2009.05.23

適正な弁護士人口増加に関する決議

2009(平成21)年5月23日 埼玉弁護士会

第1 決議の趣旨

司法試験の合格者は、現状年間2200人程度となっているが、これを4年ないし5年かけて年間1000人程度にすべきである。

第2 決議の理由

  1. 当会は、2007年(平成19年)12月15日、弁護士数の適正規模についての調査・検証が完了するまでの間、当面、司法試験の年間合格者数を1000名程度とすべきことを政府に求める旨の総会決議を行い、その調査・検証のため、昨年6月に法曹人口問題検討特別委員会を設置して、埼玉県における法曹人口の適正規模について調査・検証を開始し、本年3月に調査・検証を終え、答申書を作成した。
  2. 答申は両論併記の形であり、答申Aは、適正な法曹人口に関してその全体の数を示すことはできず、従って毎年の司法試験合格者数をどの程度と設定すべきかを示すこともできないので、近時の急激な弁護士増加による混乱を回避するためにその速度を緩和しつつ、なお状況の推移をみていくべきであるとするものであり、答申Bは本決議の趣旨と同旨のものであった。
  3. しかしながら、上記調査・検証の結果、以下のような客観的事実が確認され、少なくとも現状において、弁護士人口を急激に増加させるべき要因は全く見られなかった。 まず、弁護士に対する国民の需要の主要な目安の一つと考えられる法律相談件数の推移については、この10年で見ると倍増となっているものの、最近5年は多少増加か横ばいであり、かつ、その増加ないし横ばいの要因も債務整理相談の増減に既定されること、また、債務整理を除けば、当会の法律相談センターの法律相談件数は、平成16年以降減少傾向にあるとみられる。
  4. また、弁護士需要に関する弁護士(勤務弁護士を除く)に対する上記委員会のアンケートによれば、弁護士の手持ち事件数については、減少傾向であるという回答が多数であると認められること、収入についても同様の傾向がみられること、手持ち事件数が20件以下という弁護士が29%もいること、51件以上持っている弁護士も42%いるが、債務整理事件で26件以上の手持ち事件数という弁護士も32%いることから、51件以上の手持ち事件数を持っている弁護士の多くはその半分程度が債務整理事件であると推測されること、等が認められる。
  5. また、現在の弁護士人口で国民の弁護士需要に対応できるのかという点に関し、特に、これまで、弁護士過疎(ゼロワン地域)の解消の問題、急激に増えると言われている被疑者国選弁護事件への対応の問題、裁判員裁判に対する対応の問題が重要な問題として論じられてきた。 しかしながら、これらの点については、日本弁護士連合会の法曹人口問題検討会議において十分に検討されたが、その意見書では、国選弁護や裁判員裁判への対応は現在の弁護士人口の状況でも十分に対応できるという判断が示され、また弁護士過疎の問題についても、これは弁護士人口の増員で解消される問題ではなく、弁護士過疎・偏在解消のための経済的支援等の政策の問題だとされている。
  6. 更に、弁護士人口は、当会においては、昭和57年頃で150名程度であったが、最近5年間でみると、平成16年4月現在で336名であったものが、平成21年4月現在では、1.4倍強の482名に急増している。
    最近の5年間は、当会においても、債務整理事件、特に過払金返還請求事件が急増したので、このような急激な弁護士人口増加があっても手持ち事件数も収入も多少の減少傾向で留まったものと考えられるが、過払金返還請求事件は早晩収束するものであるから、弁護士の手持ち事件数も収入もかなり減少することが見込まれ、この傾向は全国的にも同じであると考えられる。
    また、弁護士には退職金も厚生年金もなく、事務所等の賃料や事務職員の人件費等恒常的にそれなりの費用を支払わなければならず、費用プラス生活費以上の収入をあげられない状況が続けば、縮小するかもしくは廃業するしかないのである。前述のとおり、現況の人数のままでも債務整理事件が減少すれば、収入も手持ち事件数も減ることは明らかであり、従って、これ以上弁護士人口を増加させれば、前記のような収入等の減少に拍車をかけることとなる。
  7. 近年、弁護士の広告解禁や弁護士人口の急激な増加により、弁護士へのアクセス障害は相当程度緩和されていると考えられ、現在、国民にとって、弁護士に依頼する際の一番問題点は、弁護の質が保持できているかどうかという弁護士の信頼性の点にあると考えられる。
    しかしながら、弁護士人口の急増は、弁護士の信頼性の確保に重大な悪影響を及ぼす可能性があるといわなければならない。
    なぜなら、司法試験合格者数が増大することによって、必然的に十分な基礎知識のない者まで合格できるようになってきており、修習期間の短縮(加えて前期修習の省略)によって、十分な修習を受けずに弁護士にならざるを得ない状況にあり、また、法科大学院在学中や司法修習期間中における生活費等のために借り入れを余儀なくされる者が増えているところ(しかも、司法修習期間中の給付は間もなく給与制から貸与制に変わる)、弁護士人口の急増によって弁護士になっても低額の収入しか得られない状況が続けば、すぐに借入の返済や生活に困るという状況が生じ得るし、既に弁護士として稼働している者も、手持ち事件が減って収入が減れば経費さえもまかなえない状況になり、このような状況が弁護士の非違行為につながるおそれは決して小さな危惧ではないからである。
    また、そのような経済状態では、金銭的な見返りの少ないプロボノ活動を行う心の余裕さえも奪い去ってしまうことにもなりかねない。
    従って、弁護士の質を保ち、国民の弁護士に対する信頼を確保するためには、充実した司法修習を実現し、かつ、弁護士の過当競争による収入の減少を緩和することが重要であり、この観点から、司法試験合格者数を十分な司法修習の実施が可能な人数にまで制限することが是非とも必要である。
    このような形で弁護士の質を確保することは、一生に一度依頼するかどうかという国民にとって、誰に頼んでも大丈夫という安心感を与える基礎を作ることとなる。
  8. 当会及びその会員弁護士はもとより、日本中の弁護士は、弁護士の質を維持し、依頼者との間で十分な信頼関係をつくり、依頼者と一緒に事件を解決していきたいと考えているはずである。しかしながら、昨今の急激な弁護士人口の増加は、弁護士の質の維持に重大な影響を与え、弁護士に対する国民の不安を生み出すだけである。
    従って、司法試験合格者数については、すでに増加した現在の弁護士人口(約2万7000人)をそのまま維持する程度の人数で十分とも言えるが、今後の不測の弁護士需要にも備えるために、司法試験合格者数は年間1000人程度(これによれば、弁護士人口はおおむね4万人弱で均衡する。)とすべきであり、これによって、国民のニーズに答えるとともに、弁護士の質の確保の要請をも満たすことができると考える。
    なお、すでに多くの法科大学院在学生や卒業生が存在する関係で、これらの方々への影響を最小限にするため、4~5年程度の時間をかけて徐々に1000人程度に減少すべきである。

以上

戻る