2015.05.28

集団的自衛権行使を容認する違憲な閣議決定の撤回を求め,安全保障法制の制定に反対する総会決議

決議の趣旨

  1. 当会は,2014年7月1日付けの集団的自衛権行使を容認する違憲な閣議決定の撤回を求めるともに,同閣議決定に基づく安全保障に関する新たな諸法制の制定に断固として反対する。
  2. 当会は,立憲主義と日本国憲法の基本原理である非軍事恒久平和主義及び基本的人権尊重主義を確保するための活動を市民とともに全力を挙げて取り組むことを宣言する。

決議の理由

第1 日本国憲法と立憲主義及び平和主義

  1. 日本国憲法の立憲主義 日本国憲法は,すべての個人が「個人として尊重される」(第13条前段)ことを核心的原理(「個人の尊厳」原理)とし,そのために基本的人権を侵すことのできない永久の権利とする(第11条,第97条)。それとともに,この基本的人権の保障を図るため権力を分立させ(第41条,第65条,第76条),最高法規たる憲法に反する一切の法律や行政行為等を無効とする(第98条,第81条)。さらには,内閣総理大臣その他の国務大臣をはじめ権力担当者たる公務員に憲法尊重擁護義務を課した(第99条)。
    日本国憲法は,個人の権利・自由を確保するための権力制限を本質とする立憲主義の憲法なのである。
  2. 日本国憲法の平和主義
    このような日本国憲法は,その前文で全世界の国民が平和のうちに生存する権利を有することを確認し,第9条では「国権の発動たる戦争と,武力による威嚇又は武力の行使は,国際紛争を解決する手段としては,永久にこれを放棄する」(第1項),「陸海空軍その他の戦力は,これを保持しない。国の交戦権は,これを認めない」(第2項)と規定した。
    この点,国際法に目を転じると,国際連合憲章は,その第2条第3項で「国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決しなければならない」とし,また同条第4項では「武力による威嚇又は武力の行使を,いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも,また,国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」として,国際紛争解決のための武力の行使を禁止している。
    日本国憲法は,これに留まらず,大日本帝国がアジア・太平洋戦争においてアジア諸国民等2000万人以上,日本国民310万人以上を死に追いやった惨劇を繰り返さないという痛切な反省のもと,あらゆる戦力の不保持と交戦権の否認までを定めて,徹底した平和主義を基本原理としたのである(非軍事恒久平和主義)。

第2 閣議決定による憲法解釈の変更等及び平和主義と立憲主義の危機

  1. 憲法解釈を変更する内容の閣議決定及びこれに関連する動き
    ところが,政府は,昨年7月1日に閣議決定(以下,単に「本閣議決定」という)を行い,歴代政権により長年に亘って繰り返し確認されてきた憲法9条に関する従来の政府解釈を変更して集団的自衛権の行使を容認し,さらには,自衛隊の海外派遣や武器使用権限を拡大する方針を打ち出した。そして,本閣議決定を受け,「新たな日米防衛協力のための指針」(新ガイドライン)が国内法制に先行して合意され,現在は安全保障法制全体を改変する諸法案が国会に提出され審議されている。
    しかしながら,これらは,以下に見るとおり,立憲主義や日本国憲法の非軍事恒久平和主義に違背するものである。
  2. 本閣議決定について
    憲法第9条のもとでの自衛権に関する従来の政府見解は,自衛のための実力の行使は認められるとしつつも,その発動には「我が国に対する急迫不正の侵害があること」,つまり我が国に対する武力攻撃の発生を大前提としてきた(1969年3月10日参議院予算委員会高辻内閣法制局長官答弁等)。そのため歴代内閣は,我が国以外の他国への武力攻撃が発生した場合には憲法上実力の行使は認められないとして集団的自衛権は行使できないとしてきた(1981年5月29日 稲葉誠一衆院議員の質問主意書に対する答弁書等)。このような見解により,政府は,従前の安全保障に関する諸法制が日本国憲法に適合しているとの解釈を続けてきた。
    しかるに本閣議決定は,「我が国を取り巻く安全保障環境が根本的に変容し,変化し続けている」ことを主たる理由に,この長年積み重ねられてきた政府見解を変更して,我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず,「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し,これにより我が国の存立が脅かされ,国民の生命,自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」にも実力を行使し得るとした。そればかりか,本閣議決定は,「自衛のための措置」であれば国連安全保障理事会による軍事的強制措置への自衛隊の参加さえも可能とするものである。
    しかし,このように長年維持されてきた集団的自衛権等に関する従前の政府見解を根本的に変更するということは,実質的な解釈改憲に等しいもので憲法第96条の趣旨に反する。
    のみならず,そもそも内閣の権限を定める憲法第73条には,非軍事恒久平和主義のもと当然ながら「軍事」に関する規定は全くない。個別的自衛権の行使は警察行政の延長として辛うじて「一般行政事務」の一環として理解することができたとしても,集団的自衛権という他国領域内での武力行使や安保理の軍事的措置への参加についてまで一般行政事務や外交に含めることなど到底できない。本閣議決定は,この憲法第73条に明らかに違背する。
  3. 「新たな日米防衛協力のための指針」(新ガイドライン)の改定ついて
    このような本閣議決定を受け,2015年4月27日,日米両政府は,「新たな日米防衛協力のための指針」(新ガイドライン)の改定に合意した。新ガイドラインでは,まず「平時から緊急事態までのいかなる状況においても日本の平和及び安全を確保する」ことが目的とされた。そのうえで,協力内容について,従来の「平素から行う協力」,「日本に対する武力攻撃に際しての対処行動等」及び「日本周辺における事態で日本の平和と安全に重要な影響を与える場合(周辺事態)の協力」という区切りを無くし,「日本の平和及び安全の切れ目のない確保」という項目の下へと統合された。そこでは,「B.日本の平和及び安全に対して発生する脅威への対処」として「同盟は,日本の平和及び安全に重要な影響を与える事態に対処する。当該事態については地理的に定めることはできない」とされ,さらに,「D.日本以外の国に対する武力攻撃への対処行動」には,本閣議決定と同様の他国への武力攻撃発生時における自衛隊の新たな武力行使要件が記載されている。
    しかし,従来の政府の防衛に関する基本政策はいわゆる「専守防衛」であったところ(2014年度版防衛白書参照),新ガイドラインは,先の集団的自衛権に対する解釈の変更と同様,歴代の内閣が採ってきたこの基本姿勢を大転換し,日本国の防衛戦略の根本を180度変更するものであり到底認められるものではない。
    ましてや,国内法の整備もない段階で,先に日米両政府が新ガイドラインについて合意し,かかる既成事実を積み重ねることにより,その流れに沿って国内の安全保障法制に関する諸法案を制定することなどあってはならないことである。
    そもそも,上述の通り,少なくとも本閣議決定の集団的自衛権行使容認部分や同決定に含意する安保理の軍事的措置への参加は違憲無効といわねばならず,そのような本閣議決定を受けた新ガイドライン自体も憲法に適合しないといわねばならない。
  4. 本閣議決定に伴う諸法案について
    しかるに政府は,本年5月14日に安全保障法制に関する諸法案を閣議決定し,翌5月15日これら諸法案を衆議院に提出した。
    そのうち「周辺事態法」の改正についてみると,同法は,朝鮮半島や台湾での有事を想定し,日本周辺での日本の平和と安全に重大な影響を与える事態を「周辺事態」と規定して,周辺事態に対処する米軍への自衛隊による後方支援を認めるものであった。この「周辺事態」は事実上の地理的制約と理解されており,制定当時の小渕恵三首相も「中東やインド洋で起こることは想定されていない」と国会で答弁していた。しかしながら,今般審議されている「重要影響事態安全確保法」は,この事実上の地理的制約である「周辺事態」を削除し,自衛隊の地理的な活動領域を無制限に拡大しようとする。のみならず同法案は,米軍だけでなく他国軍を支援できるとするものである。
    また,日本領域外で活動する他国軍の支援のため自衛隊を派遣することに関しても,これまでは,その都度,時限立法での対応が採られてきた。併せて,派遣された自衛隊の活動範囲は「非戦闘地域」に限定されていた。しかしながら,今般審議されている「国際平和支援法」は,国際社会の平和及び安全を確保するためとして,自衛隊の他国軍に対する弾薬提供や空中給油などを可能とする恒久法として制定し,活動範囲も「現に戦闘行為を行っている現場」以外に広げようとしている。
    さらに,自衛隊法等の改正により,武力攻撃と直ちに認定できない領土,領海に対する外国勢力からの侵害で,警察や海上保安庁では対応できない「グレーゾーン事態」への対処として,自衛隊の活動・権限を他国軍の武器等の防護や在外邦人の救出等まで広げようとしている。併せて,国際的な平和協力活動における他国軍隊や文民を助ける「駆け付け警護」その他の任務遂行のための武器使用を認めようとしている。
    本閣議決定を受けた以上の諸法案は,まさに自衛隊の海外における武力の行使を認めるものにほかならず,憲法第9条に明確かつ直接に抵触するといわざるを得ない。
  5. 日本国憲法の基本原則との関係について
    政府は,本閣議決定後1年近くもの間,日米ガイドラインの改定作業や与党協議に終始し,その間,最も重大な安全保障法制に関する諸法案に関する情報を殆ど開示してこなかった。その結果,私たち市民・国民は,今通常国会に,安全保障法制に関する諸法案が上程されて初めてその具体的内容を知るという由々しき事態におかれた。
    しかも,この間,多くの反対意見があったにもかかわらず強引に制定された特定秘密保護法の施行により,市民・国民は,防衛関連等の政府情報に接することを大幅に制約され,国政のあり方に関する判断材料の入手困難な状況へと追い込まれている。
    しかし,そもそも国政のあり方を最終的に決定するのは国民である(国民主権)。そして,日本国憲法の立憲主義のもとで政府は,この国民主権原理を実質化すべき責務を負う。このために政府は,常に,主権者たる国民の間で国政に関する充実した議論が確保されるよう必要かつ十分な国政情報を提供し,且つ,国民の多様な意見を最大限尊重しながら諸法案につき説明を尽くしてその理解を得なければならないのである。
    しかるに,現政府は,主権者である国民の理解を得る努力をすることなく,また国権の最高機関である国会における議論を踏まえることさえなく本閣議決定を行い,それに基づいて米国政府との間で新ガイドラインにつき合意するに至っており,これでは憲法改正手続を経ることなく憲法第9条の改定が事実上進められてきたに等しい。そればかりか,上述のとおり,国民・市民に情報を殆ど提供しないまま安全保障法制に関する諸法案を上程するという暴挙にさえ出ているのである。
    以上の政府の行為は,国民主権原理に全く適合しないもので,それは憲法の基本原理に基づく国政運営を求める立憲主義に違背するものである。

第3 結論

以上より,当会は,本閣議決定の撤回を求めるとともに,現在進められようとしている安全保障に関する諸法制の制定に断固として反対する。併せて,改めて,立憲主義を堅持し日本国憲法の非軍事恒久平和主義や基本的人権を守る活動に全力を挙げて取り組むことを宣言する。

以上

2015(平成27)年5月28日
埼玉弁護士会

戻る