2013.05.08

東京電力福島第1原子力発電所事故に伴う損害賠償請求権の 消滅時効に関し,立法措置を求める会長声明

  1. 2011(平成23)年3月11日に発生した東京電力福島第一原子力発電所の放射性物質放出事故から、すでに2年以上が経過した。
    本件原発事故は、未だに約15万人以上の被災者が福島県内外に避難している状態が続いている未曾有の被災者を生み出し、これがいつまで続くか計り知れない深刻かつ広範な被害が現在もなお継続している。
    埼玉県内にも被災直後から故郷からの退去を余儀なくされた多くの被災者が避難しており、福島県双葉町は被災者住民と行政機関ごと埼玉県加須市内の旧騎西高校に移転している状態であるほか、埼玉県内には、区域外避難者を含めて6500名以上の被災者が現在も避難している。
  2. 本件原発事故による被災者の損害賠償請求は、政府が設置した裁判外紛争解決手続である原子力損害賠償紛争解決センターを活用して簡易・迅速な救済を目指している。しかし、原子力損害賠償紛争審査会が損害賠償の範囲等の目安として示した中間指針についても、東京電力は独自の支払基準を設けてそれに当てはまらない請求については賠償に応じない例が多い。また、被災者としても生じた損害の全体像が未だ明らかでないため、損害の一部のみを請求しているケースが大半である。
    こうした中で、本件原発事故により生じた損害の東京電力株式会社に対する賠償請求権(原子力損害の賠償に関する法律2条2項)は、その本質が不法行為に基づくものであることから、東京電力は、『損害及び加害者を知った時から3年間』(民法724条前段)で短期消滅時効により消滅するという見解を示している。
    いつ終わるとも知れない避難生活を強いられる避難者の損害賠償請求権について、直ちに短期消滅時効が成立するとの解釈は到底認められるべきではないが、本件原発事故から2年余が経過した現在、被災者の中には、損害賠償請求権が3年で消滅時効にかかってしまうのではないかという不安が生じている。
  3. 政府は、今国会に「東日本大震災に係る原子力損害賠償紛争についての原子力紛争審査会による和解仲介手続きの利用に係る時効の中断に関する法律案(以下、「特例法案」という。)」を提出した。この特例法案は、前記紛争解決センターへの和解仲介申立に時効中断効を付与し、和解が成立しなかった場合でも手続打ち切りの通知を受けた日から1か月以内に裁判所に訴訟を提起すれば、和解仲介申立時に訴えを提起したものとみなすことで時効中断効を維持するとするものである。
    この特例法案は、紛争解決センターに和解仲介申立をした被災者に関して時効中断効が維持されるという点では評価することができる。しかし、和解仲介申立をした被災者は、平成24年末時点においてわずか1万3030名に過ぎず、避難者約15万人に比してごく一部にとどまっている現状からすれば、被災者の救済としては極めて不十分である。しかも、時効中断効は和解仲介申立をした損害項目に限られるため、全損害項目について速やかに紛争解決センターへの和解仲介申立を強いられることとなる。また、手続打ち切りの通知を受けた日から1ヶ月以内に訴えを提起しなければならないという点も被災者に酷である。
  4. さらに、不法行為の時から20年間の経過により損害賠償請求権が消滅するという除斥期間(民法724条後段)についても、本件原発事故について適用されるべきではない。
    すなわち、原発事故と健康被害との関係について、現時点では放射線による健康被害がいつの時点でどのように出現するか一致した科学的な知見が確立していない。チェルノブイリ原発事故では、発生後25年が経過した後も、新たな被害が発生し続けている事実が報告されている。
    したがって、民法724条後段の除斥期間がそのまま適用されると、本件原発事故から20年経過後に発生する被害は賠償されないこととなり著しく正義に反する。
  5. よって、当会は、国に対し、原子力損害賠償請求権について、3年間の短期消滅時効(民法724条前段)が適用されないとする立法措置を速やかに講ずることを求める。さらに、20年の除斥期間や債権の消滅時効(民法724条後段、167条1項)についても、別途に適切な立法措置を検討することを求める。

以 上

2013(平成25)年5月8日
埼玉弁護士会会長  池本 誠司

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