2009.05.18

裁判員裁判における速記録作成及び 裁判所速記官養成再開を求める会長声明

当会は、最高裁判所に対し、裁判員裁判における審理及び評議の充実・強化を図るため、裁判員裁判において裁判所速記官による速記録を作成すること及び速記録を即日弁護人に交付するとともに評議においても使用できるものとすること、並びに裁判所速記官による逐語録作成の体制整備のため、裁判所速記官の養成再開など必要な措置を行うことを求める。

理由

本年5月に実施が予定されている裁判員裁判において、法廷における尋問の記録及び尋問結果の評議への活用、弁護人への提供は、以下の様な方法となるとされている。
尋問の結果は、画像及び音声データとして記録され、このうち、音声データは音声認識システムで文字化される。評議の際の証言の確認は、音声認識システムによって文字化されたデータを検索して証言を特定し、画像及び音声データを再生することで確認する。弁護人には、音声データと音声認識システムによる文字化データ及び検索ソフトを提供する。正式な証拠としては、別途音声データに基づいて録音反訳等によって調書が作成されるが、これら調書は、評議等に提供されないというものである。従って、現在の方針によれば、評議の際にも、弁護人の期日間の準備においても、証言を正確に文字として記した書類は一切作成されず、利用もできないことになる。
しかしながら、こうした方法では、様々な場面での支障が容易に想像される。例えば、画像及び音声データの再生による証言の確認は、確認に要する時間が発言時間と同様の程度必要になる上、一覧性にも欠けるため、限られたごく一部の証言のみを確認する程度の機能しか果たし得ない。また、再生するデータの特定は、音声認識システムによって文字化されたデータを検索して行うとされているが、その場合ある程度証言内容が把握できていなければ証言を確認することはそもそも困難であり、また、音声認識システムが正確に音声を文字化できる割合は未だ8割程度とされ、しかも方言にはほとんど対応できていないと言われる状態であるから、重要な検索のキーワードに誤変換が生じるおそれは少なからず存在し、かえって証言を見落とすおそれすらある。
かかる方法では、裁判員の評議に関しても、弁護人の期日間の準備に関しても、正確な証言を必要に応じて確認しながら行うことさえ困難であると言わざるを得ない。
当会は、裁判員による刑事裁判に限らず、公正かつ迅速な裁判には、正確な記録及び当事者への迅速な記録の提供が不可欠であると考え、1996年「速記官による速記録制度維持拡張のための会長声明」を発表し、1997年、最高裁判所が録音反訳による逐語的調書作成方式を導入し、さらに1998年4月、裁判所速記官の新規養成を停止したことに対しても、2001年「司法制度改革審議会に対する速記官養成再開と速記官増員を求める臨時総会決議」、2006年「速記官再開を求める会長声明」などによって、裁判所速記官による速記録作成の重要性を指摘し、裁判所速記官の養成再開を求めてきた。
現在、裁判所速記官のほとんどがアメリカ製の電子化された日本語対応速記タイプ「ステンチュラ」を使用し、さらに速記官らが開発した電子速記システム「はやとくん」を組み合わせることで、十分な人的配置を行うことさえできれば、速記した内容をリアルタイムで文字化することまで可能となっている。
裁判員裁判においても、裁判所速記官による速記録の作成という方法によれば、即日、正確に文字化した尋問調書を弁護人に交付したり、評議に使用することもできるのであり、上記に指摘した現在の記録化の方針で考えられる様な問題は生じないのである。
本来、裁判員裁判において、手続きや刑事裁判の諸原則が裁判員に十分理解されているか、評議に際して裁判官がどのような説明を行ったのかなど、その過程ひとつひとつが検証されることが制度の適正な運用のためにも必要であり、手続過程全体を速記録によって記録することさえ検討されるてしかるべきところ、それ以前の最低限の要請と言うべき法廷証言の正確な記録化についてさえ対応しようとしていない現在の裁判所の方針は極めて問題である。
以上から、当会は、裁判員裁判の実施を控えた現在、改めて最高裁判所に対し、裁判員裁判が実施された場合には、その審理及び評議の充実・強化を図るため、裁判所速記官による速記録を作成すること及び速記録を即日弁護人に交付するとともに評議においても使用できるものとすること、並びに裁判所速記官による速記録作成の体制整備のため、裁判所速記官の養成再開など必要な措置を行うことを求めるものである。

以上

2009年(平成21年)5月18日
埼玉弁護士会会長  小出 重義

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