2016.09.26

刑事訴訟法等の一部を改正する法律の成立に関する会長声明

  1. 本年5月24日に「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」(以下「本法」という。)が、可決成立した。
    本法は、法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」(以下「特別部会」という。)での約3年間の議論を得て取りまとめられた答申に基づくものである。特別部会は、厚生労働省局長事件など、数々の冤罪・誤判事件や捜査機関による自白強要・証拠改ざんなどの不祥事が発生し、捜査の在り方に対する抜本的な見直しの必要性が社会的要請となった事態を受けて設置され、密室での取調べ中心の実務を抜本的に改める方策の提言が期待されていた。
    しかし、特別部会の答申、それを具体化した本法の内容は、極めて不十分な取調べの可視化、新たな冤罪・誤判の危険を生み出す制度の導入など、上記特別部会設置の趣旨を無視したものと言わざるを得ない。
    これに対し、当会は、繰り返し、法案の段階から強い懸念を会長声明や総会決議で表明するとともに、法案が内包する問題点を指摘し、取調べの全面的可視化と全面的証拠開示制度を基軸とするあるべき「新時代の刑事司法制度」確立を訴えてきた。また、当会を含む18の弁護士会会長が通信傍受法の改悪に反対する共同声明を発表した。
    各地の弁護士会などからも、特別部会の審議中に出された基本構想、事務当局試案、法改正要綱、そして法案に対し、繰り返し、反対の意見が表明され、取調べの全面可視化等あるべき抜本的な見直しが求められてきた。
  2. 本法の内容のうち、主として問題であるのは、(1)取調べの録音・録画を義務付けの対象事件が裁判員裁判対象事件及び検察独自捜査事件に限られていること等、(2)証拠開示制度の不十分な拡充、(3)捜査・公判協力型協議・合意制度及び刑事免責制度(以下「司法取引制度」という。)の導入、(4)通信傍受の対象犯罪の拡大等である。
    1. まず、取調べの録音・録画制度について、本法が義務付けの対象とする事件は全刑事事件のわずか3パーセントにとどまり、かつ、広範な例外規定を設け、しかも、例外に該当するかどうかの判断を捜査機関に委ねている。本来の対象事件ですら恣意的な判断がなされる危険性があり、その例として、以下の宇都宮地方裁判所が有罪判決を下した事案が挙げられる。
      参議院で審議に入る直前の本年4月8日、宇都宮地方裁判所において、殺人を全面的に争っていた被告人に対して無期懲役判決が下されたが、客観的証拠が乏しく、有罪の決め手とされたのが被告人の自白を録音録画した映像であった。同事件において、商標法違反での逮捕勾留を経て起訴された後、殺人罪の取調べが開始されたものの、取調べの録音録画が開始されたのは、殺人罪で逮捕された後であり、その前の取調べは録音録画されていなかった。
      この判決直後の参議院法務委員会審議の政府側答弁において、別件の被告人勾留中における対象事件の取調べや任意同行時における取調べは録音録画の対象とはなっていない旨、答弁がなされた。
      別件の被告人勾留中における対象事件の任意の取調べは、対象事件について、「勾留されている被疑者」を取り調べることに他ならないから、録音録画の義務付けの対象となることが明らかである。これに対し、政府側答弁は、「対象事件について勾留されている被疑者」の取調べに限定するという誤った見解に立つ。運用で録音録画をすると答弁するものの、対象事件ですら、録音録画義務の範囲が解釈により不当に限定される危険性が高いことが露呈された。
    2. 証拠開示制度の拡充についても、公判前整理手続に付された事件について、検察官に対し証拠の一覧表を弁護人に交付することを義務付ける制度の導入を認めるものの、検察官による恣意的な例外判断がなされる危険性がある。
    3. 他方で、司法取引制度について、本法は、一定の犯罪について、検察官が必要と認めるとき、被疑者・被告人との間で、被疑者・被告人が他人の犯罪事実を明らかにするため真実の供述その他の行為をした場合には検察官が被疑・被告事件について不起訴処分、特定の求刑その他の行為をする旨を合意できるとする。
      この司法取引制度は、自らの刑責を軽くしたいがために無実の第三者を巻き込むことにより、冤罪を生み出す危険があるし、被疑者・被告人に対し利益誘導的に捜査・公判への協力を持ち掛けることにより、かえって供述に依存した捜査を助長し、また、冤罪の温床となる危険もある。
      弁護人の関与が必要的とされたが、その危険性がなくなるものではない。
    4. さらに、本法は、通信傍受の対象事件を殺人、詐欺、窃盗など一般犯罪にまで大幅に拡大し、同時に、これまで通信傍受法が抑制的に運用される歯止めとなっていた通信事業者の常時立会いを不要とする新たな傍受方法の導入を認める。
      そもそも、通信傍受の対象事件の拡大や傍受手続の簡素化などは、捜査機関の暴走を抑制する抜本的な改善策を検討し提言を行うという特別部会設置の趣旨に逆行する事態を招きかねない。歯止めが利かなくなった捜査機関の暴走により国民の通信の秘密やプライバシーが侵害される新たな人権侵犯を生み出しかねない。
  3. 衆参両議院で可決成立した本法は、全体として、憲法及び刑事訴訟法上の適正手続保障の趣旨を徹底し、冤罪の根絶を図るために、取調べの全面可視化を中心に、捜査機関の暴走を抑制する抜本的な改善策を検討して提言を行うという特別部会設置の趣旨とはかけ離れ、むしろ、捜査機関の権限の拡大・強化を志向するものであると言わざるを得ない。
    そこで、当会は、本法の成立に抗議するとともに、今一度、特別部会設置の経緯に立ち戻り、憲法及び刑事訴訟法の適正手続保障の趣旨を徹底し、冤罪を防止することを目的としたあるべき「新時代の刑事司法制度」が法制化されることを求める。

以上

2016(平成28)年9月26日
埼玉弁護士会会長  福地 輝久

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