2012.02.14

埼玉県消費生活条例の改正を求める意見書

2012年2月14日

埼玉県知事  上田 清司 殿

埼玉弁護士会会長  松本 輝夫

はじめに

この数年,消費者被害の防止・救済に関して,特定商取引に関する法律(以下,「特定商取引法」という。),割賦販売法,貸金業法,金融商品取引法などの消費者保護法が次々と改正されたが,他方で,高齢者を狙う投資詐欺商法,インターネットを利用した悪質商法など,現代的な消費者被害が繰り返されている。
埼玉県は,地方消費者行政活性化基金の造成により県内市町村の消費生活相談体制を整備し,また特定商取引法及び埼玉県民の消費生活の安定及び向上に関する条例(以下,「埼玉県消費生活条例」という。)による事業者規制・指導を活発に展開していることは高く評価できるところであるが,他方で,国の法律でカバーされない取引分野について条例による規律を整備すべき課題が明らかになってきたといえる。
よって,以下のとおり埼玉県消費生活条例の改正を提言し,消費者行政の一層の充実を求めるものである。

第1 意見の趣旨

  1. 買取型消費者取引への適用対象の拡大
    近時の買取型消費者取引による消費者被害の増加に鑑み,埼玉県消費生活条例の規制範囲が買取型消費者取引一般に及ぶように改正すべきである。
  2. 情報量の乏しい事業者を保護対象に拡大
    事業者であっても,当該取引に関する知識・経験が不十分な個人事業者が巧妙な勧誘により被害に遭っている現状に鑑み,埼玉県消費生活条例の保護の対象となる消費者を,非事業者個人に限らず,当該取引に直接関連する事業の経験が相当程度あると認められない者を,広く対象とすべきである。
    また,実質的には事業者性が認められないにもかかわらず,消費者を保護する法令の適用を逃れるために,事業者名による契約を締結させる行為を禁止すべきである。
  3. 勧誘開始(接触)段階での不当行為の規制強化
    要請のない訪問,電話による勧誘(不招請勧誘)による消費者被害が繰り返されている現状に鑑み,勧誘を望まない消費者に対する勧誘を規制するため,以下の行為を禁止する規定を加えるべきである。
    1. 消費者に対して,勧誘を受諾する意思を予め確認することなく訪問または電話により勧誘を開始する行為
    2. 口頭,書面,自動音声などの手段及び代理等の方式を問わず,消費者が勧誘を受諾する意思がない旨を表示しているにもかかわらず勧誘を開始する行為(再勧誘の禁止も含む)
  4. 悪質な不当勧誘行為の規制強化
    不実の告知,事実の不告知,威迫・困惑行為による勧誘など,特に悪質な不当勧誘行為であり,訪問または電話による勧誘の方法であって、特定商取引法よる規制対象外となっているものについては,埼玉県消費生活条例における規制違反行為に対する制裁として,業務停止命令及び罰金もしくは過料の罰則を加えることができるよう規定を設けるべきである。
    その他、最近の不当勧誘行為を分析し、的確な規定を追加する必要がある。
  5. 苦情処理部会の機能強化
    県の消費者被害救済におけるあっせん又は調停(以下,「あっせん等」という。)の機能を強化すべく,苦情処理部会が,より迅速的かつ実効的機能を有するために,以下のとおり,規定を整備すべきである。
    1. 県センターの受付事案だけでなく、県内市町村センターの受付事案も取扱い可能とすること、並びに、センター受付事案でなくとも審議会が相当と認めたときは消費者が訴訟を提起された事案についても適用対象とする。
    2. 担当委員は,審議会委員に限定することなく,必要に応じて,弁護士,及び,消費生活相談員等の専門的知識を有する人員を選任しうるとともに,より機動的かつ迅速な処理を行いうる体制にする。
    3. あっせん等に関わる事業者及び関係者に対して,事実等の説明・根拠提示に関する努力義務を明記する。
    4. あっせん等が不調の場合であって、事業者が合理的な理由なく手続に協力しない場合は,その経過及び結果(あっせん内容等)について,同様の被害の防止・救済に資するため,事業者名も含めて,県民等に情報提供しうるようにする。
  6. 適格消費者団体への支援
    一般消費者のために差止関係業務を行う適格消費者団体制度が導入されたことに鑑み,適格消費者団体による消費者被害拡大防止の取り組みを支援するため,以下のとおり,規定を整備すべきである。
    1. 訴訟費用援助制度(埼玉県消費生活条例28条)の適用対象の拡大
      • 審議会のあっせん等に付託されたものに限るとの現行制度から,審議会で相当と認めたものも含めるように,対象を拡大する。
      • 消費者が訴訟を提起する場合に限るとする現行制度から,適格消費者団体が訴訟を提起する場合についても適用対象を拡大する。
    2. 苦情のあっせん等の拡充
      あっせん等の利用について,消費者からの苦情の申し出があった場合に限られる現行制度(埼玉県消費生活条例27条1項,26条1項)から,適格消費者団体からの申出も認めるように,対象を拡大する。

第2 意見の理由

  1. 買取型消費者取引への適用対象の拡大について
    1. 現状と課題
      近時,買取型消費者取引による消費者被害が多数発生している。典型的な被害の内容は,事業者が突然消費者の住居を訪問し,貴金属,宝飾品,自動車,時計等を,強引にかつ不当な廉価で購入して去っていく(そして解約には一切応じない),というものである。全国の消費生活センターに寄せられたこのような消費者被害の件数は,平成21年度は137件であったが,平成22年度では2367件と激増している。埼玉県内の消費生活センターにおける相談内容も,アクセサリー,自動車,和服など,多岐にわたるものとなっている。
      被害の発生にもかかわらず,上記の買取型消費者取引は特定商取引法の定める特定商取引に該当しないことから,同法の法的規制はこれに及ばない。また,埼玉県消費生活条例の定める不当な取引行為には,買取型消費者取引は含まれないというのが行政解釈である。これらにより,被害はほとんど放置されている現状にある。
      このような事態を受けて,消費者庁の研究会において,特定商取引法を改正し,同法に買取りに係る規制を導入することが検討されている。ただし,上記改正において導入される買取りに係る規制は,貴金属を対象とするものに限定される(貴金属等の訪問買取りに関する研究会中間とりまとめ)見込みである。
    2. 提案内容
      事業者の消費者に対する不当な取引行為によって経済的損失を被りうることは,消費者が買主であるか売主であるかによって異なるものでもなければ,買取方法が事業者の訪問によるものか,店舗におけるものか,消費者の来訪要請によるものかによって,本質的な違いはない。消費者から物を買い取る際には不当な取引行為を行っても問題としない,という態度は,消費者保護の理念を蔑ろにするものである。
      また,買取型消費者取引につき規制をするに当たり,前記埼玉県内の相談内容(被害状況)からしても,目的物が貴金属である場合に限定する合理的理由はなく,貴金属のみを規制の対象としても,悪徳業者が不当な買取りの対象とする物が,貴金属以外の換金可能な物に移行するだけにすぎない。目的物を限定しては,規制の意味は著しく減殺される。
      そこで,前記の被害の実情に鑑み,埼玉県消費生活条例第3章第3節「不当な取引行為の禁止」の適用範囲が買取型消費者取引一般に及ぶように改正すべきである。
  2. 情報量の乏しい事業者を保護対象に拡大について
    1. 現状と課題
      従前の消費者法における消費者概念は,事業者概念と表裏の関係とされ,事業者は一部の例外を除いて消費者関係法上の保護を受けることはできないとされてきた。
      しかしながら,たとえ事業者であっても,中小事業者においては,直接には事業目的に関わらない補助的な取引や,勧誘により開業をする事業勧誘型の取引,さらには,市場や事業形態の構造上,当事者間に不均衡の認められる取引等においても,情報量や交渉力に格差が存在することは否定しがたいところである。
      例えば,(ア)事業未経験者がコンビニエンスストア等のフランチャイズ契約を行う場合には,事業に関するノウハウ・知識・経験等に著しい格差があり,収益予想やリスク等の情報開示が不十分なまま契約を強いられたり,加盟店に著しく不利益な契約条項による負担を強いられるケースが散見される。また,(イ)不動産サブリース契約においても,一括で借り上げを強調され,賃貸建物を建築させられた結果,サブリース提供者が倒産したり,あるいは賃借人であるサブリース業者から一方的に賃料減額請求がなされるなどの紛争に発展するケースも多い。さらには,(ウ)提携リース契約に関しても,電話機や複合機,パソコン,インターネット設備,ホームページ等の小口物件を対象にした提携リース契約を,訪問販売等の方法により事業所や自宅に突然訪れたサプライヤーが,その導入の必要性について欺罔し,誤解を生ぜしめるような態様で勧誘を行うなど,まさに消費者被害と同様の構図にある。
       また,実際には,事業者性を認めがたい状況(実質的に廃業状態にある,主たる利用目的が家庭用・個人用であるなど)にあるにもかかわらず,消費者を保護する法令の適用を逃れるために事業者名による契約を締結させることも,少なくない。
    2. 提案内容
      契約当事者間に現実に情報の質及び量並びに交渉力の格差等が存在しているにもかかわらず,単に,契約名義が事業者間の契約であるということで,安易に救済を拒み,不当な勧誘や不当な契約条項を追認してしまうことは,契約における正義の観点から是認できるものではない。
      そこで,契約名義が事業者間取引にあっても,従前の「消費者」概念に拘ることなく,取引の類型・特質・態様に基づき,消費者取引と同様の事情がある場合には,契約・取引が,不正義を実現する手段に堕することを防止していく必要がある。
      具体的には,勧誘により開業をする事業勧誘型の取引(フランチャイズ契約,不動産サブリース契約),及び,市場や事業形態の構造上,当事者間に不均衡の認められる取引(提携リース等)については,保護対象に加えるべきである。
      また,実質的には事業者性を有しない者に対して,消費者を保護する各法令の適用を逃れる目的で,事業者名による契約を締結させる行為を禁止させるべきである。
  3. 勧誘開始(接触)段階での不当行為の規制強化について
    1. 現状と課題
      近時,高齢者等,勧誘を断る力が弱い,勧誘に対し強く拒絶することができない消費者に対する不招請勧誘による被害が繰り返されている。被害の典型例は,「もう電話しないでください。」と何度断っても勧誘の電話をかけてくるというものや,「訪問販売お断り」と門扉に掲示しているにもかかわらず,何度も執拗に訪問販売の業者が訪ねてくるというものである。
      埼玉県内の消費生活センターにも,不招請勧誘が契機となることが多く,次々販売や過量販売等の過大な契約を締結する相談事例が多数よせられており,平成23年度(本年1月13日現在の集計)においては,その被害の平均額が468万円にも及び,被害は年々悪質化してきているといえる。
      特定商取引法は,訪問販売,電話勧誘販売について,販売業者等による個別の接触が開始された後に,個別に勧誘を断った者への勧誘を禁止し(特定商取引法3条の2第2項,17条),訪問販売について,勧誘を受諾する意思を確認する努力義務を課している(同法3条の2第1項)。
      しかし,高齢者等の勧誘を断る力が弱い消費者は,一度,事業者との接触が開始されてしまえば,これら規制のみでは,十分な消費者保護が図られているとはいえない。
      まず,勧誘を開始させないためには,勧誘開始段階で,事業者等に対し,消費者に勧誘を受諾する意思があるかを確認する義務を課し,消費者に勧誘を拒絶する機会を与える必要がある。
      また,単に,事業者等に対し,消費者に勧誘を受諾する意思があるかを確認する義務を課したとしても,事業者と対面してしまえば,消費者は拒絶の意思表示をすることができないおそれがある。消費者保護を図るためには,消費者による訪問販売の場合の拒絶の意思表示を記載した門扉への文書(ステッカー)掲示や電話勧誘の場合の拒絶の意思表示を録音した自動音声を流す等の不招請勧誘に対する一括拒絶が,個々の不招請勧誘に対する拒絶の意思表示に該当すると明確にしておく必要がある。
      そして,現状,高齢者等の消費者本人が事業者等の勧誘を拒絶できない場合に,その親族や職場関係者等が,事業者等に対し,代わりに勧誘を拒絶する意を伝えても,本人によるものではないとして,執拗に勧誘を継続する事業者が存在する。高齢者等に対する不招請勧誘による被害を防止するためには,親族等の代理による拒絶の意思表示も,不招請勧誘に対する拒絶の意思表示に該当すると明確にしておく必要がある。
    2. 提案内容
      以上の観点より,不招請勧誘による消費者被害を防止するためには,一人暮らしの高齢者等,勧誘を断る力が弱い消費者が,勧誘に対して,容易かつ事前に拒絶の意思表示をすることができる機会,方式を積極的に設ける必要がある。
      そこで,(ア)消費者に対して,勧誘を受諾する意思を確認することなく勧誘を開始する行為を禁止する規定,並びに,(イ)口頭,書面,自動音声などの手段及び代理等の方式を問わず,消費者が契約を締結する意思がない旨を表示しているにもかかわらず勧誘を開始する行為を禁止する規定を加えるべきである。
  4. 悪質な不当勧誘行為の規制強化について
    1. 現状と課題
      現行規定では,不当勧誘行為(埼玉県消費生活条例21条)の規制として,勧告・勧告の公表(同条例22条1項,2項)の規定が存在する。
      しかしながら,悪質業者の中には,勧告・公表を受けても,これを意に介さずに悪質な勧誘を継続する業者や,社名を変更して引き続き悪質な勧誘を繰り返すケースも多い。
      したがって,悪質業者に対する規制が,勧告・公表という行政指導にとどまるのみでは,消費者被害拡大に対する抑止力としては不十分である。
      また,2008年の特定商取引法改正によって,訪問販売,電話勧誘販売等については,原則として,全ての商品,及び役務が対象となり,同法による規制の対象が広くなったものの,近時,県内では,同法の適用外となる取引類型における悪質商法被害が多発している。
      例えば,悪質業者が,同法の訪問販売の適用除外となるよう消費者が自ら住居における取引を請求したというな形式を作出し,同法による規制を潜脱するというものである。
    2. 提案内容
      以上の現状を踏まえて,県内で被害が多発し,かつ特定商取引法等において規制の対象とならない取引類型に関しては,業者に対する規制をより実行的なものとするために,行政処分としての業務停止命令,及び罰金あるいは科料などの刑罰規定を加えることを検討すべきである。
      そして,条例において刑罰規定を設けるためには,県内の悪質商法被害の実態を踏まえつつ,対象となる取引類型,罰則を科すべき勧誘行為を限定したうえ,明確な要件を設定する必要がある。
      例えば,勧誘行為を,特に悪質な特定商取引法6条各項規定の不当勧誘行為に対象を絞るなどの限定が必要である。
      この点,東京都及び徳島県の条例では,過料あるいは罰金の対象となる不当勧誘行為を,「重大不適正行為」として定義し,取引類型を,消費者の請求による訪問販売に限定したうえ,被害が多発している類型の訪問販売を限定列挙していることが参考となる。
  5. 苦情処理部会の機能強化について
    1. 現状と課題
      • 条例においては,知事は,消費者からの苦情を消費生活センターにおいて解決することが困難であるとき,その他必要があると認めるときは,当該苦情を消費生活審議会のあっせん等に付することができると規定されている(埼玉県消費生活条例27条1項)。
        そして,審議会においては,あっせん等を行うために,苦情処理部会がおかれている(同規則9条1項)。
        このあっせん等は,消費生活センターでは解決に至らなかったものの,裁判等に馴染まない少額な事案の解決や,解決指針が提示されることによって,当該事案の消費者に限らず,他の消費者にとっても,同種同様の被害の防止・救済が図られるといった機能を有しているものである。
        しかし,埼玉県内の消費生活センターにおけるあっせん不調件数が年間316件存するにもかかわらず,苦情処理部会によるあっせん等が開催されることは,1年に1件あるかないかという状況にあり,十分な活用されているとは言い難い。
        その要因の1つとして,あっせん等の担当者が審議会の委員に限られていることがある。すなわち,あっせん等を行うためには,通常,審議会委員となっている3名の弁護士のうち2名を含む合計4名が担当することとなり,同時期に複数のあっせん等を行うには,同一の弁護士が複数件を担当せざるを得ないことになる。
        その結果,運営する事務職員(県の行政職員)の負担も増大することとなり,多数件の取扱いが困難となる実情がある。
        これに対して,独立行政法人国民生活センター(以下,「国セン」という。)の紛争解決委員会における重要消費者紛争解決手続(独立行政法人国民生活センター法11条)においては,通常の委員のほかに特別委員を置くことができ(同法16条1項),委員2名による仲介手続を基本とし、事案によっては委員1名よる運営も実施している。
        また,東京都消費生活対策審議会の平成23年12月付け「消費者被害救済のあり方について(答申)」によれば,より多くの紛争処理を迅速かつ的確に行うために,消費者被害救済委員会の体制を見直す必要があるとし,従来型の5名の委員による指針提示型部会とは別に、緊急性,迅速性に対応できるよう新たに迅速解決型部会を設けるべきであると提言している。
      • また,苦情処理部会におけるあっせん等の手続は、当事者の任意の協力が基本であることから,事業者の協力については,埼玉県消費生活条例4条4項に県が実施する消費生活に関する施策に積極的に協力するように努めなければならないとする一般的な責務の範囲にとどまる。その結果、あっせん等の手続において事業者に事情説明や資料提示等の協力を求める根拠規定が存在しない状況にある。
        そのため,事業者があっせん等の場に出席しつつも,解決に向けた誠実な協力がないままあっせん案を拒否すると,関係当事者に合意が成立する見込みがないものとしてあっせん等を打ち切るほかなく(規則17条1項),同様な苦情相談が複数存在していても,県民等に対して適切な情報提供をすることができない状況にある。
        これに対して,国センの重要消費者紛争解決手続においては,出席を求め、文書等の提出を求めることができ、事業者が合理的理由なく手続に協力しない場合には,事業者名を含む結果の概要を公表することができるものとされている。また、東京都消費者被害救済委員会においても,不成立となった場合には,同委員会の手続によっては同様の被害の解決が困難であることを示す観点より,その経過も踏まえて事業者名も含めた情報提供ができるものとされている。
    2. 提案内容
      以上のことから,埼玉県の苦情処理部会についても,行政内部の組織体制を強化し,より迅速かつ効果的な苦情処理機能を確保するために,(ア)県内市町村センターの受付事案についても取り扱うことができるものとすること、並びに消費者が被告として訴訟提起を受けた事案も取り扱うことができるものとすること、(イ)担当委員は,審議会委員に限定することなく,消費生活相談員,弁護士等の専門的知識を有する人員を選任しうるとともに,少人数の委員によるあっせん等を行うなど,より機動的かつ迅速な処理を実施しうる体制にすること,(ウ)あっせん等に関わる事業者及び関係者に対して,事情説明や資料提示に協力すべき責務を明記すること,(エ)あっせん等が不調になった場合であって、事業者が合理的な理由なく手続に協力しなかった場合には,その経過及び結果について,同様の被害の防止・救済に資するために,事業者名も含めて県民等に情報提供しうるように規定を整備することが必要である。
  6. 適格消費者団体への支援について
    1. 現状と課題
      現行条例は,消費者が事業者を相手方として訴訟提起する場合において,(ア)当該事案が審議会のあっせん等に付されている苦情に関するものであり,(イ)同一の被害が多数発生し,または発生するおそれがある商品もしくは役務またはこれらの取引行為に係るものであり,(ウ)審議会で援助を適当と認めたこと等の要件を満たすときは,訴訟の提起及び維持に必要な資金の貸付けや資料提供などの援助を行うことができるものとされている(埼玉県消費生活条例28条)。これは,消費者被害の拡大が懸念される事案について,個別の消費者の訴訟への援助を通じて県民の被害拡大の防止を図る制度である。
      しかし,現行制度では,適用対象が苦情処理部会に付託された苦情案件に限られることから,対象となる案件の母数がそもそも限られるうえ,消費者が審議会のあっせん等によって解決できなかった場合になお訴訟を提起するという選択をしない限り利用されないものであることから,利用の機会が極めて限られ,多数の消費者被害が発生している現状の中で,制度目的な実現されているとは言い難い。
      なお,東京都の条例では,消費者被害救済委員会の付託案件に限定せず、また消費者が被告となる事案も対象としている。
      また,消費者契約法により適格消費者団体制度が創設され,適格消費者団体が訴訟提起を含む差止関係業務を遂行しているが,性質上収益を得る事業ではないため、適格消費者団体の多くは会費や寄付等によってその運営費を賄っており,財政的に事業の持続が容易でない実情にある。差止訴訟の提起に際しても,訴訟費用等は大きな経済的負担となっている。
      適格消費者団体と埼玉県とは,官民の協力・連携によって消費者の利益擁護を実現する関係にある。そこで、訴訟費用等援助制度の適用対象を拡大し,適格消費者団体による訴訟提起を支援することが適切である。
      また,適格消費者団体による訴訟提起は,これに先立って事業者に対する文書申入れ等を行うものとされていることから、あっせん等に付託されていない事案であっても、審議会が相当と判断するときは訴訟援助を決定することができるものとすべきである。この点,東京都の条例も,あっせん等の前置を要件とはしていない(同条例第31条)。
      一方,適格消費者団体はあくまで民間団体であり,事業者の中には行政の指導には従うものの,民間団体の意見には耳を貸さないという態度に出るものが存在することも想定されるし、訴訟提起を選択する前段階として審議会によるあっせん等の利用に適する事案も想定できる。そこで,適格消費者団体が取り扱う事案についても,審議会によるあっせん等の利用を認めることが適切である。
    2. 提案内容
      以上の観点より,訴訟援助制度の適用対象について,審議会のあっせん等に付託されたものに限るとする現行規定を改正し,審議会で相当と認めたものであればよいとして対象を拡大すべきである。
      また,訴訟援助制度の適用対象について,消費者が訴訟を提起する場合に限るとする現行規定を改正し,適格消費者団体が訴訟を提起する場合や,消費者が訴訟を提起された場合を含むよう,対象を拡大すべきである。
      そして,苦情処理部会のあっせん等の利用について,消費者からの苦情の申し出があった場合に限られる現行規定(埼玉県消費生活条例27条1項,26条1項)を改正し,適格消費者団体からの申出事案も適用できるよう,対象を拡大すべきである。

以上

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