2019.03.01

公益通報者保護法の早期改正を求める意見書

2019年3月1日

内閣総理大臣 安倍晋三 殿
内閣府特命担当大臣 宮腰光寛 殿

埼玉弁護士会
会長  島田浩孝

公益通報者保護法の早期改正を求める意見書

第1 意見の趣旨

公益通報者保護法に関し,内閣府消費者委員会の公益通報者保護専門調査会が2018年12月26日に取りまとめた「公益通報者保護専門調査会 報告書」における提言に基づき,早急に「法制的,法技術的な観点から」の検討を行い,早期改正を実現すべきである。

第2 意見の理由

  1. 内閣府消費者委員会の公益通報者保護専門調査会(以下,「専門調査会」という。)は,2018年12月26日,公益通報者保護法の見直しに関し「公益通報者保護専門調査会 報告書」(以下,「本報告書」という。)を取りまとめ,公表した。
    本報告書では,①不利益取扱いから保護する通報者の範囲に,退職者や役員等を含めるべきこと,②通報対象事実の範囲に行政罰や行政処分の対象となる規制違反行為の事実を追加すべきこと,③行政通報における真実相当性の要件を緩和すべきとの方向性を示したこと,④行政機関以外の外部通報の特定事由に事業者が内部通報体制の整備義務を履行していない場合を追加すべきとの方向を示したこと,⑤一定の規模を超える民間事業者及びすべての行政機関に対し,内部通報体制の整備を義務づけるべきこと,並びに,行政機関に対し外部通報対応体制の整備を義務づけること,⑥行政通報の一元的窓口を消費者庁に設置すべきであること,⑦通報を理由として通報者に不利益取扱いをした事業者に対する行政措置を導入すべきであり,行政措置の種類としては,勧告の他に公表を行うことができることとすべきこと,⑧通報者が,不利益取扱いから保護される要件を満たしている場合,通報したことを理由として損害賠償責任を負わないとする規定を設けるべきであること,等が提言された。
    これら本報告書の提言内容は,公益通報者が真に保護されるためにはなお不十分と言わざるを得ない論点もあるが,事業者団体関係委員を含めた各分野の知見に基づく意見調整を通じて取りまとめられたものであり,公益通報者保護制度を利用しやすくし,通報者の保護を図る方向のものであり,基本的に評価できる。
    政府は,本報告書の提言を受けて,速やかに公益通報者保護法の改正を行うべきである。
  2. 公益通報者保護法は,通報者の保護を図ることによって公益通報を促進し,もって事業者の法令遵守を推進し国民生活の安定及び社会の健全な発展に資することを目的とするものであるところ,2006年4月に施行(2004年制定)された以降,今日においても,大企業による製品安全検査偽装事件やリコール隠し事件や食品偽装表示事件や有価証券虚偽記載事件など,国民の生命,健康,財産の侵害に結び付く大規模不祥事事件が繰り返され,国際的な信用低下の事態にまで至っているというのが現状である。
    公益通報者保護法の附則2条には,施行後5年を目途として,施行状況について検討を加え必要な措置を講ずるものとする旨が定められているにもかかわらず,既に約13年を経過していること,2015年3月に,公益通報者保護制度の「見直しを含む必要な措置を早急に行った上で,検討結果を踏まえ必要な措置を実施する」ことを内容とする消費者基本計画が閣議決定されたこと,これに基づき,消費者庁に「公益通報者保護制度の実効性の向上に関する検討会」が設置され,2016年3月の第1次報告書において,民間事業者の取組促進に向けたガイドライン改正等を提言し,同年4月に設置された検討会内のワーキンググループは,同年11月にワーキンググループ報告書を取りまとめ,これに基づいて同年12月に検討会最終報告書を取りまとめ,通報者保護の要件や効果に関する法改正事項について方向性を示す提言を行った。こうした議論を経たうえで,2018年1月から公益通報者保護専門調査会が設置され,16回に及ぶ調査審議のうえ本報告書を取りまとめたという経過がある。これらの会議を経て,議論は相当に尽くされており,これ以上同法の改正を先延ばしする理由はない。
    よって,政府は,公益通報者保護専門調査会報告書に基づく内閣府消費者委員会の答申に沿って,速やかに公益通報者保護法の改正法案を取りまとめるよう要望する。
  3. 改正法案を取りまとめにあたっては,本報告書に「法制的,法技術的な観点から整理を行う」ものとする事項が複数残されているので,主な事項について,今後の具体化に向けた意見を述べる。報告書の基本的な趣旨に沿って,より実効性のある通報者の保護が図られるためには,これらの事項については,以下のとおり具体化することが相当である。
    1. 保護する通報者の範囲について
      退職者及び役員等を加えることは専門調査会において一致した意見であり,賛成である。
      退職者の退職後の期間制限を設けるか否か,その期間をどう考えるかが検討課題とされているところ,事業者に過大な負担が及ばないことという意見に配慮するならば,労働者名簿の保存期間(労基法109条)に合わせて,退職後3年間とする考え方が最も合理的であり,これより短くする合理的な根拠は見出せない。
      なお,役員等に対する保護の内容として,解任の禁止を加えるか否かが検討課題とされているところ,会社法339条2項や一般社団法人法70条2項は,役員等の解任には正当な理由がなくとも有効であるとされていることを踏まえれば,公益通報を理由とする解任に対しては,損害賠償を請求することができるものとする報告書の提言が合理的である。
    2. 通報対象事実の範囲について
      現行法の刑事罰の対象となる違反行為に,行政処分対象違反行為まで拡大することは,専門調査会の一致した意見であり,賛成である。特定目的の法律に限定せず,「国民の生命,身体,財産その他の利益にかかわる」との限定(法2条3項1号)をもって足りるものとするか,法目的もさらに拡大すべきかが検討課題とされているところ,「その他の利益」との文言があることから,同条の目的に関する文言をさらに改正することよりも,規定の方式について対象となる法律を列挙する現行法の方式を取りやめることこそが重要である。約470本にも及ぶ法律を列挙する現行法の方式は関係者が対象範囲を確認するに際しあまりにも煩雑であり,公益通報者保護の対象とすることが不適切な法律を逆に対象外リストとして規定する方式が妥当である。
    3. 2号通報(行政機関への外部通報)の保護要件について
      2号通報の保護要件として通報対象事実を「信じるに足る相当の理由」との要件を緩和することは専門調査会においておおむね合意されており,賛成である。2号通報先は,守秘義務を負う行政機関であり,かつ通報対象事実の存在は行政機関において調査する権限を有するのであるから,通報者については,通報対象事実を信じたことにつき重過失がないことを要件とすれば足りると考える。仮に主観的要件の緩和が困難であれば,法3条3号イからニ及び内部通報窓口の整備義務を果たしていない場合は,真実相当性の要件を不要とする特定事由とすることが妥当である。事業者の内部通報窓口の機能不全が指摘されており,また中小事業者については内部通報窓口の設置が努力義務にとどまることとされていることを踏まえれば,行政機関に対する2号通報の補完機能を拡充することが不可欠だからである。
    4. 3号通報(その他の外部通報)の保護要件について
      3号通報の保護要件について,現時点では,「信じるに足る相当の理由」の要件を維持すること,並びに内部通報体制の整備義務を履行していないことを特定事由に追加することは,専門調査会で概ね合意した意見であり,賛成である。「内部通報体制の整備義務を履行していない」ことを外形的に判断可能な要件の設定方法が検討課題となっているところ,内部通報窓口を設置し,これを組織内で周知し,通報者情報の共有を必要最小限度にとどめ,不利益取扱い禁止を明示的に定めることなど,報告書が例示するような客観的な要件を設定すればよい。 また,第3条3号ホの特定事由について,生命または身体の危害発生の危険だけでなく一定の財産被害を加えることは,専門調査会の一致した意見であり,賛成である。財産被害の対象をどのように限定するかが検討課題とされているところ,「例えば回復の困難性が認められるなど」と例示しているが,消費者安全法2条8項の「多数消費者財産被害事態」の定義を参照すれば,被害の多数性と取引内容の不実性を要件とすることが適切である。例えば,原材料や原産地やブランド名を偽装した事件など,生命・身体自体への危害ではないが,不実告知や虚偽表示によって消費者の選択権を侵害し財産被害を繰り返す大規模事件が繰り返し発生しており,こうした違法行為を早期に食い止めることは,今日的な重要課題である。これに対し,「回復の困難性」を要件とすることは。賠償能力のある大企業であれば不特定多数への財産被害を現に繰り返していても外部通報は許されないこととなり,極めて不当な結果となる。
    5. 内部通報体制の整備について
      事業者及び行政機関に内部通報体制の整備を義務づけることは,専門調査会の一致した意見であり,賛成である。労働者数300人以下の民間事業者は人的体制確保の困難性を勘案して努力義務をすることも,専門調査会の一致した意見であり,容認できる。ただし,努力義務とすることにより義務違反が行政処分の対象とはならないとしても,内部通報体制整備義務を果たしていない事業者については,前述の外部通報を認める特定事由に追加することが,通報者保護の実効性確保の前提条件である。
      また,内部通報体制整備義務の内容としては,内部通報受付窓口を設置し,労働者等に周知すること,通報者の個人情報は事案の調査に必要な範囲を超えて提供しないこと及び通報者への不利益取り扱いを禁止することが明示されていることが必要であることは,専門調査会の一致した意見であり,最低限の必須要件である。
      なお,中小事業者や中小自治体の体制整備義務の人的手当が課題とされているところ,当会としては,公益通報者に対する専門的な相談支援体制をさらに整備することとともに,事業者や行政機関の内部通報窓口のヘルプラインとなる専門家弁護士の養成及び紹介制度を整備し,公益通報者保護制度を総合的に支援する所存である。
    6. 2号通報に対応する行政機関の外部通報受付窓口の整備について
      2号通報に対応する外部通報受付窓口を行政機関の規模に拘わらず整備を義務づけることは,専門調査会の一致した意見であり,賛成である。とりわけ,行政機関の外部通報窓口が分からないとの意見が少なくないことや,外部通報担当者の不用意な処理により通報者が不利益を受けたという事例があることに照らし,外部通報窓口体制の具体的な要件を法令及び通達等に明示することも,一致した意見であり,賛成である。
      一元的窓口を設置する予定の消費者庁を始めとして,各省庁や地方自治体にとっては,内部通報窓口のほかに外部通報窓口を整備することは,人的体制や予算措置の点で負担となろうが,大企業による大型不祥事が多発し国際的な信用低下をも招いている現状に照らし,官民を挙げての体制整備は不可欠である。なお,外部通報体制についても,必要に応じ弁護士がヘルプラインとなる方法を活用するなど,柔軟な体制が選択できるよう示すことが適切である。
    7. 1号通報窓口(事業者の内部通報)の担当者の守秘義務について
      1号通報窓口の担当者に対する守秘義務の導入を見送ったことは,内部通報を優先するとした公益通報者保護法の基本理念や,通報者が安心して通報できる内部通報窓口を整備する義務と矛盾するものであって,本来は妥当ではない。窓口担当者による事案の調査等に萎縮効果を招くことを理由とする反対意見が強かったため,報告書はこれを見送ったようであるが,仮に担当者個人の守秘義務を設けないのであれば,前述の内部通報体制整備義務の内容として,事案の調査に必要な範囲を超えて通報者の個人情報を共有しないことを明確に定めることが必須である。
  4. 消費者庁は,以上の各論点について,早急に,「法制的,法技術的な観点から」の検討を行い具体的な改正法案を取りまとめるべきであり,改正の当否を蒸し返すような議論は厳に避けるべきである。そして,仮にいくつかの論点について具体的改正案の取りまとめに日数を要する場合には,それを除いて速やかに第一次改正法案を取りまとめ,国会に上程すべきである。

以上

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