2015.11.26

適正な弁護士人口に関する決議

第1 決議の趣旨

当会は,政府に対し,司法試験合格者を年間700人程度とするよう求める。

第2 決議の理由

  1. はじめに
    内閣官房法曹養成制度改革推進室(以下「推進室」という。)は,本年6月30日,法曹人口の在り方について「検討結果取りまとめ」(以下「検討結果取りまとめ」という。)を取りまとめた。
    この取りまとめによると,「推進室において行った調査により判明した法的需要の状況及び弁護士の活動状況に照らすと,法曹人口は,全体として今後も増加させていくことが相当である」とし,「新たに養成し,輩出される法曹の規模は,司法試験合格者数でいえば・・・・・・1500人程度は輩出されるよう,必要な取組を進め,更にはこれにとどまることなく,関係者各々が最善を尽くし,社会の法的需要に応えるために,今後もより多くの質の高い法曹が輩出され,活躍する状況になることを目指すべきである。」としている。
    しかし,弁護士人口は現在約3万6500人であり,大幅に過剰である。
    これ以上の弁護士人口激増は,弁護士過剰による経済的基盤の弱体化と弁護士の倫理観の喪失,人権活動・公益活動の衰退,OJT不足による質の低下,法曹志願者の減少に伴う弁護士の質の低下など,弁護士という職業の危機及び重大な社会的弊害を引き起こすことになるのである。
  2. これまでの経緯
    1. 政府方針
      政府は,2002(平成14)年3月に司法制度改革推進計画を閣議決定し,司法試験合格者を大幅かつ急速に増加させる政策を推進してきた。
      この閣議決定は,2001(平成13)年6月に出された司法制度改革審議会(以下「司法審」という。)からの意見書を受けて,①我が国の法曹人口が先進諸国の比較において極端に不足していること,②今後の国民生活の様々な場面における法曹需要が量的に増大するとともに,質的にも多様化高度化することが予想されること,③弁護士人口の地域的偏在の是正の必要性があることが予想されることを理由に,法曹人口増大の必要があるとして決定されたものである。
      政府の上記計画により,司法試験合格者数は年々増大し,閣議決定がなされた2002(平成14)年には1183名であった司法試験合格者が2008(平成20)年には2209人と急増した。
      ところが,弁護士人口激増による供給過多,就職難,OJT不足による質の低下等が社会問題化してくると,自由民主党政務調査会司法制度調査会・法曹養成制度小委員会合同会議は,2012(平成24)年4月9日付で「法曹人口・司法試験合格者数に関する緊急提言」を出し,「まずは平成28年までに1500人程度を目指すべき」との結論を示した。また,総務省は,同年4月20日,法務省及び文部科学省に対し異例の「法曹人口の拡大及び法曹養成制度改革に関する政策評価」を行い,司法試験合格者の年間数値目標を速やかに検討すべきとの勧告を行った。
      このような流れの中,政府は,2013(平成25)年7月16日の法曹養成制度関係閣僚会議において司法試験合格者数を3,000人とする数値目標を撤回する決定を行い,法曹人口について必要な調査を行い2年以内に公表するとした。この決定を受けて発足したのが「推進室」であり,この推進室が前述の「検討結果取りまとめ」を取りまとめた。ところが,「検討結果取りまとめ」の内容をみれば,司法試験合格者数の下限を示したに過ぎず,先の閣僚会議で3,000人の数値目標を撤回したにも関わらず法曹人口増大の方向性に変わりの無い内容となっている。
    2. 当会の立場
      当会は,急激な弁護士人口の増加が,過当競争により弁護士業務の質の低下を招き,法律専門知識が無い故に適正な選択ができない市民に重大な損失を与える危険性があるばかりか,生活防衛のために人権擁護という使命を果たすことができない弁護士を大量に生じさせることになると訴え,2007(平成19)年12月15日に開催された臨時総会で,全国に先駆け「適正な弁護士人口に関する決議」を挙げた。同決議は,弁護士数の適正規模についての調査・検証が完了するまでの間,当面,司法試験の年間合格者数を1,000人程度とすべきとする内容であった。
      この決議後に,当会は,法曹人口問題検討特別委員会を設置し,埼玉県における法曹人口の適正規模について調査・検討を行った。
      調査・検討の結果,2009(平成21)年の段階において弁護士人口を急激に増加させる要因が見られず,むしろ,これ以上の増大は,弁護士の信頼性の確保に重大な悪影響を及ぼす可能性があり早急に激増を食い止めるべきであるとの結論に至った。このため,当会では,2009(平成21)年5月23日の定時総会において,司法試験の合格者を4年ないし5年かけて年間1,000人程度にすべきとする「適正な弁護士人口増加に関する決議」を挙げた。
      1,000人という数字は,弁護士人口をおおむね4万人弱で均衡させるために算出した数字であった。
  3. 弁護士人口激増の状況
    政府の方針を受けて,司法試験合格者数が増大していったのは前述のとおりであるが,2008(平成20)年に2,209人の合格者を出して以降,2009(平成21)年が2,135人,2010(平成22)年が2,133人,2011(平成23)年が2,069人,2012(平成24)年が2,102人,2013(平成25)年が2,049人,2014(平成26)年が1,810人,2015(平成27)年が1,850人と推移している。
    しかしながら,弁護士人口が急増している状況に変わりは無い。このことは,弁護士人口が1万8838人(2002(平成14)年)から3万6395人(2015(平成27)年9月1日現在)と,わずか13年の間に倍増したことからも明らかである。
  4. 弁護士需給状況
    1. はじめに
      前記のとおり,当会では,2008(平成20)年に埼玉県における法曹人口適正規模について調査・検証を行ったところ,この時点における弁護士需要に対し十分供給がなされていると判断した。
      その後,7年程度が経過したが,弁護士需要は一向に高まらず,一方で弁護士人口は急増している。
      以下,具体的な数値をあげながら弁護士需給状況について検討する。
    2. 事件数の減少
      全裁判所の新受全事件数と弁護士人口の推移は次のとおりである。なお,全裁判所の新受全事件数には,本人訴訟,司法書士代理の事件もふくまれている。
      2005(平成17)年 523万5354件 2万1185人
      2006(平成18)年 507万3647件 2万2021人
      2007(平成19)年 454万6332件 2万3119人
      2008(平成20)年 443万2985件 2万5041人
      2009(平成21)年 459万7231件 2万6930人
      2010(平成22)年 431万7903件 2万8789人
      2011(平成23)年 405万9778件 3万0485人
      2012(平成24)年 379万8121件 3万2088人
      2013(平成25)年 361万4253件 3万3624人
      この様に,統計的数字が得られやすい訴訟案件を基準としてみた場合,事件数は減少する一方であり,需要が高まるどころか減少しているのは明らかである。
      次に,弁護士会法律相談センター,日本司法支援センター,自治体で弁護士が相談した法律相談件数の推移についてみると次のとおりとなる。
      2006(平成18)年 58万4699件
      2007(平成19)年 66万7872件
      2008(平成20)年 64万467件
      2009(平成21)年 66万8396件
      2010(平成22)年 62万7329件
      2011(平成23)年 61万6883件
      2012(平成24)年 60万454件
      2013(平成25)年 60万8679件
      この様に,2006(平成18)年以降は,およそ60万件程度で推移しており,大幅な増加はない。弁護士に対する需要が高まれば,自ずと法律相談件数も増加すると考えられるところ,その件数に大きな変化がない以上,潜在的な需要も高まっていないというべきである。
    3. 人口の減少
      我が国の人口は,今後確実に減少するとされている。そして,これに伴い,民営事業所も年々減少することが想定される。国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(中位推計)」(平成24年1月推計)によると,2018(平成30)年の人口推計は1億2523万6032人,2028(平成40)年の人口推計は1億1829万3145人,2038(平成50)年の人口推計は1億924万9577人,2048(平成60)年の人口推計は9913万1017人,2058(平成70)年の人口推計は8882万6000人とされている。
      この様に我が国の人口は減少傾向にあり,経済規模も縮小していくことが想定される中,現段階に増して急激に弁護士需要が高まることは想定しがたい。
    4. 企業の組織内弁護士,地方自治体の弁護士に対する需要
      日弁連が2013(平成25)年1月から3月に,上場企業(3,583社),外資系企業(1,860社),未上場企業(540社)に対し調査したところ,回答した1,260社のうち,「弁護士を採用していない」と回答した企業が1,182社(93.8%)に上り,その企業のうち1,093社(約93%)が「企業内弁護士の採用に消極的」あるいは「検討していない」との回答をした。
      また,日弁連が全国の地方自治体を対象として2013(平成25)年11月から2014(平成26)年1月に実施した調査において,全国の地方自治体860のうち594自治体から回答を得られ,弁護士資格を有する職員が「いる」との回答は37自治体に留まり,ほとんどの自治体が「採用の予定はない」と回答した。
      以上からも明らかなとおり,弁護士の活動領域の拡大に見込みはなく,今後も大幅な需要は生じないと言える。
  5. 現に生じている弁護士激増に伴う弊害
    1. はじめに
       このように,弁護士人口が急激に増加するなかで,弁護士需要が高まらず,供給過多の状況が長らく続き,様々な弊害が生じている。
    2. 弁護士間の競争激化による経済的基盤の弱体化と弁護士の倫理観の喪失,人権活動・公益活動の衰退
      弁護士激増により生じた弁護士間の競争の激化は,集客競争ないし顧客争奪競争や弁護士報酬のダンピング合戦を招き,事務所経営を不安定化させ弁護士の経済的基盤を弱体化させることになる。
      このことは,経済的合理性のみを重視する方向に弁護士を向かわせ,弁護士の倫理観を喪失させることになりかねない。
      また,経済的基盤が弱体化し,弁護士が日々の生活を送ることに精一杯になれば,採算性度外視で行ってきた人権活動・公益活動をする余裕も当然なくなり,これらの活動から遠ざかることになる。
      そもそも弁護士は「社会正義の実現と基本的人権の擁護」(弁護士法1条)を使命としており,少数者の正当な権利を擁護し救済するという司法の一翼を担っている。しかしながら,弁護士が過当競争に疲弊し,その使命を放棄するようなことになれば,弁護士に対する信認は低下し,その結果,弁護士自治を崩壊させ,ひいては,司法の弱体化につながりかねない。
      このことは,救済されるべき一般市民が最終的に被害を被ることを意味することにほかならない。
    3. 司法修習生の就職難とOJT機会喪失
      司法修習生の就職状況は年ごとに悪化している。司法修習終了後の一括登録時点で弁護士登録をしない未登録者は,60期102人,61期122人,62期184人,63期258人,64期464人,65期546人,66期570人,67期550人と大幅に増加している。また,一括登録時点での未登録者における4か月後においても登録できていない者の新司法試験合格者に対する割合も,新60期1.2%,新61期1.7%,新62期2.1%,新63期3.4%,新64期4.5%,現新65期4.8%,66期5.6%と年々上昇している。
      これらの数値からは,就職難の深刻化が読み取れる。
      また,最終的に弁護士登録した弁護士も希望どおりの就職ができているとは限らず,いわゆる「軒弁」や「即独弁護士」などOJTを受ける機会の乏しい状態で就職している新人弁護士が増えているといえる。
      司法修習生の就職難,軒弁・即独弁護士の増加といった問題は,法律実務家として必要な技能や倫理を十分に体得していない弁護士を社会へ大量に送り出すことになり,市民の権利保障に支障を来たす事態になりかねない。
    4. 法曹希望者の激減
      法科大学院の志願者数は,2008(平成20)年度以降減少の一途を辿っており,2014(平成26)年度には全国の合計が1万1450人であった。
      また,法科大学院の入学者数は年々減少しており,2014(平成26)年度の入学者数は,2,272人であった。法科大学院の競争倍率は,2014(平成26)年度に2.0倍となっており法科大学院入学者の選抜段階における競争性が低下している。
      競争性の低下は,多用かつ有為な人材に法曹を担ってもらうことを困難にし,ひいては弁護士の質の低下,司法の弱体化につながりかねない憂慮すべき事態である。
    5. 市民に及ぼす悪影響
      以上から,弁護士人口の激増による弊害は,時間が経過するほど明らかになっている。上記の繰り返しになるが,これらの弊害は,やがて司法の弱体化を招き,一般市民に悪影響を及ぼす。市民に及ぼす悪影響は,ゆっくりと時間をかけて徐々に進行するものである。しかし,市民が悪影響を感じ取ったときには,既に手遅れになっているといえるのであり,現段階でこれらの弊害を除去すべく抜本的な対策が求められている。
  6. 司法試験合格者大幅減員の必要性
    これまで述べてきたとおり,弁護士の需要は高まっておらず,むしろ弁護士激増による弊害が顕著に表れてきている。そして,その弊害は徐々に市民に悪影響を及ぼしているのであり,直ちに弊害を除去すべく抜本的な対策が必要となっている。
    抜本的な対策とは,司法試験合格者の大幅な減員に他ならない。
    当会は,2007(平成19)年及び2009(平成21)年に司法試験合格者数を年間1,000人程度にすべきとする決議を挙げているが,さらにこれを進め,司法試験合格者数を年間700人程度とすべきである。
  7. 司法試験合格者年間700人の根拠
    当会が上記決議を挙げた2009(平成21)年の時点における弁護士人口は約2万7000人であり,同決議に際しては,年間1,000人程度の司法試験合格者とすることにより弁護士人口はおおむね4万人弱で均衡すると考えられていた。
    ところが,その後も弁護士激増の傾向は維持され,現在では約3万6500人の弁護士人口となっている。日本弁護士連合会によるシミュレーションによると,司法試験合格者数を1,000人とした場合,2042(平成54)年まで法曹人口は増加し続け,この時点で5万3927人となる計算である。
    前記のとおり,2009(平成21)年において,既に弁護士人口の急増による悪影響が懸念されていたところ,その後も,弁護士に対する需要が高まっていないにもかかわらず,弁護士人口を漫然と激増させてきた結果,弁護士人口は更に供給過多となり,これによる悪影響もより深刻となっているのである。
    そうであるにもかかわらず,現時点においても司法試験合格者数を年間1,000人程度とする方針を維持し続けるのは,かえって前記の当会決議の趣旨・方針にそぐわないことになる。
    そこで,現在の状況を前提とした上で,仮に司法試験合格者を年間700人に減少させた場合には,日本弁護士連合会によるシミュレーションに即して計算すると,2042(平成54)年まで法曹人口はなお増加し続け,この時点で4万6326人となる。そして,法曹人口に占める弁護士人口が90%と仮定して計算すると2042(平成54)年の時点における弁護士人口は4万1693人となり,2009(平成21)年決議で想定した弁護士人口4万人にほぼ近い数字となるのである。かかる人数を超える弁護士を必要とする需要がわが国に存在しないことは,これまでの経過を見れば明らかである。
  8. 結語
    政府が方針を改めず,弁護士激増の政策を進めた結果,弁護士過剰による弊害がより深刻化したため,現在,司法試験の合格者数を年間1,000人程度とするという方針のままでは,むしろ有害無益な大幅増員を認める方向性の議論となってしまうのである。
    当会の前記2007(平成19)年決議にもあるとおり,法曹人口問題における本質的課題は,個人・市民の人権を十全に擁護する上で真に必要とする量の法曹を確保してその質的向上を不断に図ることである。
    そこで,当会は,前記2009(平成21)年総会決議から6年以上が経過した今,改めて適正な司法試験合格者数を検討し,政府に対し,司法試験の合格者数を年間700人程度とすることを求める次第である。

以上

2015(平成27)年11月26日
埼玉弁護士会

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