2005.09.26

高齢者の消費者被害の防止に関する意見書

2005年(平成17年)9月26日
埼玉弁護士会 会長 田中重仁

埼玉県富士見市の高齢姉妹の住宅リフォーム工事被害事件を始め、高齢者の一人暮らしや高齢世帯を狙った悪質商法被害が各地で続発している。長年社会に貢献し,次第に判断力や交渉力が低下してきた高齢者に安心かつ平穏な暮らしが確保されるよう当会は以下のとおり意見を述べる。

意見の趣旨

高齢者の消費者被害の未然防止と的確な救済を可能とするべく下記の各規定を盛り込んだ法制度を早急に整備すべきである。

  1. 違法勧誘の明文化と契約取消権の付与
    「販売目的を告げないで接近し又は呼び出して勧誘する行為」、「高齢者等の判断力の不足に乗じて契約を勧誘する行為」、「顧客の知識、経験及び財産の状況に照らし不適当と認められる勧誘行為」を違法行為として明記し、これらの違法な勧誘行為により契約を締結したときは、消費者契約法または特定商取引法において消費者に契約取消権を付与すべきである。
  2. 違法勧誘に対する罰則の明記
    上記各違反行為を、特定商取引法において、行政規制のみならず罰則の対象とすべきである。
  3. クレジット会社の加盟店審査管理責任の明文化
    クレジット会社の加盟店に対する審査管理責任を割賦販売法上に明記し、悪質販売業者がクレジット契約を利用して営業活動を行うことを未然防止すべきである。
  4. 抗弁対抗規定の既払金返還義務への拡充
    クレジット契約を利用した販売契約が無効・取消・解除となった場合、割賦販売法の抗弁対抗規定を、クレジット契約に対する未払金の支払停止の抗弁にとどまらず、既払金の返還義務まで拡充すべきである。
  5. 建設業許可を要する工事対象の拡大
    悪質なリフォーム業者による無意味な工事の被害を防止するため、500万円以下のリフォーム工事についても建築業者の資格制度(国土交通大臣又は都道府県知事の許可)の対象とすべきである。
  6. 地方自治体高齢者福祉部門と消費生活相談窓口との連携体制の整備
    トラブルに遭った高齢者が速やかに消費生活相談窓口を利用し迅速・的確に救済されるよう、また成年後見制度利用拡充をも含めて、地方自治体の高齢者福祉部門の関係者と消費生活相談窓口との日常的な情報交換及び連携体制を整備すべきである。

意見の理由

  1. 高齢者を狙うリフォーム等の悪質商法
    高齢者をターゲットとした悪質リフォーム工事被害事件が大きな社会問題となっている。悪質リフォーム工事業者は、
    1. 「床下を点検する」などと称して販売目的を隠して入り込み、
    2. 「土台が腐って耐震補強工事をしないと危ない」などと消費者の不安をあおり、
    3. 高齢者の判断能力や拒絶能力が低下していることに乗じて、
    4. 必要性もない無意味なリフォーム工事を、
    5. クレジットを悪用して消費者の支払能力を無視して次々と契約させる、
    という手口である。
    高齢社会が急速に進行しているわが国では、長年社会の礎として貢献し判断力や交渉力が次第に低下している高齢者が安心かつ平穏な暮らしを送れるような生活環境を整備することが、社会全体の重大な責務となっている。にもかかわらず、判断力や拒絶能力の低下に付け込んで、高齢者の生活維持資産を奪う悪質商法は、まさに社会の敵であり許しがたい違法行為である。
    現在,高齢者の消費者被害は、リフォーム工事被害だけでなく、呉服や布団の次々販売被害、外国為替証拠金取引や商品先物取引被害など、多岐に渡っている。
  2. 現行法の問題点
    しかし、現行法は、こうした高齢者の消費者被害の未然防止と被害救済のためには、著しく不十分である。
    1. 高齢消費者の特質に対する配慮の欠如(総論)
      消費者契約法4条は、不実の告知により誤認して契約した場合や不退去により困惑して契約した場合、消費者に契約取消権を付与している。特定商取引法9条の2にも、不実の告知による契約の取消権が具体的に規定されている。
      しかし、判断力が低下した高齢者は、不実の告知に当たるセールストークを的確に再現し証明することが困難であり、拒絶能力が低下した高齢者は、勧誘を明確に断る交渉力自体が不十分なため、不退去により困惑したという要件を適用することが困難な場合が多い。
      違法行為に対する民事的救済規定を整備することが、近年の消費者法制の基本的方向性であることに照らしても、高齢者を狙う社会的に許しがたい違法行為に対しては、高齢者の被害の特質を踏まえたうえで、利用可能な救済規定を設けるべきである。
    2. 実効性の乏しい行為規制および規制と民事効果との断絶(上記1および2)
      特定商取引法は、「販売目的を告げないで訪問販売を行う行為」(3条)、「高齢者等の判断力の不足に乗じて契約を勧誘する行為」(法7条、省令7条2号)、「顧客の知識、経験及び財産の状況に照らし不適当と認められる勧誘行為」(法7条、省令7条3号)を、違法行為として規制している。
      しかし、これらはいずれも行政規制の対象とされるだけであり、契約取消権も罰則も規定されていない。そのため、大量・重大被害に発展するまでは行政規制が発動されにくいことから、悪質業者に対する予防効果は不十分である。また、民事効果に結びついていないことから、被害を受けた消費者が的確に救済されることも困難である。
      そこで、これらの違法行為に対し、契約の効力を否定する民事規定を設けることが必要であり効果的である。
    3. 被害を助長する我が国の抗弁対抗規定の未成熟性(上記3および4)
      こうした悪質業者がクレジット契約を利用することにより、消費者の支払能力を無視した高額の契約を締結させ被害をいっそう深刻化させている。
      しかし、割賦販売法は、販売契約が無効・取消・解除となった場合にクレジット会社に主張できる抗弁の対抗が、未払金の支払い停止という効果にとどまり、クレジット会社は既払金の返還義務を負わないものとされている。その結果、クレジット会社としては、加盟店の不当な販売活動の問題を察知しても、直ちに加盟店契約を打ち切って加盟店が倒産するよりも、問題が発覚しないまましばらくは営業活動を継続してクレジット債権を回収したほうが有利となる。過去に、ココ山岡事件、ダンシング事件、ジェイメディア事件、集団名義借り事件などを繰り返しながら、未だにクレジット契約を悪用する悪質販売業者の被害が続発するのは、抗弁対抗規定の不備に大きな原因がある。
      経済産業省は、クレジット会社に対し、加盟店の審査・管理の強化を求める通達を繰り返し発しているが、加盟店管理責任が通達のみであって法的効果が不十部なため、実効性が上がらないと言うほかない。
      諸外国の消費者信用法を見ても、イギリス・ドイツ・フランスなど主要国では、既払金の返還義務を含む抗弁接続を認めており、わが国でも速やかに法改正すべきである。
    4. 小規模リフォームの無規制を原因とする被害の拡大(上記5)
      リフォーム工事は、床下や天井裏など消費者には確認できない場所であり、耐震補強が必要であると言う説明も専門知識がない消費者には判別不能である。
      ところが、500万円以下のリフォーム工事については建築業者の資格制度が適用対象外とされている(建設業法3条1項但書,同法施行令1条の2)ため、実際には、建築工事の資格も経験も全くない業者が無責任なセールストークによって無意味な工事を大量に契約させているのが実情である。リフォーム工事の分野で悪質業者による大量被害が発生しているのは、こうした法の不備が原因であるといえる。
    5. 高齢者の社会情報孤立状態からの救済の必要性(上記6)
      高齢者は、一人暮らしや高齢者世帯が多く、社会の情報に次第に疎くなり自ら消費生活相談窓口にアクセスすることが難しくなることから、契約トラブルに遭った高齢者の多くは、消費生活センターに相談して迅速・的確に救済される機会が確保できていないのが実情である。消費生活センターは、高齢者向けリーフレットや出前講座等の取り組みを実施しているものの、そうした情報に接する機会がない高齢者こそが悪質業者のターゲットにされている。
      他方、高齢者に接する機会が比較的多い地方自治体の高齢者福祉部門は、消費者被害の手口や対処方法の知識がないため、被害を早期に発見したり的確な対処法の助言を行うことが不十分である。また、成年後見制度の活用についても、その制度の拡充に向けた検討が早急になされるべきである。
      そこで、高齢者福祉部門の関係者と消費生活相談窓口との日常的な情報交換及び連携体制を早急に整備することが望まれる 。

以上

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