会長声明および決議書・意見書
2019.03.05
宅地建物取引士の名義貸しの防止を求める要望書
平成31年3月5日
埼玉弁護士会 会長 島田 浩孝
第1 要望の趣旨
当会は,宅地建物取引業及び宅地建物取引士の登録,監督に携わる各所に対して以下の対策を求める。
- 宅地建物取引業の免許の審査手続において,宅地建物取引業法(以下「法」という。)第31条の3第1項に定められている宅地建物取引士の専任性の確認を厳正に行うこと
- 法第31条の3第1項に規定されている宅地建物取引士の専任性が欠如したまま,宅地建物取引業者が事務所を開設することは,法第31条の3第3項により禁止されており,法第31条の3第3項に違反した場合には,法第65条2項2号及び同条4項2号により,業務停止の対象となり,また法第82条2号により100万円以下の罰金に処せられる場合があることを,全ての登録宅地建物取引士に対して改めて注意喚起を行い,専任性が欠如したまま事業所を開設することの違法性の周知徹底を行うこと
- すでに免許を受け,宅地建物取引業者名簿に登載されている宅地建物取引業者について,宅地建物取引士の専任性の欠如が判明した場合について宅地建物取引業者の免許及び宅地建物取引士の登録の取消など厳正な手続きをとること
- 宅地建物取引士の専任性の欠如に関連したトラブルが発生した場合には,その発生件数や具体的な事例について速やかに公表手続きをとり,同種被害の防止に努めること
- そのほか,宅地建物取引士の専任性欠如の防止に必要な施策を可能な限り推進すること
第2 要望の理由
- 原野商法二次被害の拡大
1960年代から1980年代にわたり,何らの価値のないもしくは価値が非常に低廉な土地について,あたかも価値があるかのように装い,事情を知らない消費者に暴利とも言うべき高値で売りつける「原野商法被害」が多発した。
そして昨今,原野商法被害により原野を買わされてしまった被害者もしくは被害者の相続人を対象に,「この(買わされた)土地を高く売却するためには,この土地に隣接する別の土地を買う必要があります。」などと言って更なる原野を売りつける,または「高く売却できる私の土地と交換しましょう。」といって土地を交換させ,その差額を支払わせる,さらには「この土地を売るためには測量が必要です。」として高額の広告費や測量費を請求するなどして,さらに金員をだまし取る商法,いわゆる「原野商法二次被害」が顕在化している。
独立行政法人国民生活センターの平成30年1月25日に発表された資料[1]によれば,原野商法二次被害による相談件数は,2007年度には488件,2008年度には441件,2009年には373件,2010年度には446件,2011年度には780件,2012年度には745件,2013年度には1,032件,2014年度には1,088件,2015年度には847件,2016年度には1,076件,そして2017年12月31日まで相談件数は1,196件(前年同期の約1.8倍,前年度同時期の相談件数は662件)となっている。
被害金額についても,上記の独立行政法人国民生活センターの発表資料によれば,平成29年度の被害総額は20.7億円にのぼり,同年度の1件当たり平均の被害金額は470万円となっている。
1件当たりの平均の被害金額については,平成26年度よりも2.5倍となっており,上記の相談件数の増加と併せて,被害の質及び量ともに極めて深刻化している状況である。
また,上記の独立行政法人国民生活センターの発表資料によれば,被害者の年代としては70歳代が約4割を占め,もっとも多くなっている。そして全体を見ても,60歳以上が約9割を占めており,被害者の多くが高齢者であって,老後のための生活資金を奪い取られている現状である。
以上のような状況のため,埼玉県[2]や京都府[3],その他多くの地方自治体[4]において,原野商法二次被害についての注意喚起が行われており,また日本経済新聞平成30年5月25日付でも「原野商法膨らむ二次被害処分焦る高齢者標的に」と題して,主に高齢者が現金をだまし取られているとの報道がなされている。
また,平成28年3月23日には奈良地方裁判所において,原野商法二次被害を生み出していた会社の実質的経営者に対して,組織犯罪処罰法違反(組織的詐欺)などの罪が認められ,懲役3年の実刑判決が下されている。
加えて,平成28年11月29日には,さいたま地方裁判所川越支部において,原野商法二次被害について,詐欺行為であるとの認定がなされた判決も下されている(さいたま地方裁判所川越支部平成27年(ワ)第106号事件)。
他方で,被害金額の回収については,収奪された金銭が速やかに隠匿されてしまうため,極めて困難となっており,被害者の大多数が泣き寝入りを強いられている状況である。
そのため,当会は平成30年7月30日に,「原野商法二次被害の適正な取り締まりを求める要望書」を埼玉県警など関係各所に送付したところである。
- 原野商法二次被害にとって宅地建物取引士が必要不可欠であること
- 上記の原野商法二次被害のほとんどは,宅地建物取引業者として都道府県から免許を受けている法人が契約当事者となり引き起こされているものである。
この点,宅地建物取引業者が事務所を設置して宅地建物取引業を営むためには,事務所に専任の宅地建物取引士がいなければならない(法第31条の3第1項,第3項)。
そのため,専任の宅地建物取引士の存在は,宅地建物取引業者の免許を受けるための条件となっている(法第5条1項9号)
専任の宅地建物取引士が存在しないことが発覚した場合には,業務停止の対象となり(法第65条2項2号及び同条4項2号),さらには100万円以下の罰金の対象となる(法第82条2号)。
したがって,宅地建物取引士の存在は宅地建物取引業の免許を受けようとする法人にとって必要不可欠なものである。 - 上記に加え,原野商法二次被害では売買契約書や重要事項説明書等が形式的には整っていることが多い。
そして,当該売買契約書や重要事項説明書等には宅地建物取引士の氏名及び登録番号が記載されていることから,被害者が警察署に被害申告を行っても,警察は書類が形式的に整っている点及び当該法人が宅地建物取引業の免許を受けていることなどを重視して被害届を受理しないなどの対応を取ることが多い状況である。 - 以上のとおり,宅地建物取引士の存在は,原野商法二次被害を行う違法な法人にとって,必要不可欠とも言うべき存在である。
そのため,宅地建物取引士が,専任の実態が無いのに専任の宅地建物取引士として届出をするなどの,いわゆる名義貸しと評価せざるを得ない行為(以下「名義貸し行為」という。)が,原野商法二次被害の拡大・深刻化を招いている一つの要因なのである。なお,こういった宅地建物取引士に対しても,不法行為にあたるとして被害者からの損害賠償請求を認容した裁判例も存する(秋田地裁大曲支部平成29年9月22日判決,前橋地裁高崎支部平成30年9月11日判決)。
- 上記の原野商法二次被害のほとんどは,宅地建物取引業者として都道府県から免許を受けている法人が契約当事者となり引き起こされているものである。
- 当会が求める対応について
- 他方で,実際にトラブルが発覚すると,当該宅地建物取引士は,「免許を受けるために必要な書類は渡したが,関与は一切していない。」などと主張し,自己の責任を免れようとすることが多い。
しかし,前述したとおり,専任性が欠如した宅地建物取引士を設置した事務所を開設する行為は,法第82条2号により犯罪行為とされている。
そのため,名義貸し行為も犯罪行為に加担する行為であることは明らかである。
そして,前述のとおり,名義貸し行為は,専任の宅地建物取引士の存在が宅地建物取引業の免許の要件となっていることに鑑みれば,適正な業者であるかのような虚偽の外観を与える事態を招き,結果,消費者をして適正な業者であると容易に誤信させ,かつ虚偽の外観により警察の摘発を免れさせるといった原野商法二次被害の詐欺の実行行為を容易にさせる行為であって,極めて深刻かつ悪質な行為である。 - また,名義貸し行為は,新規に登録した宅地建物取引士に限られず,宅地建物取引士として登録年数が長期に渡る者らによっても,常習的に行われている場合もあることからすれば,極めて根深い問題である。
- 以上のとおり,そもそも名義貸し行為は法第82条2号の犯罪行為に加担する行為である上,原野商法二次被害の詐欺の実行行為を容易にさせる行為であって,今日における原野商法二次被害の拡大の大きな要因になっていることからすれば,その悪質性・違法性は極めて顕著なものである。
そのため,当会としては関係諸機関に対し,原野商法二次被害の拡大・深刻化を食い止め,消費者を救済するためにも,宅地建物取引士が名義貸し行為に関与しないよう徹底した防止活動に取り組んでいただくように,要望の趣旨記載の対策を行うことを求める次第である。
- 他方で,実際にトラブルが発覚すると,当該宅地建物取引士は,「免許を受けるために必要な書類は渡したが,関与は一切していない。」などと主張し,自己の責任を免れようとすることが多い。
以上
[1] | 独立行政法人国民センター「より深刻に!「原野商法の二次被害」トラブル -原野や山林などの買い取り話には耳を貸さない!契約しない!-」平成30年1月25日 |
[2] | 埼玉県「原野商法の二次被害にご注意ください」平成30年3月6日 |
[3] | 京都府「昔買った土地を売らないかといわれて(原野商法の二次被害)」 |
[4] | 例えば,千葉県八千代市,東京都北区など |