところであが、今求められていることは、こうした現在の裁判の実情を十分踏まえ、訴訟長期化の原因になっている問題点を分析、検討の上で、これを解消し、審理の充実・迅速を求める国民の声に応えることである。このような長期化する裁判の原因究明とそれを克服するための方策が十分に検討され、実施されなければならない。そこでまず、裁判迅速化法案を考えるにあたっては、裁判の充実・迅速化のための諸方策即ち、民事事件における証拠収集手続の抜本的拡大、刑事事件における全面的な証拠開示、捜査過程の可視化、保釈の拡大などの制度改革が不可欠であるとともに、裁判官、検察官の大幅増員、裁判所、検察庁の施設の拡充と職員の増員などの司法インフラ(基盤)の整備拡充の視点と方策が絶対に必要不可欠であり、これらの方策の具体化がはかられるべきである。
    又そもそも、前記のように、殆どの事件が2年以内に終結していること、訴訟事件は、事案それぞれに個別の事情があること、迅速化を図るあまり審理の拙速化や、強権的な訴訟指揮、必要な主張立証の制限に結びつく危険を有すること等から、審理期間について一律に2年以内とする具体的な数値目標を設定すること自体に疑問があるところである。ましてや裁判の充実・迅速のための諸方策が不十分のまま、あるいは先送りされ「2年」という数値目標だけが1人歩きするようなことになれば、むしろ冤罪や当事者の納得のいかない裁判が蔓延することになり、ひいては国民の司法に対する信頼を大きく損なうことになりかねない。従って、これらの裁判充実・迅速のための諸方策は、直ちにその具体化に着手されるべきであり、政府等の責任として本法案の中にもより具体的に明示されるべきである。
  4. この度の裁判迅速化法案は、第一審の訴訟手続を2年以内のできるだけ短い期間内にこれを終局させるとして数値目標を設定して、国、政府、裁判所の責務にとどまらず、当事者等の責務まで規定しており、迅速の側面が強調される一方で裁判の充実化のための視点が欠落乃至不十分であると言わざるを得ないところである。従って、真に国民の充実した迅速な裁判を受ける権利が実現できるための法案となるよう、前記のとおり、裁判充実・迅速のための方策の具体化を求めるとともに、以下の点の修正を強く求めるものである。
    • 裁判に求められる最も重要な要請は、裁判の迅速のみならず「充実」であり、同法案の名称・目的・内容のいずれにおいても「充実」の視点を明確にするべきであり、特に法案の名称は「裁判の充実・迅速化法」とするべきである。
    • 充実・迅速化のためには、単なる制度の整備にとどまらず、前記裁判の充実・迅速化のための制度の抜本的な改革の必要があることを明示するべきである。
    • 充実・迅速化のためには、裁判官・検察官の大幅増員などの人的体制の充実のみならず、裁判所・検察庁等の物的施設の大幅拡充、十分な予算的措置等司法インフラ(基盤)の倍増が必要であることを明示するべきである。
    • 国民の裁判を受ける権利を真に実現するためには、審理期間について「2年以内」という一律に数値目標を設定すること自体を見直すべきであり、ましてや民事・刑事の当事者に裁判を「2年以内」に終局させるという責務を負わせるべきではない。
    • 裁判の充実・迅速化の進捗状況を検証する方法について、検証実施主体は最高裁判所だけではなく裁判官・検察官・弁護士・学識経験者等からなる新たな期間を設けてこれを実施するととに、検証の対象も単に審理期間の長短や審理期間の長期化の原因などにとどまらず、裁判の充実・迅速化に必要な制度の整備・改革及び人的・物的体制充実の達成状況にも及ぶべきである。

以上

2003(平成15年)3月18日
埼玉弁護士会会長  柳 重雄

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