2008.05.14

少年法「改正」法案に対する会長声明

少年法「改正」法案が2008年3月7日,国会に上程された。同法案は,一定の重大な少年犯罪の被害者等が少年審判を傍聴することなどを認めるものである。
当会は,この法案について,以下の理由により,反対する。
少年法第1条は,「この法律は,少年の健全な育成を期し,非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行う」として,少年については,刑罰ではなく,保護と教育を優先する「保護主義」の理念を明らかにしている。
これは,少年は,人格の形成途上にある未熟な存在であり,生育環境など,自ら選択できない条件に強く影響されて罪を犯してしまうことが少なくない一方で,未熟であるがゆえに,その行動や性向の問題点が,将来の教育によって,大きく改善される可能性,すなわち「可塑性」を持っているためである。
この保護主義の理念に基づき,少年審判では,家庭裁判所が,少年の資質,成育歴,家庭の事情など,少年のプライバシーに深く関わる事項を調査することによって,非行の原因を正確に把握し,少年を健全に育成して社会に復帰させるための適切な処分を選択することになっている。
しかし,今回の法案によって,被害者等が少年審判を傍聴することとなれば,審判廷において,少年や家族から,プライバシーに深く関わる事柄について,率直な陳述を得ることや,裁判官や調査官が,そうした事柄について取り上げることが困難となり,非行原因の正確な把握や,適切な処分の選択が妨げられることになってしまう。
また,少年審判では,少年の健全育成のため,裁判官や調査官が,少年に,受容的な態度で接することによって,非行に至った経緯や,反省の気持ちについて,ありのままを語らせた上で,そこに表れた少年の問題点を指摘し,少年自身に考えさせることを通じて,反省を深めさせ,更生への意欲を高めさせてゆく,という教育的な働きかけが重視されている。少年法22条1項が,少年審判について「懇切を旨として,和やかに行うとともに,非行のある少年に対し自己の非行について内省を促すものとしなければならない。」と定めているのは,そのあらわれである。
しかし,今回の法案によって,被害者等が少年審判を傍聴することになれば,心身の未熟な少年が,多大な心理的重圧を受けて萎縮してしまい,ありのままを陳述することが困難となる。
また,裁判官や調査官としても,被害者等が傍聴している審判廷では,被害者等への配慮から,従来のように,たとえば,少年に対して優しく語りかけるなどしながら,その内面へ働きかけてゆく,という手法によって,少年の内省を促すことは困難となる。
このように,今回の法案によって,被害者等による少年審判の傍聴が認められれば,少年法の理念である保護主義を具体化するために営まれている現在の少年審判のありかた自体が変容させられ,機能を失ってしまうおそれがある。
そもそも,少年の健全育成のために,その保護と教育を優先する少年法の理念と,少年に対して厳罰を求めることも少なくない被害者等の権利とは,本質的に相容れない面があり,今回の法案は,少年審判に両者の衝突状況をもたらすことによって,少年法の理念をないがしろにするものである。
現行の少年法においても,1.被害者等による記録の閲覧・謄写 ( 少年法5条の2),2.被害者等からの意見聴取(少年法9条の2),3.被害者等に対する審判結果の通知(少年法31条の2)という,被害者等のための諸制度があり,また,4.少年審判規則29条に基づいて,少年の健全育成の観点から被害者等が少年審判に在廷することも認めら得るし、現に認められたケースもある。
家庭裁判所をはじめとする関係諸機関は,これらの諸制度が,少年法の理念を守りつつ,被害者等の要望に沿って適切に運用されるように,被害者等に周知し,その支援体制を整えるべきである。
また,国から被害者等に対する経済的な支援のさらなる充実も早急に実現するべきである。
私たちが目指すべき社会は,少年法の理念と,被害者等の権利とが,互いに衝突することなく実現される社会であり,今回の法案によって,少年法の理念をないがしろにするべきではない。

以上

2008年(平成20年)5月14日
埼玉弁護士会 会長  海老原 夕美

戻る