2011.02.10

国民生活センターの業務・事業見直しに対する意見書

第1 意見の趣旨

  1. 国民生活センターの組織・体制のあり方として,下記業務などが総合的・一体的に機能する組織として,同業務の維持とともに,一層強化すべきであり,情報提供機能など一部分の機能だけを消費者庁に取り込み,その他の業務は他の機関や民間に委ねるような機能解体の方策は避けるべきである。
    1. 消費者に対する迅速な情報提供業務
    2. 地方の消費生活センターに対する相談支援業務
    3. 消費生活相談員と職員に対する教育研修業務
    4. 紛争解決委員会(ADR)
    5. 商品テスト業務
  2. 国民生活センターの業務・事業の見直しの検討は,消費者庁が進めているタスクフォースにおいては想定される選択肢等の論点整理を行うにとどめ,消費者委員会において,国及び地方自治体の消費者行政をさらに強化する観点から,地方消費者行政関係者や消費者の意見を踏まえて審議を尽くしたうえで,最終的には国会における慎重な審議により方針を決定すべきである。

第2 理由

  1. はじめに
    国民生活センターは,地方の消費生活センターが行う消費生活相談・苦情処理に対し,「情報提供その他の必要な援助を行う」(消費者安全法9条2項)こととされており,現に,【1】自ら「直接相談」を行いつつ地方センターからの「経由相談」について助言や共同処理・移送処理を行うこと,【2】消費生活相談情報ネットワーク(PIO-NET)により相談情報を収集・分析してセンターへの「相談処理指針の提供」や一般消費者への「注意喚起」や関係省庁・事業者等への「要望・提言」を行うこと,【3】消費生活相談員に対する「研修や資格認定」を行うこと,【4】製品関係苦情相談の解決のため「商品テスト」を実施すること,【5】センターで解決困難な事案について「紛争解決手続(ADR)」を実施することなどの役割を果たしている。
    ところが,政府は,行政刷新会議の決定を受けて,平成22(2010)年12月7日,「独立行政法人の事務・事業の見直しの基本方針」(以下「基本方針」という。)を閣議決定し,その中で,国民生活センターについては,直接相談の廃止,経由相談の廃止を含む検討,相模原研修施設での研修を廃止し別の実施方法の検討など,事務・事業全般の見直しを求めるとともに,「法人を廃止することを含め,法人のあり方を検討する」ことを求めた。
    これを受けて,消費者庁は,「国民生活センターの在り方の見直しに係るタスクフォース」を設置し,検討を進めている。
    そこで,以下,国民生活センターの各業務の維持・強化の必要性,国民生活センターの組織の在り方を述べるとともに,今後の検討の在り方についても述べるものである。
  2. 情報分析・提供業務について
    1. 「基本方針」は,PIO-NETシステムを利用した情報分析・提供の業務について,「消費者庁と国センの各種ネットワークやシステムの構築・管理運営は,役割の抜本的な見直しを行い,業務を再編・整理する」とし,消費者庁による消費者事故情報の分析・提供業務と国民生活センターによるPIO-NET情報の分析・提供業務が重複しているように見える点の再編・整理を求める趣旨であると考えられる。
      しかしながら,国民生活センターは,法執行権限も他省庁への勧告権限も持たないが,PIO-NET情報の分析に基づき消費者に対する注意喚起の目的で,法律違反の判定だけに限定することなく,苦情相談件数の増加傾向や社会的影響などをも総合的に考慮して,注意喚起や手口公表等の情報提供業務を実施しており,いわゆる支援行政と呼ばれる業務である。加えて,国民生活センターは,PIO-NET情報の分析に基づき地方の消費生活センターに対して相談処理の指針等の参考情報(例えば「マル急情報」の通知)を提供する業務を実施しており,これは地方の相談支援の機能である。
      これに対して,消費者庁の本来的な職責は,所管法律(特定商取引法,景品表示法,消費者安全法等)の執行と関係省庁に対する措置要請であり,いわゆる規制行政の権限を行使することである。併せて,消費者庁は,地方自治体や行政機関から通知された消費者事故情報を集約・分析し(消費者安全法13条),被害防止のため消費者への注意喚起が必要であると認めるときは,その情報を地方自治体に提供するとともに,公表するものとし(同法15条1項),国民生活センターに対し消費者への情報提供の措置を求めることができる(同条2項)と定められており,消費者安全法においても国民生活センターが行うことが予定されているものである。
      また,規制行政を担当する消費者庁が消費者への情報提供業務を兼務すると,対象事業者の違法性の見極めができた段階でなければ公表しないという取扱いとなる可能性が高くなるとともに,関係省庁による法執行の対応可能性を含めて事前協議が必要であるから,情報提供の時期がある程度遅くなることは避けられない。
    2. よって,消費者事故情報の一元的収集・分析の段階については,消費者庁と国民生活センターの連携をより強化して迅速かつ効率的な分析体制を構築すべきであるが,情報提供の内容及び判断については,国民生活センターの判断の独立性を確保することにより,消費者に対する注意喚起を目的とする情報提供が一層迅速に実施されるような組織体制とすべきである。仮に,国民生活センターを国の機関として位置付ける場合も,消費者庁との組織的な連携と判断の独立性を内部的にも外部的にも確保することが必要である。
  3. 相談業務について
    1. 「基本方針」は,「現行の直接相談については廃止する」ことを明記するとともに,「それ以外の土日祝日相談及び経由相談については,法人の在り方を検討する中で,法人の事業としての廃止を含めて検討を行う」ものとする。
      この点,直接相談の取り扱いについては,平成19年7月30日付け「国民生活センターの在り方等に関する検討会中間報告」が,独立行政法人の整理合理化の要請を踏まえて,「国民生活センターは中核的機関として,経由相談という形で,消費生活センターを支援していく役割を担っている」としたうえで,「国と地方の役割分担も踏まえ,一次的な直接相談については地方の消費生活センターが行うこととして,廃止に向けて検討する」という方針を示した。
      しかし,これに対して消費者団体や日本弁護士連合会等から,直接相談の廃止は,消費者トラブルの早期発見(センサー)機能が低下する恐れがあることや,消費生活センターに対して迅速的確に処理指針を提示するためには国民生活センターが直接相談を積極的に受理することが不可欠であることなど,強い反対意見が出された。
      これを踏まえて,政府は,「直接相談を実施しつつ,地方消費生活センターからの経由相談の解決能力の向上を図る」(独立行政法人整理合理化計画平成19年12月24日閣議決定)との方針を決定した。さらに,消費者行政推進基本計画閣議決定(平成20年6月27日)においても,「国民生活センターは,国の中核的実施機関として,消費者相談(国民生活センターへの直接相談や,消費生活センターから持ち込まれる困難事案の解決支援),相談員等を対象とした研修,商品テスト等を拡充する」ものと明記された。そして,消費者庁設置法国会審議(平成21年通常国会)においても同様な方針が確認され,消費者安全法9条や附則3項や付帯決議が可決された。
      このように,国民生活センターが,地方の消費生活センターの相談処理を適切に支援するためには,直接相談を実施することによりセンサー機能を確保する必要があることは,消費者行政強化の観点からも,独立行政法人整理合理化の観点からも,すでに確認されたことである。設置法の附則第3項が国民生活センターの業務及び組織の更なる整備の方針を示したのも,こうした議論を踏まえたものである。
      そもそも,消費者行政の推進は消費者被害・トラブルの実態を踏まえて消費者の目線で実施するものでなければならないところ,政府関係機関の中では国民生活センターの直接相談窓口が唯一の被害実態把握の窓口であり,これを維持・強化することは国の消費者行政にとって不可欠である。
    2. 「基本方針」は,直接相談の廃止のみならず,地方消費生活センターの相談支援機能を果たす経由相談までも「法人の事業としての廃止を含めて検討する」という方針を示している。
      しかし,国民生活センターが地方消費生活センターの支援機能を果たすべきことは,消費者基本法25条や消費者安全法9条を含めてこれまでの国の一貫した姿勢であるはずである。
      そこで,想定される業務運営体制として,【1】経由相談事業を消費者庁に移管して実施する方法,【2】民間団体等に委託して実施する方法,【3】都道府県の業務として実施する方法などが考えられる。
      しかし,法執行権限を有する消費者庁自身が,消費生活センターが行う個別事案の相談処理を支援し,共同処理や移送処理を行うことは,規制権限を有する行政機関が個別紛争解決機能を兼ねることととなり,避けるべきものであり,仮に,消費者庁が相談支援業務を実施するのであれば,組織的に独立性を確保することが必要だと思われる。
      また,民間団体に相談支援業務を委託することについては,そもそも,相談支援業務(経由相談)は,地方消費生活センターにおいて解決困難な事案に関することが多く,高度の相談処理能力を保有していることが要求されることを考えると,民間団体委託は数年ごとの公募再委託が原則とされることなどを踏まえると,相談支援業務を民間団体に委託することは機能低下を招くこととなる。都道府県が市町村センターの相談支援を担うことについても,消費者安全法8条1項の趣旨に照らせば望ましい姿であると考えられるが,現在の都道府県センターの実態は地方により大きな格差があり,専門的知見を有する相談員の配置が必ずしも十分でない都道府県センターも少なくない。むしろ,国民生活センターの経由相談の受付件数(平成21年度5315件)のうち,都道府県及び政令指定都市センターが2220件(41.8%)を占めていることからしても,多くの都道府県センターは,国民生活センターの相談支援を受けることによって市町村支援の機能を果たすことができるといえる。
    3. よって,国民生活センターは,今後も自ら直接相談とPIO-NET情報分析を行いつつ,地方消費生活センターの相談支援業務としての経由相談を維持・強化すべきである。
  4. 教育研修事業について
    1. 「基本方針」は,「相模原の研修施設で行う研修については,廃止することを前提にその後の研修の実施方法を検討する」としている。
      この記載は相模原以外の場所での研修業務の継続を前提とする記載のようにも思えるが,「法人を廃止することを含めて,法人の在り方を検討する」という見直し方針を踏まえると,【1】相模原の研修施設を廃止したうえで,国民生活センターが別の施設・会場を利用して研修事業を実施する方法,【2】消費者庁が教育研修事業を引き継いで実施する方法,【3】他の政府系研修機関に委託して実施する方法,【4】民間団体に委託して研修を実施する方策,【5】地方自治体が研修業務を担当する方法などが想定される。
      この点,国の行政機関が地方自治体職員等に対する研修を行う場合の組織体制は,消防大学校,税務大学校,自治大学校など,所轄省庁から一定の独立性を確保した機関として位置付けられている。これは教育の専門性・独立性に配慮したものだと考えられる。
      とりわけ,消費生活相談は,現行法の公権的解釈に必ずしもこだわることなく柔軟な解釈やあっせん処理を行うことにより,新たなトラブルに対する適切な解決を目指す特徴があるため,法執行機関からの独立性の確保が特に重要である。 したがって,教育研修機能については,政府内機関であれ別個の法人であれ,実施主体は消費者庁から一定の独立性を確保した機関として位置付けることが適切である。
      しかし,消費者庁以外の政府系研修機関,地方自治体や民間団体に委託する方法は,国民生活センターが相談現場と直結して実施する現在の研修よりも,消費生活相談現場のニーズを踏まえた高度かつ全国均一的水準の研修を実施するうえでは,研修内容や効果が不十分であると考えられる。
    2. また,国民生活センターが外部の会場を利用して研修会を実施することは,1~2日の単発型研修会であれば費用対効果がよいといえようが,継続的な研修の場合は外部会場を転々とすることで参加者にとっても実施者にとっても非効率となる。とりわけ全国から受講者が集まる研修会は,外部会場を転々とすることの不便さは耐え難い。
    3. よって,国民生活センターの教育研修機能を発揮するためには,固定的な研修施設によって実施することが適切であり,仮に現在の相模原研修施設を廃止するのであれば,これに代わる適切な研修施設を確保することが不可欠である。
  5. 紛争解決委員会(ADR機能)について
    1. 「基本方針」は,ADR業務自体については,「事業の一層の効率化を図る」と指摘するにとどまるが,「法人の廃止を含むあり方の検討」という方針を含めて考えると,ADR業務を民間団体又は地方自治体に委ねることも想定していると思われる。
      この点,国民生活センターの紛争解決委員会は,年間100件を超える消費者紛争の和解仲介申立を受け,そのうち過半数の事案が消費生活センターで解決できなかった事案である。しかも,手続終了事案のうち約半数が和解成立に至っている。また,紛争処理結果の概要を原則的に公表(事業者名を含む公表はその一部)する取扱いであり,消費生活センターにおける相談処理の参考情報となる。
      このように,国民生活センターADRの重要な機能として,消費生活センターの相談処理の水準向上を図る相談支援業務であるといえる。
    2. これに対して,消費者紛争の解決手続として多様な民間ADRが存在することは基本的に有益であるが,国民生活センターが担う消費生活センターの相談支援という機能は民間ADRにはない機能である。
      また,都道府県には,以前から消費生活条例に基づき苦情処理委員会(消費者被害救済委員会)が設置されているが,実態は,東京都などごく一部の自治体を除いて,ほとんど利用されておらず,国民生活センターのADR機能を廃止して都道府県に委ねることは実情に合わない。
      なお,裁判外紛争処理手続は,法執行を行う消費者庁自体が実施することは適切でないと考えられる。
    3. よって,国民生活センターのADR機能については,その独立性を確保しつつ,維持・強化されるべきものである。
  6. 商品テスト事業について
    1. 「基本方針」は,商品テスト事業について,「製品評価技術基盤機構(NITE)や農林水産消費安全技術センター(FAMIC)との間で当該商品テストの一部を迅速に依頼できるようにするため,商品テストを行う具体的な項目について予め協議する仕組みを構築する協定を締結する。また,民間検査機関の活用方策について具体化する。」ことを求めている。
      しかし,「基本方針」には,国民生活センター自体の商品テスト事業の設備・人的体制の強化の必要性という視点や,地方自治体の商品テストに関する情報の集約・共有化の役割に関する視点が欠けている。
      すなわち,製品事故に関する消費者紛争解決のための商品テストは,消費者の通常の使用態様の中でなぜ製品事故が発生したのかを,専門的分析機器を利用しつつ消費者の視点を踏まえて実施する必要があり,国民生活センターは,こうした視点で商品テストを実施してきた。
      これに対し,NITEは消費生活用製品安全法による事故原因究明と基準の見直しという業務があり,FAMICは,JAS法の執行のための産地偽装等の分析業務があるため,消費生活センターからの商品テストの依頼に対応することはどうしても合間の仕事にならざるを得ないし,消費者紛争解決のための商品テストとは視点が異なる。
      また,消費生活センターであっせん処理を行う事案は,事業者と消費者との間で紛争となっている問題であるから,事業者団体関連の民間検査機関にテストを依頼することは,中立公正な紛争解決という点で望ましいとは言えない。
      さらに,製品技術の高度化・複雑化のため,都道府県で実施できる商品テスト設備が減少している傾向が強まっている状況がある中で,消費生活センターの相談支援のため国民生活センターによる商品テストの役割はむしろ高まっている。
    2. よって,消費者のための商品テスト機能の強化という観点から国民生活センター自身が商品テストを実施する体制を強化することは不可欠であることから,国民生活センターが行うべき商品テストの設備及び人的体制は,一層拡充することが必要とされている。加えて,地方自治体の商品テスト設備や実施情報に関するデータバンクを国民生活センターにおいて整備することにより,地方自治体が行う商品テストの情報を集約して地方自治体の相互利用を促進することも期待されており,商品テストに関連する国民生活センターの役割はさらに大きい。
  7. 国民生活センターの組織・体制の在り方

    「基本方針」は,「消費者庁の機能を強化する中で,独立行政法人制度の抜本的見直しと並行して,消費生活センター及び消費者団体の状況等も見つつ,必要な機能を消費者庁に一元化して法人を廃止することを含め,法人のあり方を検討する。」と提示する。
    つまり,国民生活センターの個別業務を徹底して見直すとともに,必要な機能は消費者庁に一元化し,国民生活センターは廃止することが基本方針であると言える。
    しかし,重要なことは,各機能は別個独立の業務として実施することでは十分な機能を発揮することができず,相談業務,PIO-NET情報分析業務,教育研修業務,紛争解決手続,商品テスト業務を一体的に運営することによって,高度の消費生活センター支援機能を発揮することができる。
    他方で,相談業務も消費者向け情報提供業務も教育研修業務も紛争解決手続も商品テスト業務も,法執行機関である消費者庁自身に帰属させることは,効果的な機能発揮の観点から適切でないこともすでに指摘したとおりである。
    よって,国民生活センターの組織・体制の在り方として,各業務などが総合的・一体的に機能する組織であるべきであり,情報提供機能など一部分の機能だけを消費者庁に取り込み,その他の業務は他の機関や民間に委ねるような機能解体の方策は避けるべきである。

  8. 今後の検討の在り方

    消費者庁設置法の国会審議においては,国民生活センターの重要性が繰り返し審議され,設置法の附則第3項には,「国民生活センターの業務及び組織その他の消費者行政に係る体制の更なる整備を図る観点から検討を加え,必要な措置を講ずるものとする」と規定した。附帯決議においても,附則各項に規定された見直しに関する検討に際しては,消費者委員会による実質的な審議結果を踏まえた意見を十分に尊重することを求めている(参議院附帯決議第33項,衆議院附帯決議第23項)。
    「基本方針」及び消費者庁タスクフォースは,こうした国会の明確な意思に反し,行政機関内部で国民生活センターの廃止を含めた見直しを検討するものであり,三権分立の観点から重大な疑義がある。とりわけ,国民生活センターが地方消費生活センターを支援する役割を果たすべきことは消費者安全法9条に明記されていることであり,これを制定後2年に満たない時期に変更する必要があるのかどうか,国会において慎重に審議する必要がある。
    そこで,タスクフォースにおいては,国及び地方自治体の消費者行政の機能強化を図る観点から,国民生活センターが果たすべき機能・業務をどのように強化し,そのためにはどのような組織・体制とすることが考えられるかについて,想定される選択肢及びそのメリット・デメリット等の論点整理を行うにとどめ,消費者委員会において,国民生活センターが担う機能の充実・強化の観点で地方消費者行政関係者や消費者の意見を踏まえて審議を尽くしたうえで,最終的には国会における慎重な審議により方針を決定すべきである。

以上

2011(平成23)年2月10日
埼玉弁護士会会長  加村 啓二

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