1994.06.23

拡声機規制条例案に対する会長声明

  1. 埼玉県は、この六月議会に、「拡声機の使用による暴騒音の規制に関する条例」案を上程することを決定した。このいわゆる拡声機規制条例は、これまでに全国四二都府県で相次いで制定されている拡声機規制条例に較べ厳しい規制内容になっている。
    拡声機規制条例については、これまで日本弁護士連合会及び覚知の単位弁護士会は、同条例が言論表現の自由を侵害するおそれがあることや令状主義あるいは黙秘権の保障などの原則に抵触する危険な内容をもっているとして反対もしくは慎重審議を求める声明や意見を発表している。
    埼玉弁護士会においても、一九九二年一〇月二日付けで、各地の拡声機規制条例が制定される状況を憂慮し、埼玉県にいては制定しないよう求める声明を発表しているが、今回の当県の上程に対し、再度反対する意思を表明するものである。
  2. この拡声機規制条例は、?拡声機から一〇メートルの地点で、音量を一律に八五デシベル以下に制限するとともに、違反者に違反行為の停止を命じ、継続反復して違反するものに対しては拡声機の使用を停止させ、現場の警察官に対して、停止命令に先立ち拡声機のある場所に立ち入って、物件の調査をし、拡声機使用者に対し氏名や所属組織名等の質問をする権限を認め、停止命令等に従わない者に対し六月以下の懲役又は二〇万円以下の罰金を、立ち入りを拒んだ者等に対し一〇万円以下の罰金を科するものである。
     住民の静謐な生活を、暴力的騒音などから守ることは、もとより必要なことであるが、他方で、国民の自由な言論表現活動は民主主義社会を支える重要な権利の一つである。拡声機の使用はこうした目的に沿って国民が言論表現活動の場で容易に利用できる数少ない有効な手段である。したがって、この規制は言論表現活動の範囲を明らかに逸脱した場合に限られるべきで、場所、時間、暗騒音など具体的な状況に即した合理的な規制基準の明確化をせずに国民の自由な言論表現活動を一般的、概括的に規制するものであってはならない。
    したがって、当会としては本条例の制定について強く反対するものである。
  3. 以上のとおり、当会はこのような表現の自由を侵害するおそれの高い条例は制定しないよう求めるものであるが、仮に拡声機規制条例が制定されるのであれば、少なくとも左記のとおりの修正を加えることは不可欠であると考える。

    (一)条例の目的を左記のとおりにする(第一条)
    「この条例は、街頭宣伝車両に搭載された拡声機等による暴力的な騒音が、通常の政治活動、労働運動、企業活動等を妨害するなどして、県民の日常生活を脅かしていることにかんがみ、このような拡声機の使用について必要な規制を行うことにより、地域の平穏を保持し、もって公共の福祉の確保に資することを目的とする。」条例の必要性につき県は「一部団体等が拡声機を使用して常軌を逸する高音量で街頭宣伝活動を行っている」とし、一部団体等の活動を規制することを挙げている。目的が右にあるとするならば、その目的を明示することが必要である。また、大阪府条例などでは前記の内容の目的を明示している。

    (二)規制音量八五デシベルについて(第四条)

    1. 瞬間最高値八五デシベルで拡声機の音量を規制すると、暗騒音(普通に存在する雑踏音、車両発信音、人声などの拡声機以外の音)レベルが六五ないし八〇デシベルという高い数値を示す浦和駅前、大宮駅前など、短時間に多数の人に訴え得る場所では、拡声機の音声は聴取不可能に近くなる。
    2. 県内一律に瞬間最高値八五デシベルに規制すると、一瞬でも八五デシベルを超えると停止命令の対象となり、実状に合わない。人の発する音量は一〇デシベル前後の高低差があり極めて不規則である。特に力点をおいた言葉を発する場合や助詞が高音量になりやすく、これを拡声機使用者が自らコントロールすることは不可能に近い。
    3. 当会が実施した音量測定によると、浦和駅西口において、通常六五デシベルから七〇デシベルの暗騒音が存在することが明らかとなっており、ハンドマイクを用いて街頭演説を行ったところ、容易に八五デシベルを超える結果となった。このような暗騒音が存在する場所において拡声機を用いて一定の意味のあるメッセージを伝えようとする場合は九〇デシベルから九五デシベル程度の音量は必要であることが判明している。
    4. 埼玉県公害防止条例においては、拡声機の音量規制につき、場所(住宅地、工場地帯等)や時間帯(早朝、日中、夜間)などの環境条件に応じそれぞれ細かく規制音量を設定し、測定方法についても一定の時間、継続して測定して一定の平均を算出する方法によっている。
    5. 当会としては、県内一律に八五デシベル以下に拡声機の音量を規制することは地域の実状に合わず合理性はないと考える。そこで、まず県自身が県内各地の暗騒音等の音量の実態調査を行い、それに基づき各地域毎及び時間帯毎に規制数値を設定する方法や暗騒音に対する上乗せ音量を設定する方法など、より合理的な規制方法を再検討すべきである。

    (三)拡声機の貸与者に対する条例遵守義務について(第五条)
    この条文は削除すべきである。現場での音量の規制を目的とするこの条例の範囲を超え、現に拡声機を使用している者に止まらず、関連する個人や組織、団体をも規制することになり条例による規制の範囲が大きく拡大し、警察権力の濫用につながる危険性を持っている。

    (四)停止命令及び使用停止命令について(第六条)

    • 拡声機による音量が八五デシベルに達した場合(共同で発する場合は一つの拡声機と見なすので規制はより厳しいものになる)、直ちに停止命令の対象となる違反行為になり、拡声機使用者に対する萎縮効果は大きい。また、反復継続して違反行為をした者は拡声機の使用そのものを停止させるので、表現の自由の権利に対する重大な制限である。にもかかわらず要件が極めて不明確であり、警察官の権限濫用のおそれが強い。
    • よって、少なくとも停止命令前に勧告を行うこと及び使用停止命令は削除すべきである。

    (五)立入り権、物件調査権、質問権及びこれらに対する罰則について(第八条及び第十条)

    • これらの条文は削除すべきである。
    • 停止命令等を命令するに先立ち、機材の所在場所に立ち入り、拡声機使用者等の特定を行うことを認めるのは、憲法、刑事訴訟法等で保障されている令状主義を侵害するものである。
    • 違反に対する現行犯逮捕の場合には、現行法においても現場での捜索押収が可能であり、暴力的騒音を停止させる目的は達成される。
    • また、質問権に対応する罰則は明確には規定されていないが、質問に対し応答しなかった者に対しても一〇万円以下の罰金が科されるのであれば、黙秘権の行使を処罰するおそれがあり不適切と考える。
  4. 以上のとおり、埼玉弁護士会は、埼玉県に対し、本条例案の問題点を指摘し、当会としての意見を述べるものであるが、これらの意見が反映されるよう、審議にあたっては拡声機を使用する県民の幅広い意見を聴取するなど民主的な手続を求め、当埼玉弁護士会をはじめ県民各層の意見を議会に反映すべく公聴会の開催を希望する。

1994年6月23日
埼玉弁護士会会長  城口 順二

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