2011.04.13

地方消費者行政の充実強化に向けた国の支援のあり方に関する意見書

第1 意見の趣旨

  1. 内閣府消費者委員会は、地方消費者行政専門調査会の報告書を踏まえつつも、消費者庁設置関連3法の国会審議の結果を受け止め、かつパブリックコメントに寄せられた国民の意見の結果を十分に反映して、地方自治体が消費者行政の充実・強化に確実に活用できるような具体的財政支援策を提言すべきである。
  2. 消費者庁は、消費者庁設置関連3法の国会審議の結果を尊重して、地方分権・地域主権改革の中にあっても、地方消費者行政の充実・強化に確実の活用できるような具体的財政支援策と政策を講ずべきである。
  3. 国から地方消費者行政に対する財政支援策の具体的なあり方を検討するにおいては、これまで実施した「地方交付税の基準財政需要額倍増措置」や「地方消費者行政活性化交付金」や「住民生活に光をそそぐ交付金」等の財政措置の実効性を検証したうえで、地方自治体が消費者行政の充実・強化に確実に活用でき、かつ消費生活相談体制の整備を始め継続的・計画的な体制強化を主体的に推進できるような財政措置を講ずべきである。
  4. 国は、地方自治体における消費生活相談員の雇止めを回避する効果的な措置を講ずるとともに、消費生活相談業務を安易に民間団体に委託することに流れないよう、具体的な方針を示すべきである。

第2 意見の理由

  1. 政府・消費者庁の方針に引きずられた地方消費者行政専門調査会の報告書

    内閣府消費者委員会の地方消費者行政専門調査会は、2011年4月7日、今後の地方消費者行政活性化の具体策を示す「地方消費者行政専門調査会報告書」(以下「調査会報告書」という)をとりまとめた。これは、2009年の消費者庁等設置法制定に伴う附則や国会附帯決議を受けた審議であり、これからの地方消費者行政の充実強化に向けた重要な提言となるはずのものである。
    しかしながら、調査会報告書は、政府の地方分権・地域主権改革の方針を過度に尊重するあまり、地方消費者行政の充実強化に対する国の財政支援や政策提案のあり方について、甚だ不十分な内容であると言わざるを得ない。あるいは、これに先立つ平成23年1月24日、消費者庁の地方消費者行政推進本部・制度検討ワーキンググループが発表した「地方消費者行政の充実強化に向けた課題」(以下「制度WG報告書」という)の内容に配慮したのだとすれば、独立の監視・提言機関である消費者委員会の存在意義にも係る問題である。
    すなわち、市町村の消費生活相談窓口の整備に関する国の方策については、調査会報告書は、「広域連携については、・・・消費者安全法の理念実現の観点から、国としても一定のひな形を示す必要」があるという提案を掲げ、これに伴う「財政上の負担の在り方を検討する必要」があるとするものの、財政負担の具体策については、「地方消費者行政活性化基金や住民生活に光をそそぐ交付金のように、地方自治体の創意工夫に基づく裁量を発揮できるような財政措置を活用する方向で具体的な在り方等について検討する必要がある。」と提言するにとどまり,性格が大きく異なる活性化基金と光交付金のいずれの方向性とするかについて消費者庁の検討に委ねる内容となっている。しかも、活性化基金と光交付金の実効性に関する検証を踏まえた具体的な提言とはなっていない。
    他方、制度WG報告書は、「現在、政府においては、『地域主権改革』の取組が進められ、自治事務に対する『義務付け・枠付け』の廃止・縮小が進められ」ていることから、「仮に、何らかのメルクマールを示す必要があるのであれば、『地方公共団体への期待』、『事例紹介』といったものとすることが適切ではないか」という方向性を示している。しかも、財政支援の方法については、「地方消費者行政の充実・強化の恒常的な財源を確保するため、この『一括交付金』を消費者行政にも活用できるような検討を求めていくことが必要と考えています」と述べており、消費者行政に絞った財政支援をしないことを明示しているのである。
    また、消費生活相談員の雇い止めの回避や処遇改善についても、調査会報告書は、「消費者庁としては、各地方公共団体の長にあてて、・・・具体的な指針を示すことにより、消費生活相談員の適切な処遇・研修機会の確保を図る必要がある。」とする提言を掲げるものの、その指針を実現するための財政措置や制度的措置の具体化は示されていない。 他方、制度WG報告書は、「国としては、『雇い止め』を行わず、長期的な観点から相談員の育成に取り組み、消費生活相談体制の充実を図っている事例を積極的に情報提供していきます。」と述べ、平成23年2月10日には、消費者庁から都道府県及び市町村に対する通知書「消費生活相談員に対するいわゆる『雇止め』について(お願い)」を発信したが、具体的な指針や政策提案ではなく「お願い」にとどまる。
    このように、調査会報告書も制度WG報告書も、消費者庁関連3法の90時間に及ぶ国会審議の内容や、超党派により提案された消費者庁等設置法附則第4項、並びにこれらに関連した付帯決議への認識が不十分であることと、地方分権・地域主権改革の推進におけるナショナル・ミニマムの確保の観点が不十分であることに問題があると考えられる。

  2. 消費者庁等設置法の附則及び付帯決議における地方消費者行政充実・強化の意思

    消費者庁等設置法附則4項は、「政府は、消費者庁関連3法の施行後3年以内に、消費生活センターの法制上の位置付け並びにその適正な配置及び人員の確保、消費生活相談員の待遇の改善その他の地方公共団体の消費者政策の実施に対し国が行う支援の在り方について所要の法改正を含む全般的な検討を加え、必要な措置を講ずるものとする」と定める。
    消費者庁関連3法案の審議は、衆議院・参議院合わせて約90時間に及び、その質疑の相当部分が地方消費者行政の充実・強化策にあてられた経緯がある。こうした議論を踏まえて、地方消費者行政に関連する附帯決議が数多く挙げられている。
    例えば,「今後三年程度の集中育成・強化期間後の国の支援の在り方や、消費生活センターの設置、相談員の配置・処遇等の望ましい姿について、実態調査等を行うとともに、集中育成・強化期間の取組を踏まえ、その後も適切な対応が講じられるよう配意し、工程表も含め消費者委員会で検討すること。なお、検討に当たっては、広域的な設置を含め地域の実情に応じた消費生活センターの設置、PIO−NETの整備、相談員の資格の在り方についても十分配意すること」「地方公共団体の消費者行政の実施に対し国が行う支援の在り方について所要の法改正を含む全般的な検討を加えるに当たっては、消費者、生活者が主役となる社会を実現する国民本位の行政への転換を目指す消費者庁設置の趣旨にかんがみ、国と地方の役割分担など消費者行政の在り方についても併せて検討すること」などである。
    以上のとおり、附則4項及び附帯決議によって国会が消費者委員会に託したものは、消費生活センターの設置や相談員の配置・処遇等の望ましい姿について法改正や財政支援を含む具体的な施策を提言することである。施策の細部については消費者庁に委ねるとしても、骨格は消費者委員会が具体的に提示する必要がある。
    したがって、消費者委員会は、地方消費者行政専門調査会の報告書を受けて、さらに附則4項や付帯決議に沿った検討を遂げて最終的な提言を行うべきである。

  3. 地方分権・地域主権改革の中でも地方消費者行政への支援は不可欠

    調査会報告書及び制度WG報告書が上記のようなとりまとめに止まったのは、政府が推進している地方分権・地域主権改革を過度に重視したことが大きな要因であると考えられる。
    しかし、政府の地方分権改革推進委員会においてさえ、平成20年5月28日付け第1次勧告「生活者の視点に立つ地方政府の確立」の中で、地方消費者行政の強化について次のように提言している。
    「生活者の視点に立って消費者の安全・安心を確保する消費者行政を強化するためには、・・・国は、地方自治体の消費生活センターを法的に明確に位置付けその設置を促進するとともに、消費生活センターの設置と運営体制の強化に協力する意思のある地方自治体の取組みに対し、思い切った支援措置を行うべきである。」
    また、消費者庁関連3法案の国会審議においても、地方分権・地域主権改革の推進と地方消費者行政への財政支援との関係について繰り返し議論したうえで、上記附則や附帯決議が採択されている。
    そして、地域主権改革を推進する政策の中にあっても、ナショナル・ミニマムを確保する必要がある事項については、国が統一基準を示してこれに必要な財政支援を行うべきである。この点については、政策判断として現に提案されている例もある(「子ども・子育て包括交付金」(仮称)による財政支援など)。
    そうであれば、地方消費者行政の充実・強化についても、ナショナル・ミニマムの確保の観点から、どこの地域の消費者であってもいつでも専門的な相談を受ける機会が保障されるなど消費者の権利が擁護されることが必要であり、そのために国が最低基準の設定や財政支援策を講ずることが承認されるものと考える。

  4. 一括交付金化を促進する見解と地方消費者行政の強化の必要性

    以上に対し、地域主権改革を重視する立場からは、特定の政策に向けて財政支援をするような従来型の施策でなく、地方自治体の自主性を尊重する一括交付金化を促進することによって、真に地方自治体の総合的な消費者行政が推進できるとする。
    確かに、地方自治体自身が関連部局を含めて総合的な消費者行政を主体的に推進することが望ましいことは否定しない。しかし、国の消費者行政一元化の議論において確認されたことと同様に、地方自治体においても消費者行政を推進する司令塔が確立してこそ、関連部局を含めた総合的な地方消費者行政が推進できるのであり、消費者行政部門が弱体化したままでは主体的な取り組みは困難である。しかも、地方消費者行政の分野は、ようやく強化・推進がスタートしたばかりであり、消費者行政部門に確実に活用できる財政支援を打ち切るとなれば、多くの地方自治体の消費者行政は停止または後退することが避けられないであろう。
    そもそも消費者行政の役割は、現に存在する被害者を一日でも早く救済し新たな被害をこれ以上繰り返さないことであり、こうした価値規範を行政の優先課題として取り組むことこそが消費者行政一元化の根幹である。そうであれば、国も地方自治体も消費者被害の防止・救済を少しでも早く実現するために、ナショナル・ミニマムを確保する施策を最優先で講ずべきである。こうした考え方が消費者庁国会において全会一致で確認された国の政策方針である。
    よって、消費者委員会及び消費者庁は、改めて「地方交付税の基準財政需要額倍増措置」や「地方消費者行政活性化交付金」や「住民生活に光を注ぐ交付金」等の財政措置の実効性を具体的に検証したうえで、地方自治体が消費者行政の充実・強化を確実に推進できるような財政支援策を講ずべきである。
    加えて、消費者委員会は、消費者庁及び各省庁が行う消費者行政の施策に対し、国民、消費者の視点で意見を述べる役割として設立された機関であり、国民の意見を行政に届けることが重要な機能である。その消費者委員会の地方消費者行政専門調査会が、今回、広く国民各層に対しパブリックコメントを求めたものである。その結果は、地方自治体の職員や相談員を含む圧倒的多数が地方消費者行政に向けた具体的な財政支援を求めている。したがって、このパブリックコメントの結果は最大限尊重して提言に反映すべきである。

  5. これまでの財政支援策等の検証に基づく今後の財政支援策のあり方

    調査会意見書も制度WG報告書も、これまでに国が講じてきた財政措置や政策提案の実効性について、ほとんど検証を行っていないため、観念的な政策判断に陥っていると思われる。
    これまでに国が講じてきた財政措置を見ると,まず「地方交付税」の消費者行政に関する基準財政需要額については,平成20年度から平成21年度にかけて倍増(90億円から180億円)されたが,現実には,平成21年度・22年度の自主財源も相談員の報酬単価も微増にとどまる。基準財政需要額の増額は自主財源を配分する目安に過ぎず、これでは実効性が不十分であったことが明らかである。
    つぎに,3年間で利用できる「活性化基金」について平成21年度と22年度の実績を見ると,消費生活センター整備の物的設備,消費者教育・研修・啓発,商品テスト設備等につながった点は評価できる。しかし,住民が専門的な相談を受ける人的体制確保や相談員の処遇改善という点では,なお不十分である。つまり,3年間に限定された活性化基金では、4年目以降に財政負担を残すような人員増加や処遇改善に財源を注ぐことが困難であるのが現状である。
    さらに,平成23年1月に交付された「光交付金」については、未だ利用の実情は検証できないが、申請ベースの配分内訳によると、合計1000億円のうち平成22年度の地方消費者行政に利用する財源は金10億8200万円、平成23年度と24年度に基金として利用する財源は金14億7000万円、合計金25億5200万円にとどまる。つまり、光交付金は、地方消費者行政、弱者対策・自立支援、知の地域づくりなど比較的使途の範囲が限られていたにもかかわらず、大半は文教施設・設備費等に利用され、地方消費者行政には全体の約2.5%しか回っていないのが実情である。
    また、平成22年2月に発表された「地方消費者行政充実強化プラン」は、広域連携による相談窓口の設置や相談員の処遇改善などの諸課題について、地方自治体における先導的事例を紹介しつつ地方自治体への期待を提示したものであるが、その後の地方消費者行政の実情を見る限り、広域連携や処遇改善がそれほど広がったとは言い難い。
    このように、国がこれまでに実施した財政支援措置や政策提案は、いずれも所期の目的を達したとは言い難い。
    今後の財政措置の在り方としては、「活性化基金」の期間を延長する方式であれば、細かな使途の制約があるため利用しにくいという批判を踏まえて、使途の自由度を広げる必要があり、「光交付金」の方式を前提とするならば、使途の領域を一層限定して消費者行政に関連する事業分野に確実に利用できるような範囲に絞った財政措置とすべきである。さらに、継続的・計画的な体制強化を実施可能とするために、例えば地方財政法10条に「消費者事故情報収集業務・消費生活相談業務等に要する経費」の規定を加えることなど、相当程度の期間を見据えた財政措置とする必要がある。

  6. 相談員の雇止め回避対策の重要性と民間団体への業務委託の危険性

    消費者庁の平成23年2月10日付け通知書「消費生活相談員に対するいわゆる『雇止め』について(お願い)」は、消費生活相談員についてその専門性や実務経験の重要性に照らし「雇止め」の実施が不適切であることを明示する点については極めて適切な内容であり、当会としても、地方自治体に対し相談員の雇止めを実施しないことを強く要望する。
    しかし、地方自治体が雇止めの回避を確実に実施するための施策としては、同通知書では不十分であると言わざるを得ない。すなわち、同通知書は雇止めを行うことなく処遇の改善を図る地方自治体の事例を紹介しつつ、各地方自治体の配慮をお願いするという内容にとどまり、平成22年2月の「地方消費者行政充実・強化プラン」の繰り返しという印象をぬぐえない。このような通知書によって、果たして消費生活相談員の雇止めの回避が実現されるのか、疑問がある。
    逆に、同通知書が紹介する地方自治体の取組事例4件のうち2件が、相談業務を民間団体に委託した事例である点は、重大な問題がある。すなわち、指定管理者制度による業務の民間委託は、指定管理者となった団体内部の雇用関係により個々の相談員の雇止めは回避できるように見えるが、指定管理者の指定は期間を定めて行うことが必要であり(地方自治法244条の2第5項)、3年から5年で委託期間が満了したときは改めて公募選考により議会の議決を経ることとなるため、同一団体が継続的に受託できる保障はない。つまり、受託団体の相談員全体について雇止めと同様の不安定さが生じるのであり、管理者が変更された場合には地方自治体の相談窓口の体制自体に混乱が生じるとともに、その後の委託事業費の削減により相談員の処遇が一層悪化する恐れもある。
    そもそも、消費生活相談員による苦情相談業務は、単に相談者に対する相談助言のサービス提供にとどまらず、苦情事案を分析して事業者規制部門に結び付けたり、福祉や高齢者等の関連部局の対応を求めるなど、職員と相談員の密接な連携によって実施する業務である。こうした消費者行政の中核的業務でありかつ専門性と継続性の確保が不可欠な消費生活相談業務を、指定管理者制度により民間団体に業務委託することは本質的になじまないものというべきである。
    よって、国は地方自治体に対し、相談員の雇止め回避の名の下に消費生活相談業務を安易に民間委託する方向に流れることがないよう、例えば、一定の実務経験年数を有する相談員の処遇の向上措置や地方自治体の職員の立場を前提とした安定雇用方策の検討など具体的な方向性を示すべきである。

以上

2011(平成23)年4月13日
埼玉弁護士会

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