2015.08.18

特定商取引法の改正に関する意見書

2015年(平成27年)8月18日
埼玉弁護士会会長  石河 秀夫

【連鎖販売取引に関して】

第1 意見の趣旨

  1. いわゆる後出しマルチについての規制を明確化するため,
    1. 法第33条に,勧誘者(以下,特に断りのない限り,連鎖販売取引への加入を誘引する,統括者,法第33条の2の「勧誘者」又は一般連鎖販売業者をいう。)が被勧誘者を連鎖販売取引に加入させるに際し,被勧誘者との間の商品販売契約又は役務提供契約締結後に被勧誘者に対して特定利益の告知を行った場合もまた連鎖販売取引にあたる旨の規定を追加し,もって当該契約が連鎖販売取引に該当することを明文で規定すべきである。
    2. 規則第3条及び第4条において規定する訪問販売における交付書面の必要的記載事項に,「訪問販売業者の顧客が知人等を当該業者に紹介し,又は自ら当該業者の代理店となって第三者に対して同種の契約を成立させた場合に,紹介料その他の名目の報酬を当該顧客に支払うことが予定されているときは,その事実及び報酬額の算出方法」を新たに追加すべきである。
  2. 以下に指摘する連鎖販売取引の法制度上の問題点につき,法令の改正を検討すべきである。
    1. 金商法・商品預託取引に関する連鎖販売取引につき,連鎖販売取引の規制対象事業となることの明確化
    2. 借入金,クレジットを利用する連鎖販売取引の勧誘規制
    3. 連鎖販売事業者に対する入会者数や特定利益額などの開示義務
    4. クーリング・オフ,契約の申込み又は承諾の意思表示の取消の場合における統括者の責任
    5. 善意の契約当事者に対する不実告知等に基づく意思表示の取消制限の廃止
    6. いわゆるピラミッド型の連鎖販売組織に対する規制
    7. 特定利益の額の制限の設定
    8. 勧誘目的を隠匿して公衆の出入りする場所に誘引する行為の禁止
    9. 中途解約の期間制限の撤廃
    10. クーリング・オフの効果として,使用利益の返還,提供済み役務の対価の請求禁止の明確化

第2 意見の理由

  1. 後出しマルチに関する規制について
    1. 被害の実態
      いわゆる後出しマルチとは,勧誘者が,被勧誘者との間で商品の売買契約又は役務提供契約を締結した後に,被勧誘者に対し,第三者を勧誘することにより紹介料が得られるとのビジネスモデルを事後的に告げることにより,被勧誘者の友人等に,連鎖的に商品等の販売・提供を繰り返す商法である。
      例えば,大学生が友人から勧められて,喫茶店等に呼び出され,数十万円もする,就職に役立つというDVDソフトや競馬情報のDVDソフト等の購入を勧誘され,購入後に,当該DVDソフトを第三者に紹介することで成約1件当たり10万円を受け取ることができる旨を告げられて,被勧誘者が勧誘者となりさらに友人等を勧誘するという事例が,消費生活センターに多数報告されている(国民生活センター平成26年5月8日付け「相談急増!大学生に借金をさせて高額な投資用DVDを購入させるトラブル」,同平成23年7月21日付「大学生に広がる投資用教材DVDの紹介販売トラブル」等)。埼玉県内においても,同種事案による被害が多発しており,有志弁護士が弁護団を編成して被害救済に当たっている。
      このように,後出しマルチは,連鎖販売取引における特定利益について,勧誘時ではなく商品の売買契約又は役務提供契約の締結後に説明する点に特徴がある。また,被勧誘者が喫茶店等のような店舗以外の場所に呼び出されて勧誘ないし契約を行わされるという,いわゆるアポイントメント商法の形態が取られることが多い。
      平成22年度から平成25年度までの間に経産省消費者相談室に寄せられた後出しマルチに関すると考えられる相談件数及びこれが連鎖販売取引の総相談件数に占める割合は,それぞれ9件(1.45パーセント,総相談件数621件),16件(4.44パーセント,総相談件数380件),2件(0.6パーセント,総相談件数335件),7件(2.50パーセント,総相談件数280件)となっている。連鎖販売取引の相談件数が減少傾向にある中で,後出しマルチの被害については,依然としてなお継続的に相談が寄せられている。
    2. 規制の必要性
      後出しマルチの被害の特徴として,被勧誘者が勧誘者に転じ,連鎖的に勧誘者が増加してゆき,当該ビジネスモデルへの参加者が指数的に増大することにより早晩破綻する必然性があること,勧誘者に転じた者が紹介料その他の名目の報酬に動機づけられて,その知人等に対して無理な勧誘行為に及ぶことにより,その人間関係の崩壊やさらなる被害の拡大を招く危険性が高いことが挙げられる。典型的な連鎖販売取引と後出しマルチは,その危険性において異なるところはなく,同様のビジネスモデルを用いて,特定利益の告知を勧誘時に行うか,または勧誘後に行うかの違いが存するのみであり,連鎖販売取引の脱法行為として後出しマルチを行うといった法規制の穴をふさぐ必要性も存する。また,商品等の価格に紹介者等への紹介料その他の名目の報酬が含まれることを秘して,不意打ち的な勧誘が行われることが多く,当該勧誘を契機に連鎖的に被害が拡大していくとの問題点を解決するためには,被勧誘者に対する有意な情報提供を行わせる必要性も存する。
      後出しマルチの被害については,消契法の不実告知ないし断定的判断の提供による救済が可能な場合も存するが,立証のハードルが高く被害救済の迅速性に欠けるきらいがある。これに対して,特商法は形式的な要件に該当する事実をもって迅速な被害救済を実現しうる。
      このように,典型的な連鎖販売取引と同程度の危険性を有し,また不意打ちにより契約関係に入り,勧誘者に転じて連鎖的に被害を拡大させるおそれがある後出しマルチについても,連鎖販売取引として規制し,また不意打ち防止のための規制に服させることが適正妥当である。
    3. 現行法における規制と課題
      現行法においては,
      ①物品の販売,有償で行う役務提供の事業で,
      ②販売の目的物たる物品の再販売等をする者を,
      ②-1 特定利益を収受しうることをもって誘引し,
      ②-2 その者と特定負担を伴う取引をするもの。
      を連鎖販売取引と定義する(法33条)。
      ところで,前述のとおり「後出しマルチ」は,誘引時に特定利益を収受しうることを明らかにしない点に特徴がある。
      国民生活センター平成21年3月5日付「新手のマルチ取引-友人を誘うと紹介料が入る話は契約の後-」によれば,「連鎖販売取引上の特定利益について契約後に説明する手法については,経済産業省は,連鎖販売取引に加入させることを目的として特定利益に関する説明を故意にソフト購入契約後に告知しているに過ぎず,特商法に定める連鎖販売取引に該当し得るとの見解を示している。」とあり,特定利益を誘引時に説明していない後出しマルチの事例においても,連鎖販売取引に該当するとの解釈をすることは可能である。現に,前述の経産省消費者相談室の報告においても,後出しマルチの被害報告が連鎖販売取引のカテゴリーに分類されている。
      しかしながら,法文上明確でなければ,事業者又は勧誘者による「連鎖販売取引」に該当しないとの主張がされるおそれがあり,争いになると司法による判断をまたなければならないこととなる。これでは,被害救済が遅きに失することとなってしまう。また,一般の取引において紹介者への紹介料が含まれることは例外的であるところ,現行法においては,商品等の対価に勧誘者への紹介料その他の報酬が含まれるか否かを被勧誘者が認識することができないとの問題点は依然として残る。
    4. 対応策
      • 上述の経済産業省の見解と同様,現行法の解釈上,後出しマルチは連鎖販売取引に該当するものと解するべきであるが,「勧誘者が勧誘時に特定利益に関する説明を被勧誘者に告知せず,契約締結後に初めて特定利益の告知を行った場合」も,当該契約が連鎖販売取引に該当することを,法文上明確にすべきである。
      • また,前述のとおりいわゆる商品販売目的を告げずに呼び出して行われるアポイントメント商法の形態がとられる後出しマルチについては,特商法の訪問販売の規定が適用される。
        訪問販売に該当する取引行為については,被勧誘者に対する不意打ちを防止し,勧誘された者をして契約を行うか否かの判断を正常に行わせるためにも,契約の目的物たる商品等の対価に,勧誘する者にも分配されることが予定されている利益が含まれるか否かを明らかにさせる必要がある。
        具体的には,訪問販売業者の顧客が友人等を当該業者に紹介し,又は自ら当該業者の代理店となって第三者に対して同種の契約を成立させた場合であり,かつ紹介料その他の名目の報酬を当該顧客に支払うことが予定されているときには,あらかじめ契約書面等にその事実及び報酬額の算出方法を記載させ,これが記載されていない場合には契約書面等に不備がある場合として,クーリング・オフ期間を進行させない等の措置を取るべきである。
        このように,特商法の訪問販売の規定を改正することによって,アポイントメント商法の形態をとる後出しマルチに対して,より実効的な規制を及ぼすことが可能となる。
  2. 連鎖販売取引の諸規定に関する問題提起
    1. はじめに
      現行法における連鎖販売取引の規制については,後出しマルチのほか,以下の点につき検討を要する。これらは,日本弁護士連合会及び関東弁護士会連合会の意見書においても指摘されている事項である。
    2. 個別の問題点の指摘
      • ①金商法・商品預託取引に関する連鎖販売取引につき,連鎖販売取引の規制対象事業となることの明確化について
        法33条1項における連鎖販売取引の定義によれば,出資契約に基づき金銭の配当を受ける権利等は,事業者から連鎖販売取引の対象外であると主張されるおそれがある。
        近時,多数の被害を発生させている金融商品販売取引や商品預託取引に関する連鎖販売取引に,特商法の連鎖販売取引規制が一切及ばないことになることは不都合である。金融商品取引法等の業規制では,連鎖販売取引の特性に着目した規制ではない点で不十分な規制といえる。
        したがって,金融商品販売取引や商品預託取引に関する連鎖販売取引についても連鎖販売取引の規制対象事業となることを明確にするため,現行法の連鎖販売取引規制の対象となる事業の定義として「その他全ての有償取引」と加える等の変更をすべきである。
      • ②借入金,クレジットを利用する連鎖販売取引の勧誘規制について
        連鎖販売取引は,特定利益を得られることにより誘引されるとの特性から,借金をすることへの抵抗感が低くなりやすい取引である。勧誘者が特定利益を強調することで,被勧誘者は返済能力を超えた債務でも,特定利益により返済可能であると誤信しやすい。
        現に,勧誘者が非勧誘者に対して,消費者金融等からの借入れの方法等を指示し,借り入れた金員を特定負担の対価として支払わせる事例が報告されている。
        したがって,規則第31条の禁止行為規定を改正し,連鎖販売取引の勧誘時に,特定負担の支払いのために借入金,クレジットを利用させるよう教示ないし勧誘する行為を禁止行為規定に追加すべきである。
      • ③連鎖販売事業者に対する入会者数や特定利益額などの開示義務について
        加入者は,特定利益を得ることを目的として,連鎖販売事業者と取引を行うものであるから,特定利益への期待は,十分な情報に基づいて形成されなくてはならない。特定利益への期待を煽るため,少数のトップレベルの者の高い報酬や,特異な成功例を強調して勧誘がなされる傾向があるが,そのような勧誘をされた者は,自らが加入した場合に得るであろう収入額として可能性の高いもの,すなわち,組織内での大多数の者が所属する階層での収入等について正確な情報を得ることができず,勧誘時の説明により形成された期待と,加入後に実際に得られた報酬とが一致しないことを理由に勧誘者等との間で紛争となる加入者も存在する。
        したがって,規則28条ないし30条を改正し,連鎖販売事業者に対し,入会者数や特定利益額といった情報をより実効的に開示することを義務づけるべきである。
      • ④クーリング・オフ,契約の申込み又は承諾の意思表示の取消の場合における統括者の責任について
        現行法においては,連鎖販売契約が中途解約された場合に,統括者は,連帯して,解除によって生ずる当該商品の販売を行った者の債務の弁済の責めを負うとされているが(法40条の2第5項),それ以外の理由による解除又は取消し場合には統括者の連帯責任を定めた規定が設けられていない。
        商品の販売を行う者の無資力等による回収リスクは,中途解約の場合に限定されず,クーリング・オフや契約の取消しの場合においても同様の問題が生ずるものであり,これを区別する合理性は無い。
        したがって,クーリング・オフや契約の取消しの場合についても,中途解約と同様に,統括者に連帯責任を負わせる旨の規定を新設すべきである。
      • ⑤善意の契約当事者に対する不実告知等に基づく意思表示の取消制限の廃止について
        法第40条の3第1項但書が,契約当事者となる連鎖販売業を行う者が勧誘行為を担当する者の不実告知等の行為について善意かつ無過失の場合に取消権の制限を設けている点につき不当であり,同法第38条第1項本文,同法第39条や消費者契約法第5条第1項とも矛盾することから,削除すべきである。
      • ⑥いわゆるピラミッド型の連鎖販売組織に対する規制について
        「物品等の販売が形骸化している場合」や「物品等の価値が著しく低い場合」には,ピラミッド型連鎖販売組織は何ら無限連鎖講と変わりがないことは明らかであり,このような場合にも無限連鎖講防止法の適用に曖昧さが残るのであれば,ピラミッド型連鎖販売組織の規制としては不十分と言わざるを得ない。
        物品の販売や有償の役務の提供がある場合でも,無限連鎖講防止法が適用されるように改正を行い,いわゆるピラミッド型連鎖販売組織の規制を強化すべきである。
      • ⑦特定利益の額の制限の設定について
        連鎖販売取引の被害には,過大な特定利益に誘引されて,価格に見合わない商品やサービスを購入してしまうという特徴がある。また,勧誘する者が友人等であるため,特定利益が得られる可能性について無条件に信用してしまうという特徴もある。
        このような被害の特徴は,「過大な」特定利益が,その大きな原因の一つであるから,特定利益について,何らかの直接的な規制を行う必要性が大きい。
        したがって,現状規制されていない小売総額に占める特定利益の額を一定の水準以下に制限する規定を設けるべきである。
      • ⑧勧誘目的を隠匿して公衆の出入りする場所に誘引する行為の禁止について
        法34条4項においては,勧誘目的を隠匿して公衆の出入りする場所以外の場所における勧誘が規制されている。しかし,昨今,勧誘者が友人関係を利用し,勧誘目的を隠匿した上で被勧誘者を喫茶店等の公衆の出入りする場所に誘引して勧誘を行い,不本意な内容の契約を締結させるという被害事案が増加している。公衆の出入りする場所であっても心の準備が整わない状況で不本意に契約を結んでしまうといった危険性については,公衆の出入りしない場所と大きく異なるところはない。
        したがって,法34条4項を改正し,勧誘目的を隠匿して公衆の出入りする場所に誘引する行為についても禁止すべきである。
      • ⑨中途解約の期間制限の撤廃について
        現行法においては,事業者が,当該連鎖販売契約を締結した日から1年を経過していない加入者に対し,既に連鎖販売業にかかる商品の販売を行っているときは,加入者は,当該商品の引渡しを受けた日から起算して90日を経過していなければ,当該商品の商品販売契約を解除することができる旨定められているが(法40条の2第2項),中途解約権の行使期間を上述のとおりに限定する合理性はない。
        したがって,当該連鎖販売契約を締結した日から1年に限定する規定及び当該商品の引渡しを受けた日から起算して90日以内に限定する規定を撤廃し,商品販売契約解除の要件を緩和すべきである。
      • ⑩クーリング・オフの効果として,使用利益の返還,提供済み役務の対価の請求禁止の明確化について
        現行法においては,クーリング・オフの権利を行使した場合に,引き渡された商品・権利の使用利益や提供済みの役務の対価の返還請求を否定する規定がないため,最終的にクーリング・オフ権の行使自体を躊躇する結果となってしまい,円滑な紛争解決が困難となっている。
        したがって,クーリング・オフの効果として,明確に使用利益の返還,提供済み役務の対価の請求を拒むことができるように特商法を改正すべきである。

以上

戻る