2015.08.18

8月7日に衆議院本会議で可決された「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」に反対する会長声明

  1. 本年8月7日、「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」(以下「本改正案」という。)が、衆議院本会議で賛成多数で可決された。今後、8月後半から参議院で審議され、今国会中に成立する見通しとされる。
    本改正案は、下記2の経緯で設置された「新時代の刑事司法制度特別部会」(以下「特別部会」という。)で3年余りにわたる審議を経て答申した法改正要綱を具体化したものである。その内容は、①裁判員裁判対象事件及び検察独自捜査事件における取調べの録音・録画を義務付ける制度の導入、②捜査・公判協力型協議・合意制度及び刑事免責制度(以下「司法取引制度」という。)の導入、③被疑者国選弁護制度の拡充、④証拠開示制度の拡充、⑤犯罪被害者等及び証人を保護するための方策の拡充、⑥通信傍受の対象犯罪の拡大等などとされ、極めて多岐にわたる。
    当会を含む各地の弁護士会などから、特別部会の審議中に出された基本構想、事務当局試案、法改正要綱、そして本改正案に対し、反対の意見が表明され、取調べの全面可視化等あるべき抜本的な見直しが求められた。
    しかしながら、最終的には、②司法取引制度の導入にあたり、捜査機関と被疑者又は被告人が協議する過程に弁護人が常時関与することとすること、⑥通信傍受について、事後に傍受記録の聴取等の許可、不服申立ての教示を追加すること、などの修正が加えられたが、当会を含む各地の弁護士会などが求めた根本的な見直しはなされないまま、衆議院で可決されるに至った。
  2. 特別部会は、厚生労働省局長事件など、数々の冤罪・誤判事件や捜査機関による自白強要・証拠改ざんなどの不祥事が発生し、捜査の在り方に対する抜本的な見直しの必要性が社会的要請となった事態を受け、密室での取調べ中心の実務を抜本的に改める方策の提言が期待されていた。
    しかし、特別部会の答申、それを具体化した本改正案の内容は、極めて不十分な取調べの可視化、新たな冤罪・誤判の危険を生み出す制度の導入など、上記特別部会設置の趣旨を無視したものと言わざるを得ない。
    まず、①取調べの録音・録画制度について、本改正案の対象事件は全刑事事件のわずか3パーセントにとどまり、かつ、広範な例外規定を設け、しかも、例外に該当するかどうかの判断を捜査官に委ねている。
    ④証拠開示制度の拡充についても、公判前整理手続に付された事件について、検察官に対し証拠の一覧表を弁護人に交付することを義務付ける制度の導入を認めるものの、検察官による恣意的な例外判断の余地を広範に認めている。
    他方で、②司法取引制度について、本改正案は、一定の犯罪について、検察官が必要と認めるとき、被疑者・被告人との間で、被疑者・被告人が他人の犯罪事実を明らかにするため真実の供述その他の行為をした場合には検察官が被疑事件・被告事件について不起訴処分、特定の求刑その他の行為をする旨を合意できるとする。
    この司法取引制度は、自らの刑責を軽くしたいがために無関係な第三者を巻き込むことにより、冤罪を生み出す危険があるし、被疑者・被告人に対し利益誘導的に捜査・公判への協力を持ち掛けることにより、かえって供述に依存した捜査を助長し、また、冤罪の温床となる危険もある。
    さらに、本改正案は、通信傍受の対象事件を殺人、詐欺、窃盗など一般犯罪にまで大幅に拡大し、同時に、これまで通信傍受法が抑制的に運用される歯止めとなっていた通信事業者の常時立会いを不要とする新たな傍受方法の導入を認める。
    そもそも、通信傍受の対象事件の拡大や傍受手続の効率化などは、捜査機関の暴走を抑制する抜本的な改善策を検討し提言を行うという特別部会設置の趣旨に逆行する事態を招きかねない。歯止めが利かなくなった捜査機関の暴走により国民の通信の秘密やプライバシーが侵害される新たな人権侵犯を生み出しかねない。
  3. 当会は、2014(平成26)年3月12日付にて「『新時代の刑事司法制度特別部会取りまとめに向けての意見』に関する会長声明」、同年4月15日付にて「袴田事件の再審開始決定を受け、改めて取調べの全面可視化実現を求める会長声明」同年8月19日付にて「『新たな刑事司法制度の構築についての調査審議の結果【案】』に対する意見書」をそれぞれ発表し、同年5月22日には、「あるべき『新時代の刑事司法制度』の確立を求める総会決議」2015(平成27)年5月28日「本年の通常国会に提出された『刑事訴訟法等の一部を改正する法律案』に反対する総会決議」を採択するなど、繰り返し、取調べの全面的可視化と全面的証拠開示制度を基軸とするあるべき「新時代の刑事司法制度」確立を訴えてきた。また、当会を含む18の弁護士会会長が、同年3月13日に通信傍受法の改正法案に反対する共同声明を発表した。
    衆議院本会議で可決された本改正案は、全体として、憲法及び刑事訴訟法上の適正手続保障の趣旨を徹底し、冤罪の根絶を図るために、取調べの全面可視化を中心に、捜査機関の暴走を抑制する抜本的な改善策を検討して提言を行うという特別部会設置の趣旨とはかけ離れ、むしろ、捜査機関の権限の拡大・強化を志向するものであると言わざるを得ない。
    そこで、当会は、衆議院本会議で可決された本改正案は、修正可能な範囲を超えており、廃案とした上で、今一度、特別部会設置の経緯に立ち戻り、憲法及び刑事訴訟法の適正手続保障の趣旨を徹底し、冤罪を防止することを目的としたあるべき「新時代の刑事司法制度」が法制化されることを求める。

以上

2015(平成27)年8月18日
埼玉弁護士会会長  石河 秀夫

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