2016.06.14

「新たな所得連動返還型奨学金制度の創設について」(第一次まとめ)に対する会長声明

  1. 奨学金の返還が困難となる事例が多数存在していることから,独立行政法人日本学生支援機構の学資金の貸与制度について,2012(平成24)年度より,貸与を受けた者が返還する金額を,その者の所得に応じて変動させる所得連動返還型奨学金制度が導入された。しかしながら,まだなお奨学金の返還にかかる不安及び負担が残るので,さらに国は,その軽減を図るためとして,新たな所得連動返還型奨学金制度の導入を目指し,2015(平成27)年10月に「所得連動返還型奨学金制度有識者会議」を設置して議論を続けてきた。そして,2016(平成28)年3月31日,同会議により「新たな所得連動返還型奨学金制度の創設について」(第一次まとめ)(以下,「第一次まとめ」という。)が示された。
  2. そもそも,教育にかかる費用の負担については,教育を受ける権利(憲法第26条),親の経済力等によって教育を受ける機会を差別されないとの平等原則(憲法第14条),教育への権利(子どもの権利条約第28条)の観点から考えるべきであり,こうした観点から奨学金は本来給付型を原則として設計されるべきである。
    給付型導入まで貸与型を維持するとしても,このような憲法上の要請を踏まえれば,できるかぎり利用者負担の少ない適切な制度設計をすることが求められる。
    貸与型の場合,借入時に将来の収入を見通すことができない一方,返還は長期間にわたるので,低収入又は無収入となった場合に返還が過酷なものとなってしまうという問題点がある。この問題点を十分に考慮して制度設計をしなければ,奨学金返還の行き詰まりを恐れて進学を断念することとなりかねず,憲法上の要請に反することになり,厳に留意する必要がある。
    この点,所得連動返還型奨学金制度は,設計と運用次第では利用者の負担を大きく軽減する効果を生むものであり,その制度創設の目的については評価されるべきものである。しかし,設計と運用を誤れば,利用者に大きな負担を強いることになるところ,第一次まとめには以下のような問題点がある。
  3. 問題点について
    1. 無収入者及び低所得者に返還を求めていること
      まず第1に,返還金額を所得に応じて9%と設定したことで低所得者の返還金額は従前より低減しているが,標準的な貸与額の場合,年収300万円で月額8900円,年収0でも月額2000円の返還を求める点はなお不適切である。確かに,年収300万円以下の者には申請による返還猶予制度が用意されており,この制度によって当面返還の猶予を受けることはできる。しかしながら,返還猶予制度は実際の運用等において様々な利用制限がされているし,その運用には独立行政法人日本学生支援機構の裁量が認められていることから,低所得者の救済としては不十分である。むしろ,端的に,収入が一定額以下の者にはその状態が続く限り返還を求めない制度とすべきである。
    2. 返還終了期限が設けられていないこと
      そして第2に,返還期間について,返還完了まで又は本人が死亡若しくは障害等により返還不能となるまでとすることが適当としていることである。学業を支えるための奨学金については,貧困の連鎖が生じるのを防ぐために,原則として,生涯にわたって返還の負担をさせるべきではない。
      この点について,アメリカやイギリスでは返還開始から20年ないし30年の経過後は残額を免除するという返還終了期限を設けている。
      第一次まとめでも返還期間については①35年間,②65歳までとすることについても将来的な検討事項とされているが,積極的に,当初の返還開始時期から長くとも25年程度の期間が経過した後は,残額を免除するという返還終了期限を設けるべきである。
    3. 扶養者のマイナンバーの提出を利用要件としていること
      第3に,第一次まとめでは,利用者にマイナンバーの提出をさせることに加え,さらに利用者が被扶養者になった場合には,扶養者の収入を勘案して返還額を決定するとして,扶養者のマイナンバーの提出がない場合には新制度の利用を認めないとしている。
      このように,新制度は,返還義務のない扶養者もマイナンバーを提出しないと,所得連動返還型による返還を求めることができないから,返還義務のない扶養者のマイナンバー提出を事実上強制することにつながる。そのような事態は,利用者及び扶養者のプライバシーの観点からも問題である上,奨学金制度を利用しづらくするものとなりかねない。
      また,そもそも奨学金を借りていない者には返還義務はないのに,扶養者の収入を勘案して返還額を決定すること自体不適切である。
      よって,所得連動返還型の適用を受けるにあたっては,少なくとも返還義務のない者のマイナンバーの提出を要件とすべきではない。
    4. 現在の利用者及び有利子奨学金利用者に対する救済施策が検討されていないこと
      第4に,第一次まとめが新たな所得連動返還型奨学金制度を導入するとしているのは,2017(平成29)年度以降の無利子奨学金の新規利用者からであり,これまでに借り入れて返還が困難になっている者及び有利子奨学金の利用者の救済に資するものではない。
      多数の者がすでに奨学金の返還に困難を抱えており,また,貸与者の約3分の2が有利子奨学金の利用者である現状を考えれば,これらの者に対する施策まで考えることも有識者会議には求められているはずである。第一次まとめは,全くその役割に応えたものとなっていない。
  4. 第一次まとめには,上記のように多くの問題が存在しており,このまま導入されれば,利用者の返還の負担の軽減という当初の目的を十分に達成できず,現在,奨学金返還が困難な者の救済の役にも立たない。
    新たな所得連動返還型奨学金制度を創設するとすれば,①収入が一定額未満の者には返還を求めない閾値を設けること,②返還開始から一定期間を経過した後は残額を免除する返還終了期限を設けること,③返還額は,奨学金利用者自身の収入に基づいて判断することとし,利用者以外の者が負担を負わないような制度とするべきであり,④その適用はすでに貸付を受けた者及び有利子奨学金の利用者に対してもなされるべきである。
    以上のような理由から,当会は,本来,奨学金制度の原則と言うべき給付型奨学金の早期導入を求めるとともに,給付型導入まで貸与型を維持するとしても所得連動返還型奨学金制度に関し,上記の問題点について十分に議論を尽くした上で,奨学金問題の解決に資する制度とするように求める。

以上

2016(平成28)年6月14日
埼玉弁護士会会長  福地 輝久

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