2024.08.20

「マッチングアプリ」に関し、インターネット異性紹介事業を利用して児童を誘引する行為の規制等に関する法律の改正を求める意見書

2024(令和6)年8月7日

埼玉弁護士会
会長 大塚 信雄

 いわゆる「マッチングアプリ」を契機とした、ロマンス詐欺を始めとする消費者被害が急増している現状を踏まえ、以下のとおり意見を述べる。

第1 意見の趣旨

  1.  インターネット異性紹介事業を利用して児童を誘引する行為の規制等に関する法律(以下「法」という)について、広く同事業の「利用者」を相手方として、インターネット異性紹介事業を利用して、詐欺その他組織的犯罪を企図する者を排除し、もって同事業における犯罪被害の発生を防止することをも規制目的に加える抜本的な改正を求める。
  2.  (上記規制目的のために少なくとも、)十分な児童保護を実現するために、下記(1)及び(2)を内容とする法改正を求める。
    1.  法6条を改正(具体的には、後記の文言を同条5号として挿入し、現行の同条5号を6号に繰り下げる。)し、「対価又は利益を供与すること又は受けることを示して、児童を商品その他のサービス(但し本条1号から4号に規定するものを除く)に関する取引の相手方となるよう誘引すること」を禁止誘引行為として創設するよう求める。
    2.  法施行規則5条1項1号及び同解釈基準第11の2⑴アを改正し、本人確認については、①運転免許証等に搭載されたICチップを用いた公的個人認証を原則とし、例外的に、②フェデレーション型の本人確認サービス(携帯電話会社が携帯電話契約時に取得した公的個人認証をもとに個人情報の照合を実施)のいずれかによる確認をする措置を取ることを義務付けるよう求める。

第2 意見の理由

  1.  マッチングアプリを介した詐欺被害が急増しており広く一般の利用者を保護の対象とすべきである。
    1.  マッチングアプリを介した詐欺的商法被害が急増していること
       昨今、マッチングアプリを契機として、異性から架空の投資取引を行うよう誘導され、多額の金銭を複数の個人名義の口座や法人名義の口座に振り込ませたり、預貯金を暗号資産に交換させた上で、名義不明の指定のアドレスに暗号資産を送金させたりすることで、多額の金銭が騙し取られるという被害が急増している。具体的には、日本国内における令和5年中の詐欺被害額は、約1630億円(令和6年6月18日犯罪対策閣僚会議「国民を詐欺から守るための総合対策」参照)に上る。埼玉県内においても、令和6年(同年7月末日現在)中に消費者問題対策委員会所属の弁護士に寄せられた被害相談において、1件あたりの被害額が1000万円を超える事案が複数存在し、中には被害額が6900万円に上る事案も存在する。これはあくまでも被害相談に来た被害者の被害総額であり、実際には上記の金額を上回る被害となっている可能性が極めて高い。このようなロマンス詐欺等の被害が多発し続けている原因の1つとして、入口となるマッチングアプリ登録時に求められる本人確認が不十分であるがゆえに、詐欺を働く人物をアプリ内に侵入させることを許してしまっていることが挙げられる。特に対面による本人確認が実施される異性紹介事業では、登録者と登録者の提出する本人確認資料の名義人が一致することを業者において直接確認することができる(例えば、登録者が持参した運転免許証の顔写真と登録者の容貌を現認することができる)が、非対面による本人確認しか行うことの出来ないマッチングアプリでは、登録者と本人確認資料の名義人が同一であることを直接確認することができない。このことが、詐欺を働くことを目的として他人になりすまして異性紹介事業(マッチングアプリ)に侵入する人物を排除することができない理由の一つであると考えられる。
    2.  十分な本人確認が実施されていないことが被害回復を困難にしていること
       マッチングアプリ事業者による本人確認が厳格でないが故に生じる詐欺被害の被害回復は、当該本人確認が厳格でないがために被害回復を図ることが極めて困難である。
       上記のような詐欺被害の被害者が加害者情報として保有しているものは、マッチングアプリ上のアカウント情報に限られることがほとんどであり、仮に被害者が加害者と直接会っていたとしても、被害回復のために必要な情報(氏名及び住所並びにこれらに繋がる情報)が、加害者から被害者に伝達されている事例は皆無である。そして、アプリ上のアカウント情報についても、被害者はアカウント名程度しか把握していないことから、被害相談時の弁護士において、直ちに被害回復に繋がる有益な情報を取得することは困難である。そのため、被害者及び同代理人は、マッチングアプリ事業者に対し、加害者のアカウントに関する登録情報の開示を求め、同人の情報を獲得することが、被害回復のための第一歩である。
       それにもかかわらず、加害者が、マッチングアプリ登録時に求められる本人確認時に、虚偽の情報を申し出ること等により、被害者が事業者から取得した加害者の情報が実際の実行行為者の情報ではないことが大いに想定される。なお、そもそも弁護士法23条の2に基づく照会に応じていない事業者もあり(この場合、加害者が事業者にいかなる情報を申告していたとしても、被害者において同情報にたどり着くことは難しい)、上記のような詐欺被害の深刻性に鑑み、これらの事業者においては同照会に速やかに応じるよう求める。
       また、事業者が利用者に氏名・住所といった本人確認情報の取得を行っていないこともある。このような場合、被害者としては、加害者を特定するための氏名・住所といった情報にたどり着くことが事実上不可能となってしまい、泣き寝入りせざるをえないこととなる。
       そもそも、事業者が利用者に対する十分な本人確認を行わずとも事業を遂行することができるのは、法の目的が、「児童買春その他の犯罪から児童を保護する」点にあり、事業者において利用者に対して求めるべき本人確認は、飽くまで利用者が「児童でないこと」を確認すればそれで足りるためである。すなわち、法が求める確認方法は、保護の対象である「児童」が異性紹介事業に流入することを防止することで、もって法の目的を達成しようとしている。しかし、「児童」に対して加害行為を行う人物に対する規制(本人確認)は一切行われておらず、一度でも児童が同事業に流入した場合、法による保護の枠組みからは外れてしまうこととなる。これは、法が、飽くまで保護対象を「児童」に絞ることによって、児童以外の者をも対象とする業規制を適用していない(若しくは適用することができない)ことが原因であり、明らかに立法上の不備である(念のため付言するが、法は、「何人も...禁止誘引行為...をしてはならない」(法6条1項柱書)として、児童以外の全ての人物を名宛人として、同事業を介した児童に対する誘引行為を禁止していることから、児童が本人確認をすり抜けて同事業に流入することを当然に前提としている。)。
       このような法の枠組みでは、上記のとおり昨今急増しているマッチングアプリを介した詐欺被害の防止はおろか、児童保護すら満足に充足することができない。
    3.  小括
       このようにマッチングアプリ事業者による本人確認が行われていないことが、二重の意味で詐欺被害を惹起している。すなわち、緩やかな本人確認手続が実施されていることにより、①他者の氏名・住所その他の情報を自己情報として登録した上で、アプリ上で詐欺行為を働くことを目的とした不良な人物がアプリ内のコミュニティに流入することで、詐欺被害を生みやすい環境を組成するとともに、②被害発生後に被害者が加害者の情報を追跡する際に、交渉・訴訟提起に必要な加害者情報を得ることができず詐欺行為を助長している。そして、上記のとおり、実際にマッチングアプリ事業者による本人確認手続が不十分なことにより、詐欺被害が急増し、当該被害回復が阻害されているという立法事実が存在する。
       そのため、本意見書では、事業者において、本人確認その他の詐欺被害等を防止するための十分な手段を事業遂行の前提条件とすることを企図し、詐欺の手段として用いられるマッチングアプリを含む法の規制対象となる事業に関して、詐欺被害の防止及び被害回復のために、広く一般の利用者について同被害から保護することを法の目的とする抜本的改正を求めるものである。
       また、以下で詳述するとおり、現行法は児童保護という目的においても規制が不十分に過ぎるため迅速な法改正が必要である。
  2.  児童保護の枠組みにおいて法の規制は不十分であり意見の趣旨2記載の各規定を新設しなければならないこと
     上記のとおり、マッチングアプリを介した詐欺被害が急増しているところ、児童であっても同被害の被害者となり得る。ましてや、成人に比して、判断能力に劣る児童に関しては、詐欺被害及び同被害をきっかけとした売春その他性犯罪に巻き込まれる危険が類型的に高いといえ、保護の必要は高い。それにもかかわらず、法は、児童をマッチングアプリ等の規制対象事業に流入すること(及び潜在的な被害者を増加させること)に関して十分な予防をしておらず、このことが児童被害の温床となっている。
    1.  異性交際を装って商品等の購入を勧誘する行為を禁止行為に掲げるべきであること
       上記のとおり、昨今、マッチングアプリで知り合った人物から詐欺的な商品・役務の購入を勧誘されることにより、消費者被害に発展する例が多い。本法は児童保護を目的としているところ、児童の未熟さに付け込んで各種商品・役務提供の対価を児童に供出させる行為は、児童に取り返しのつかない財産的損害を生じさせるものとして規制する必要性が高い。
       そもそも、マッチングアプリは、異性交際情報を交換する場であり、売買契約等の締結のために商品情報を交換する市場的な場ではない。仮に事業者において、アプリ上で商品情報を交換することを容認しているのであれば、同アプリを運営する事業者は取引デジタルプラットフォームを利用する消費者の利益の保護に関する法律や古物営業法等の各種法規制を受ける可能性が生じ、各種届出等が必要となる。このように、マッチングアプリの実態によっては、事業者は本法以外の法規制を受けることとなり、法的に不安定な立場に置かれることとなる。そのため、商品等の購入を勧誘する行為自体を明確に禁止することは、事業者の利益にもなり得る。
    2.  本人確認手続においては利用者と登録情報の名義人の同一性を確認する必要がある
      1.  現状の本人確認手続きの内容が不適格であること
         法が求める本人確認(児童でないことの確認)は、法施行規則5条1項によれば、少なくとも「運転免許証、国民健康保険被保険者証その他の当該異性交際希望者の年齢又は生年月日を証する書面」の提示(写しを送付)を受けるか、「クレジットカードを使用する方法その他の児童が通常利用できない方法により料金を支払う旨の同意を受ける」ことで足りるとされている。
         しかし、上記いずれの方法においても、アプリ利用者と身分証ないしクレジットカードの名義人(登録情報の名義人)が同一人物であるかどうかについては確認をしたことにならない。そのため、他人の身分証・クレジットカードや偽造した身分証を使用して本人確認を行う「なりすまし行為」が容易に行われてしまう現状にあり、上記のとおり消費者被害の拡大の要因となっている。
         そもそも、かかる本人確認手続きは、児童保護のために行われるものであり、利用者が児童でないことを確認するために行われる。しかし、現行の本人確認方法では、利用者と身分証等の名義人の同一性を確認しないがために、児童がその保護者の身分証等を使用することで同確認手続をすり抜けることが可能であり、同法の本人確認手段として適格性に欠ける。
         また、上記のとおり、「児童でないことの確認」をすり抜けてしまった児童に関しては、何ら保護するための有効な手段を何ら具備していない。児童への被害を抑止し、かつ被害児童に関する加害者の特定を容易にするためにも、「児童でないことの確認」として、実質的な本人確認(少なくとも氏名及び住所並びに利用者と本人確認資料の名義人との同一性確認)を利用者全員に対して実施する必要がある。
      2.  一部事業者の自主的な措置もなお不十分であること
         多くのマッチングアプリ運営業者も上記の法規制が不十分であるという現状を認識し、本人確認については、上記施行規則にある本人確認方法以上の厳格な方法である「個人身元確認」に加えてセルフィー認証による本人確認を用いている。しかし、かかる厳格な本人確認を取らない方法でも、マッチングアプリ内で一部の機能が利用できることにより、事実上、児童を含む不特定多数人に対して、ロマンス詐欺の勧誘が行われてしまっているという実態がある。
         このような状況が起きている原因は、現行の施行規則及び同解釈基準が想定していない出会い系サイトの類型である「マッチングアプリ」が出現し、これを利用する者が増加したにもかかわらず、前回の法改正から15年も改正されていない点にある。そもそも、法は、インターネット上にウェブサイトを設けて異性交際情報を交換するいわゆる「出会い系サイト」を念頭に置いて制定されている。すなわち、事業者が事業を開始する際に公安委員会に提出すべき書類には、事業開始届出書に「送信元識別符号」(URLのこと)を記載する必要があるとともに、同符号を使用する権限があることを疎明する資料も添付する必要がある。しかし、マッチングアプリでは、アプリケーション自体はURLを使用しないため、実務上、事業開始届出書の「送信元識別符号」記載欄にはGoogleストアやAppleストアといったプラットフォームのURLを記載し、疎明資料としては各プラットフォームにおけるアプリ販売に前置される審査資料を提出することとされている。このように、法は、ウェブサイトを介さないで異性交際情報を交換するようなマッチングアプリの登場という社会情勢の変化に応じた改正がされていない。そのため、法の制定当初に想定していた本人確認は、マッチングアプリが流行している現時点においては不十分であると思われる。いずれにせよ、本法が本来規制対象として想定していなかったマッチングアプリに関して、児童保護という観点から十分な規制を及ぼしていない以上、本人確認方法を含め適切な法改正が必要である(このように立法時に想定されていないマッチングアプリといったツールが発生したことによって、児童を対象とするものではない詐欺被害も急増していることに鑑みれば、上記のとおり、法の目的として広く一般の利用者を保護の対象とする内容の改正が必要であることは論を俟たない。)。少なくとも、現状のように、厳格な法規制を行わず、業者の自主規制に委ねる形での本人確認手続等の実施を行うのみでは、不特定多数の業者(自主規制を行わない業者も想定され得る)が公安委員会への届出のみでリリースすることが可能なマッチングアプリや、現時点では発案されていない新たな形式の出会い系サイトに対する対応が疎かとなり、前記の詐欺被害を助長することとなり極めて不適切である。
      3.  具体的な本人確認方法
        1.  公的個人認証による本人確認手続
           マッチングアプリにおける本人確認といった業者と利用者とが対面せずに実施する同手続は、原則として運転免許証等に搭載されたICチップを用いた公的個人認証を求めるべきである。
           犯罪による収益の移転防止を図ることを目的とした犯罪収益移転防止法においては、非対面取引においてはセルフィー認証による本人確認方法が導入されているのであり(なお、同認証手続であっても免許証等の偽造によって不正に預金口座等が作成されている事例が耳目を集めていることを付言する)、同様にロマンス詐欺関連の被害防止をするためには、上記方法による本人確認方法による厳格な本人確認方法を取ることが必要である。すなわち、運転免許証等を送信する方法や、顔写真のない本人確認書類等による本人確認手続は、免許証自体の偽造リスクが存在するばかりか、本人確認書類の名義人と同確認を求めている人物の同一性を確認することができず不適切であり、上記のとおり公的個人認証が求められる。
           なお、出会い系サイト規制法は、利用者本人の年齢確認をすることで、犯罪から児童を保護することが目的であるが、ロマンス詐欺において児童が詐欺等犯罪の標的となる場合もあるため、公的個人認証による適切な本人確認が取られることが必要であることは、上記のとおりである。
        2.  フェデレーション認証
           マッチングアプリ登録時の公的個人認証に替えて、フェデレーション型の本人確認サービス(携帯電話会社が携帯電話契約時に取得した公的個人認証に基づく個人情報をもとに個人情報の照合を実施)を利用することによる本人確認でも適切な本人確認を取ることが可能である。
        3.  本意見書における本人確認方法が許容されるものであること
           前述のとおり、現在において、多くのマッチングアプリ運営業者が自主的な措置として、個人身元確認に加え、いわゆるセルフィー認証(自身の顔と写真付き身分証明書が一緒に写った画像を用いて本人確認を行う認証方法)による本人確認方法を導入しており、本意見の趣旨の法改正を行ったとしても、同認証(写真の確認)に代えて公的個人認証による電子証明書の確認を行うのみであり、事業者に過度の制約や負担となることはない。
    3.  小括
       このように法において、事業者に実施することを求める本人確認の内容が不十分であるが故に、児童を被害者とする詐欺被害が生じやすい環境を組成している。それだけでなく、禁止誘引行為として、近年被害が急増している詐欺行為を掲げておらず、実態に即していない。そのため、現行法は児童保護という目的においても規制が不十分に過ぎるため迅速な法改正が必要である。
3. 結語
 以上のとおり、意見の趣旨のとおり速やかな法改正を求める。

以上

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