2021.01.26

特定商取引法の書面交付義務の電子化に関する意見書

埼玉弁護士会
会長 野崎 正

第1 意見の趣旨

政府が検討を進めている特定商取引法の取引類型における概要書面及び契約書面交付義務の電子化については、以下に指摘するとおり、消費者保護の法目的を損なうことがないよう慎重な検討が必要であり、拙速な電子化には反対である。

1 特定商取引法の取引類型のうち、オンライン上の契約締結手続が想定できない訪問販売、電話勧誘販売及び訪問購入は、そもそも交付書面の電子化を検討する対象となり得ず、電子化を必要とする立法事実も存在しない。
連鎖販売取引、特定継続的役務提供及び業務提供誘引販売取引は、店舗販売や店舗外販売など対面勧誘または電話勧誘により契約を締結する契約類型は、交付書面の電子化を必要とする立法事実も存在しないし、書面交付義務の目的を没却するものであり、書面の電子化には反対である。

2 オンライン上の契約締結類型について書面の電子化を検討するに当たっては、連鎖販売取引、特定継続的役務提供及び業務提供誘引販売取引における概要書面交付義務の消費者保護機能を確保するため、書面の電子化を認めることの前提として重要事項説明義務を規定することが不可欠である。

3 仮に、連鎖販売取引、特定継続的役務提供及び業務提供誘引販売取引のうちオンライン上の契約締結類型について書面の電子化を認める場合であっても、①消費者の事前の承諾は明示的な方法に限定すること、②契約内容を電子データで提供するに当たり、消費者が重要事項を容易に認識できるような双方向性のある提供を措置すること、③概要書面・契約書面の電子データとして提供したものを一定期間保存する義務を課すこと、④電子データが事後的に改変されるおそれがない技術的方法を措置する義務を課すこと、⑤消費者が電子データの再提供を求めたときはその再提供義務を課すことなどの措置を同時に導入すべきである。 こうした書面の警告機能及び教示機能を補完・代替する措置を慎重に検討することなく、書面の電子化だけを拙速に導入することは手続的にも著しく不適正である。

第2 意見の理由

1 書面の電子化を検討する対象取引類型

規制改革推進会議成長戦略ワーキング・グループ第3回会議(2020年11月9日)において、書面の電子化が提案された理由は、「ヨガや英会話が、オンラインでできるようになったにもかかわらず、契約に関しては紙の規制が残っている。だから、せっかくオンラインでレッスンを受けられることになったにもかかわらず、オンラインで受講が完結しないという状況になっているのはいかがなものか」(同日付議事概要2頁)というものである。つまり、オンライン完結型の取引において書面の電子化を検討する必要があるというものであり、店舗取引や訪問販売等の対面型取引類型について書面の電子化を必要とする論拠は何ら示されていないし、提案もされていない。
にもかかわらず、消費者庁は、対面型取引類型を含めて検討を進める意向を示している(同日付議事録8~9頁、2021年1月14日第335回 内閣府消費者委員会本会議資料2)。
しかしながら、訪問販売及び訪問購入は、事業者がその場で契約書面を作成し交付することが可能であり、書面の電子化を認める合理的な必要性は見いだせない。むしろ、訪問販売、電話勧誘販売及び訪問購入は、不意打ち型勧誘により契約内容を冷静に確認しないまま契約締結に至るおそれが強いため、特定商取引法は、契約締結時に契約内容の重要事項を記載した「申込書面・契約書面」を交付させ、契約内容を冷静に確認したうえで契約を維持するか解消するか考え直す機会を与えた。
 つまり、不意打ち型勧誘によりセールストークと異なる契約条件に気付きにくいため、契約内容を容易に一覧できる状態で冷静に再検討をする機会を与えるという「警告機能」があり、書面にはクーリング・オフの権利を赤字・赤枠・8ポイント以上の活字で記載する義務を定めることにより、無理由解除権の「教示機能」がある。不意打ち型勧誘において、事業者がことさら電子データの提供を選択することは、警告機能や教示機能が低下することが避けられない。こうした消費者の不利益を及ぼしてまで書面の電子化を認める合理性はない。
また、連鎖販売取引及び業務提供誘引販売取引は、利益収受(儲け話)を誘引文句として商品・役務を契約させる取引であり、儲け話を強調することにより消費者が冷静な判断をすることなく契約締結に至るおそれが訪問販売等よりも強い。また、特定継続的役務提供は、英会話指導、結婚相手紹介サービスなど、受けて見なければ契約内容の適合性が判別困難な無形のサービス提供を、長期多数回行う契約内容であるため、契約内容が複雑になりがちである。そこで、特定商取引法は、契約書面交付義務とは別に、契約締結前の勧誘段階にも概要書面の交付義務を課して、勧誘場面で契約内容に気付かせ、契約するかどうかを冷静に考える機会を与えているのである。したがって、連鎖販売取引、業務提供誘引販売取引及び特定継続的役務提供の事業者が、対面型勧誘において書面交付でなく電子データを提供する方法を推奨することは、面前で概要書面を示して説明することを回避することにほかならない。まさに、書面交付義務の目的を没却することを許す結果となり、著しく不当である。
さらに、連鎖販売取引は、消費生活センターに寄せられる苦情相談件数が毎年1万件を超える状況にある(国民生活センター「消費生活年報2020年版」13頁)。このようにトラブルが現に多発している取引類型について、書面の電子化に伴う代替措置や補完措置を講ずることがないままに電子化を認めることは、到底容認できない。

2 概要書面交付義務の実効性確保と重要事項説明義務の導入

一般に、契約内容が複雑であったり高額であるため、消費者が正確に理解する必要性が高い契約類型については、契約締結前に契約内容を記載した書面を交付し、かつ重要事項説明義務を課している法制度が複数見られる。
例えば、金融商品取引業者は,事業者の参入規制(登録制)により事業活動全般の適正化が図られている取引分野であるが、複雑でリスクのある金融商品について顧客が正確に理解できるよう、契約締結前の書面交付義務を課し、かつそこに記載された契約内容を顧客が理解できるように説明しないことを禁止行為として規制している(金融商品取引法37条の3、金融商品取引業者等に関する内閣府令117条1項1号)。また、電気通信事業者も、事業者の登録制等により事業活動の適正化が図られている取引分野であり、複雑で難解な電気通信役務提供契約の内容を利用者が正確に理解できるよう、契約締結前に契約内容を分かりやすく記載した説明書面を交付したうえで説明する義務を課している(電気通信事業法26条1項、総務省令22条の2の3第3項)。こうした取引分野であれば、書面の電子化による弊害を最小限度に抑制する余地もあろう。
成長戦略ワーキング・グループ第3回会議においてもう1件の検討対象とされた建築士法は、業務主体である建築士は免許制により業務一般の適正化が図られている分野であり、重要事項説明書を交付したうえでこれを説明する義務を課している(建築士法24条の7)。 これに対し、特定商取引法が対象とする特定継続的役務提供、連鎖販売取引及び業務提供誘引販売取引は、いずれも登録制等の参入規制がない取引分野であり、かつ悪質業者が参入していることを想定しなければならない分野であって、現に消費者トラブルが多発してきた分野である。しかも、連鎖販売取引、業務提供誘引販売取引及び特定継続的役務提供は、以前から概要書面交付義務が規定されているが、その運用実態は、消費者が契約締結の意思決定を実質的に表明した後に、概要書面と契約書面を同時に交付するケースが少なくないなど、概要書面交付義務が形骸化しているのが実情である。
 このように現行法の概要書面交付義務は、形式的に交付すれば足りるかのような規定であり、契約内容を消費者に理解させる機能としては全く不十分である。したがって、特定商取引法の特定継続的役務提供、連鎖販売取引及び業務提供誘引販売取引は、概要書面を交付したうえでこれに基づき重要事項を分かりやすく説明する義務を課すべきである。
そして、オンライン上の契約締結過程で電子データにより概要書面記載事項を提供するとすれば、紙の書面よりも契約内容の一覧性が低下し内容把握が難しくなることを考えれば、概要書面交付義務について書面の電子化を検討する場合は、重要事項説明義務の導入が不可欠の前提条件となる。しかも、オンライン上の契約締結手続において重要事項の説明方法をどのように確保するのか、例えば、口頭の説明に代えて、自動音声を省略することなく聞いたうえで確認の返信をしなければ契約締結手続が進行できないような措置を構築するなど、オンライン上の契約締結手順に関する技術的な検討も必要である。 こうした課題を丁寧に検討し措置することなく、特定商取引法の取引類型について書面の電子化ばかりを進めることには反対せざるを得ない。

3 書面の電子化を検討する場合の代替措置・補完措置

仮に、連鎖販売取引、特定継続的役務提供及び業務提供誘引販売取引のうちオンライン上の契約締結類型について、概要書面や契約書面の電子化を検討する場合は、書面交付による消費者保護機能を補完または代替する措置を導入することが不可欠であり、それなしに拙速に書面の電子化を認めることには反対である。

(1)事前承諾の取得方法

特定商取引法の取引類型における書面交付義務は、セールストークや誇大広告による不当な誘引行為に対し、消費者に正確な契約内容を気付かせ冷静な判断を促す警告機能やクーリング・オフの教示機能が重要であることを踏まえれば、書面交付に代えて電子データでの提供を事前に承諾するか否かの選択は、消費者に書面交付の意義を伝え自ら積極的に選択することが不可欠である。
したがって、申込画面に電子データで提供することを「承諾」する旨のチェックを事業者側で予め入力しておく方法はおよそ公正な選択とは言えない。
例えば、「事業者の広告や説明に現れていない負担事項や不利益な事項が含まれているか否か、クーリング・オフの権利があることやその効果について、書面の交付を受けて確認するか、電子データの提供を受けて確認するか」を明示的に表示したうえで、消費者が自ら選択する(チェックを入れる)方法が不可欠ではないか。

(2)電子データによる契約内容の提供方法

特定継続的役務提供、連鎖販売取引及び業務提供誘引販売取引は、契約内容は複雑であり、単純な物品の売買に比べ、契約書面の法定記載事項が大量になることが通常である。
こうした契約条項を電子データで提供しても、消費者が小さなスマートフォン画面で読み取ることは容易でないことは明らかである。例えば、PDFファイルで提供しても、どこにどのような契約条項があるのか予備知識がなければ、スクロールと拡大機能によって重要事項を探すことさえ困難である。また、オンラインの画面はスクロールや別画面の利用など無限の広がりがあるため、どこまで調べれば契約内容の全体像を確認したことになるのかも把握困難である。結局は、消費者にとって不利益な事項や予想していない事項に気付かないままとなるおそれが大きい。
こうしたオンライン画面の特徴を踏まえるならば、契約内容のうち特に消費者に不利益な事項を個別的に表示して確認を求めるなど、双方性のある提供方法を検討することが必要ではないか。

(3)電子データの保存義務

契約内容を電子データで提供を受けたとしても、紙の書面が交付された場合に比べ、消費者が積極的にそのデータを保存する操作をしなければ、時間の経過により過去のデータを順次削除する傾向がある。また、消費者の端末機の不具合や買い換えに伴い、保存したデータが消去となるおそれもある。
事業者が電子データの提供を実施する場合は、事業者において提供した電子データを契約期間終了後一定期間まで保存して置く措置も必要ではないか。その際、次の述べる改変防止措置も不可欠となる。

(4)電子データの改変防止

契約条項は、契約の履行状況や債務不履行の有無について後日検討する必要が生じるため、電子データで提供した場合は、順次改訂・変更されるデータでは機能を果たせない。契約締結当時の契約内容を記録した電子データが、時期を特定した状態で改変不能な形で保存されなければならない。
このようにオンライン契約特有の技術的検討が必要である。

(5)電子データによる契約事項の再提供請求

契約内容を電子データで提供した場合、消費者の側で保存しないまま消去したり保存後に消去となるおそれが少なくないことから、電子データによる提供の場合は、後日消費者から契約条項の電子データの再提供請求を認めるべきである。請求を受けた事業者は、契約締結当時の契約条項を再度提供する義務を負うものとする、紙の書面交付と異なり、再提供に要する手間や費用は軽微であると考えられる。
こうした書面交付の保管措置や代替措置を、技術的検討を含め慎重に検討することが不可欠である。

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