2015.05.28

本年の通常国会に提出された「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」に反対する総会決議

第1 決議の趣旨

当会は、本年の通常国会に提出された「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」について、被疑者・被告人の権利擁護の見地から多々問題を含む内容であることに鑑み、断固反対する。
今後の法制化に当たっては、ことに、

  1. 例外なき全面的な取調べの録音・録画制度を実現すること
  2. 捜査・公判協力型協議・合意制度及び刑事免責制度を導入しないこと
  3. 対象事件を限定しない全面的証拠開示制度を実現すること
  4. 通信傍受の対象事件の拡大・手続の簡易化を行わないこと

を強く求めるものである。

第2 決議の理由

  1. 「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」の提出の経緯及び内容
    法務省は、2015(平成27)年3月13日に、「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」(以下「本改正案」という。)を本年の通常国会に提出した。
    本改正案は、下記2の経緯で設置された「新時代の刑事司法制度特別部会」(以下「特別部会」という。)が3年余りにわたる審議を経て、2014(平成26)年9月18日に法務大臣に答申した法改正要綱を具体化させたものである。
    本改正案の内容は、①裁判員裁判対象事件及び検察独自捜査事件における取調べの録音・録画を義務付ける制度の導入(法律案要綱第一の一)、②捜査・公判協力型協議・合意制度及び刑事免責制度(法律案要綱第一の二及び三。以下「司法取引制度」という。)の導入、③被疑者国選弁護制度の拡充(法律案要綱第一の五の1)、④証拠開示制度の拡充(法律案要綱第一の六)、⑤犯罪被害者等及び証人を保護するための方策の拡充(法律案要綱第一の七)、⑥通信傍受の対象犯罪の拡大等(法律案要綱第五)などとされ、極めて多岐にわたる。答申において、特別部会は、これらが一つの総体としての制度を形成することによって、時代に即した新たな刑事司法制度が構築されていくと主張する。
  2. 特別部会設置の趣旨に鑑みた本改正案の問題点
    特別部会は、厚生労働省局長事件など、数々の冤罪・誤判事件や捜査機関による自白強要・証拠改ざんなどの不祥事が発生し、捜査の在り方に対する抜本的な見直しの必要性が社会的要請となった事態を受け、法務省に設置された「検察の在り方検討会議」を前身とする。同検討会議が、2011(平成23)年3月31日、発表した「検察の再生に向けて」と題する提言の中で、「取調べ及び供述調書に過度に依存した捜査・公判の在り方を抜本的に見直し、制度としての取調べの可視化を含む新たな刑事司法制度を構築するため・・・検討を開始するべきである」と結論づけた。
    これを受けて法務大臣が、同年5月18日、法制審議会に対して「取調べ及び供述調書に過度に依存した捜査・公判の在り方の見直しや、被疑者の取調べ状況を録音・録画の方法により記録する制度の導入など、刑事の実体法及び手続法の整備の在り方について御意見を承りたい」とする諮問第92号を発し、同諮問について調査・審議するために特別部会が設置された。
    特別部会設置の経緯に鑑みると、憲法及び刑事訴訟法上の適正手続保障の趣旨を徹底し、冤罪の根絶を図るために、取調べの全面可視化を中心に、捜査機関の暴走を抑制する抜本的な改善策を検討して提言を行う役割を特別部会に求めたと言うべきである。
    しかし、その答申の内容は、極めて不十分な取調べの可視化、新たな冤罪・誤判の危険を生み出す制度の導入など、冤罪の根絶を図るために取調べの全面可視化を中心とした捜査機関の暴走を抑制する抜本的な改善策を検討・提言するという上記特別部会設置の趣旨を無視したものと言わざるを得ない。
    その答申を具体化した本改正案も同様である。
    以下、本改正案の個別の制度の問題点を挙げ、当会の意見を述べる。
  3. ①取調べの録音・録画制度について(法律案要綱第一の一。同1頁乃至3頁)
    1. 本改正案は、取調べの録音・録画の対象事件の範囲を裁判員制度対象事件及び検察官独自捜査事件に限定し、さらに、機器の故障、被疑者自身が拒絶した場合、暴力団構成員による犯罪など、広範な例外規定を設け、しかも、例外に該当するかどうかの判断を捜査官に委ねる内容となっている(同第一の一の2参照)。
      しかし、本改正案によれば、取調べの録音・録画の対象は全刑事事件のわずか3パーセントにとどまり、4名もの誤認逮捕被害者を出したPC遠隔操作事件や痴漢冤罪被害事件など大部分の事件が録音・録画の対象外となってしまい、冤罪の根絶を図るための取調べの全面可視化という前記特別部会設置の趣旨からはおよそかけ離れた内容である。
      また、身柄拘束を免れたい一心から虚偽の自白を強いられてしまう典型的な冤罪事例を想起すれば、録音・録画の対象は、身柄拘束の有無を問わず任意の取調べも含むべきであり、参考人としての取調べも含むべきである。しかしながら、本改正案では、録音・録画の対象を逮捕・勾留中の被疑者に対する取調べに限定していることも問題である。
      さらに、取調べの録音・録画の対象事件であっても、広範な例外を容認していることも極めて問題である。本改正案が列挙する例外事由は、いずれも取調べの録音・録画を制限する根拠にはなりえない。
      機器が故障したとしてもすぐに代用の機器を用意することができるはずであるし、対処できない間は取調べを延期すれば足りる。被疑者が拒絶する場合であっても、そのように捜査官が利益誘導などをする恐れがあり、その例外が悪用されかねない。仮に弊害があるならば、再生・開示を制限することによって対処することが十分可能である。
      被疑者の取調べについて、その全過程を録音・録画しなければ、可視化による捜査機関の暴走の抑制は図りえない。録音・録画の範囲を捜査官に委ねるような例外の許容は、捜査官が利益誘導などした上で虚偽供述をさせ、その供述部分のみ録音・録画するなどして、冤罪を助長させる危険すらある。安易な例外の許容はむしろ新たな虚偽自白の作出と冤罪・誤判の危険を生み出すものであるから、取調べの録音・録画の例外を認めるべきではない。
    2. 次に、録音・録画がされる対象事件であっても、実効性を担保するために、録音・録画されなかった場合にその供述調書の証拠能力が否定されることが必要である。
      本改正案は、「検察官は、・・・対象事件について被疑者調書として作成された被告人の供述調書の任意性が争われたときは、当該供述調書が作成された取調べの状況を録音・録画した記録媒体の証拠調べを請求しなければならない」(法律案要綱第一の一の1(一))とする。
      しかしながら、証拠調べ請求が義務付けられる記録媒体が当該供述調書が作成された取調べの状況の録音・録画した記録媒体に限られるとすると、違法捜査の抑止は不可能である。すなわち、当該供述調書が作成された取調べの直前に違法な取調べが行われ、その影響下において行われた取調べにおいて虚偽の自白調書が作成されたような場合、違法性が問題となる直前の取調べ状況を録音・録画した記録媒体の証拠調べ請求が義務付けられないため、検証ができないからである。
      また、特別部会の議論の中では裁判官の職権による採用は排除されていないとされるが、職権採用の余地を残すべきではない。
    3. 取調べの全過程の録音・録画制度は欧米の多くの国と地域で行われ、アジア諸国でも進められている。そして、これまで、国際人権(自由権)規約委員会や国連拷問禁止委員会などが、日本政府に対し、繰り返し勧告してきた。
      最近では、2013(平成25)年5月29日に国連拷問禁止委員会が採択した総括所見において、2007(平成19)年の勧告を繰り返し、①自白に依拠する実務を終わらせるために犯罪捜査手法を改善すること、②取調べの全過程の電子的記録と言った保護措置を実施し、その記録が法廷で利用可能とされることを確実にすること等の措置をとるべきであるとされる。また、2014(平成26)年7月24日に発表された国際人権(自由権)規約委員会による市民的及び政治的権利に関する国際規約の実施状況に関する第6回日本政府報告書に対する総括所見の中でも、同委員会は日本政府に対して、①弁護側によるすべての検察側資料への全面的なアクセスを保障すること、②すべての被疑者が逮捕時から弁護人の援助を受ける権利を保障され、弁護人が取調べに立ち会うこと、③取調べ時間の制限と取調べ全体にわたるビデオ録画の実施等を勧告したうえ、本改正案とほぼ同内容の答申案においてビデオ録画の範囲が限定されていることに関し、遺憾の意を表明している。
    4. そこで、当会は、特別部会設置の趣旨等から、例外なき全面的な取調べの録音・録画制度を実現すること、その実効性を担保するために録音・録画されなかった場合にその供述調書の証拠能力が否定されることを強く求めるものである。
  4. ②司法取引制度について(法律案要綱第一の二及び三。同3頁乃至12頁)
    本改正案は、一定の犯罪について、司法取引制度の導入を認める。その内容は、検察官が必要と認めるときは、被疑者・被告人との間で、被疑者・被告人が他人の犯罪事実を明らかにするため真実の供述その他の行為をした場合には検察官が被疑事件・被告事件について不起訴処分、特定の求刑その他の行為をする旨を合意することができるというものである(同第一の二の1(一)参照)。
    しかし、逮捕勾留された者が自らの刑事訴追を逃れたい、自らの刑を軽くしたいと考え、捜査機関から「恩恵」をちらつかせられることにより虚偽の供述をし冤罪を生み出す危険性が高いことは古くから指摘されてきた(いわゆる「引き込みの危険」)。司法取引制度は、自らの刑責を軽くしたいがために無関係な第三者を巻き込むことにより、冤罪を生み出す危険があるし、被疑者・被告人に対し利益誘導的に捜査・公判への協力を持ち掛けることにより、冤罪の温床となる危険もある。
    弁護人の同意が要件とされているものの、「被疑者又は被告人及び弁護人に異議がないときは、合意をするために必要な協議の一部を被疑者若しくは被告人のみとの間で行うことができる」とする。手続きの適正を担保するための弁護人の関与に前記のとおり制限を認めることで、冤罪の危険を助長する。
    具体的な制度を見ても、協議に入る段階において、捜査資料が手元にない被疑者・被告人、そして弁護人は困難な決断に迫られるおそれがある。協議に入った後合意に至らない場合の供述については証拠とできないとされるものの、事実上相当の情報を捜査機関側に与えてしまうことになりかねない。
    このような司法取引制度は、捜査機関の暴走を抑制する抜本的な改善策を検討し提言を行うという特別部会設置の趣旨との関係が認められないばかりか、かえって供述に依存した捜査を助長し、特別部会設置の趣旨に逆行する事態を招きかねないものであるから、当会は、かかる制度の導入には断固反対する。
  5. ④証拠開示制度の拡充について(法律案要綱第一の六。同13頁乃至15頁)
    本改正案は、公判前整理手続に付された事件について、検察官に対し証拠の一覧表を弁護人に交付することを義務付ける制度の導入を認める(同第一の六の1参照)。他方、検察官が「犯罪の証明又は犯罪の捜査に支障が生ずるおそれ」があると認めるときには当該事項を一覧表に記載しなくてもよいなどとし、検察官による恣意的な例外判断の余地を広範に認めている(同1の(二)(2)参照)。
    本来、捜査機関が公費によって収集した証拠の開示を受けることは被告人の当然の権利である。それにもかかわらず、本改正案は、このような被告人の防御権,証拠の公共財としての性格を無視するものである。
    多くの再審無罪事件において捜査機関による意図的な証拠隠しが明らかになったにもかかわらず、検察官による広範な裁量を認めることは、証拠隠しによる冤罪・誤判被害の発生を今後も容認することになりかねない。
    報道によれば、先般再審開始決定が出された袴田事件に関し、検察側がこれまで「ない」と主張してきた衣類5点の発見直後の写真のネガについて、存在することが明らかとなり、今後弁護側に開示されるという。袴田氏は、検察側の証拠隠しの結果、死刑判決を受け、長年にわたり生命の危険にさらされてきたものである。このような悲劇を繰り返してはならない。
    また、本改正案では、一覧表の記載事項について、検察官による例外判断の余地を広範に認めているが、それでは有罪立証にとって都合が悪い証拠は一覧表に記載しなくてもよいと検察官が恣意的に判断し、排除される危険がある。
    以上のことは、公判前整理手続に付された事件とそうでない事件との間で異なるものではない。
    そもそも、開示の対象事件を公判前整理手続に付された事件に限定していることは、適正手続の保障・公平な裁判を受ける権利はすべての被告人に保障される権利であることを無視しており、到底、容認できない。
    そこで、当会は、捜査機関の暴走を抑制する抜本的な改善策を検討し提言を行うという特別部会設置の趣旨をも無視する本改正案に反対し、対象事件を限定しない全面的な証拠開示制度の実現を強く求めるものである。
  6. ⑥通信傍受の対象犯罪の拡大等について(法律案要綱第五。同24頁乃至36頁)
    本改正案は、通信傍受の対象事件を「数人の共謀によるものである」と疑われ、かつ、「あらかじめ定められた役割の分担に従って行動する人の結合体により行われた」と疑われる殺人、詐欺、窃盗など一般犯罪にまで大幅に拡大し(同第五の一参照)、同時に、これまで市民のプライバシーを侵害する危険のある通信傍受法が抑制的に運用される歯止めとなっていた通信事業者の常時立会いを不要とする新たな傍受方法の導入を認める(同二参照)。
    しかし、犯罪捜査のための通信傍受に関する法律の制定の際、国民の通信の秘密やプライバシーが不当に侵害されるのではないかとの懸念が示され、違憲論が有力に主張されたことを忘れてはならない。
    さらに、本改正案では、通信傍受の拡大を認める要件として掲げる内容は極めて広範であり、これではおよそ共犯事件と疑われる限りすべて通信傍受の対象となりかねない。
    また、本改正案では、傍受対象通信を通信事業者等の施設において暗号化した上で送信し、これを捜査機関の施設において自動記録等の機能を有する専用装置で受信して復号化することにより傍受を実施する場合、通信事業者の立会い等を不要とするが、無関係通信の傍受など通信傍受の濫用的な実施の防止策が確保されていない。傍受手続の適正を担保するための措置である通信事業者の立会い等を不要とするならば、歯止めが利かなくなった捜査機関の暴走により国民の通信の秘密やプライバシーが侵害される新たな人権侵犯を生み出しかねない。
    そもそも、通信傍受の対象事件の拡大や傍受手続の効率化などは、捜査機関の暴走を抑制する抜本的な改善策を検討し提言を行うという特別部会設置の趣旨との直接的な関係は認められず、むしろ、その趣旨に逆行する事態を招きかねない。
    このような違憲性の疑いが強い通信傍受制度の対象事件を大幅に拡大し、通信事業者の立合いなどを不要とすることは断固として反対する。
    この点、当会を含む18の弁護士会会長が2015(平成27)年3月13日に共同声明を発表し、通信傍受法の改正法案に反対するとともに国会における慎重な審議を求めたところである。
  7. 結語
    前記特別部会の答申がなされるまでの議論状況は、全体として、憲法及び刑事訴訟法上の適正手続保障の趣旨を徹底し、冤罪の根絶を図るために、取調べの全面可視化を中心に、捜査機関の暴走を抑制する抜本的な改善策を検討して提言を行うという特別部会設置の趣旨とはかけ離れ、むしろ、捜査機関の権限の拡大・強化を志向するものであったと言わざるを得ない。
    これに対し、当会は、2014(平成26)年3月12日付にて「『新時代の刑事司法制度特別部会取りまとめに向けての意見』に関する会長声明」、同年4月15日付にて「袴田事件の再審開始決定を受け、改めて取調べの全面可視化実現を求める会長声明」同年8月19日付にて「『新たな刑事司法制度の構築についての調査審議の結果【案】』に対する意見書」をそれぞれ発表し、同年5月22日には、「あるべき『新時代の刑事司法制度』の確立を求める総会決議」を採択するなど、繰り返し、取調べの全面的可視化と全面的証拠開示制度を基軸とするあるべき「新時代の刑事司法制度」確立を訴えてきた。
    しかしながら、特別部会の答申、そしてそれを具体化した本改正案は、当会の上記訴えに反し、捜査機関の権限の拡大・強化を志向する制度の実現を図ろうとする内容であり、極めて遺憾と言わざるを得ない。
    今一度、特別部会設置の経緯に立ち戻り、憲法及び刑事訴訟法の適正手続保障の趣旨を徹底し、冤罪を防止することを目的としたあるべき「新時代の刑事司法制度」を法制化すべく、本改正案に強く反対し、意見の趣旨のとおり今後の法制化がなされることを求める次第である。

以上

2015(平成27)年5月28日
埼玉弁護士会

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