2017.03.22

いわゆる「テロ等準備罪」の成立に強く反対する会長声明

  1. 政府は、2017年3月21日、「テロ等準備罪」の創設を内容とする「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律」改正案(以下「本法案」という)を国会へ提出した。政府は、本法案を国連越境組織犯罪防止条約(以下「本条約」という)締結のための必要的法整備であるとし、また本法案の対象犯罪を「テロ等準備罪」としてテロ対策であることを強調している。その対象犯罪の数は277に上る。
  2. 本法案は、2003年から2005年にかけて3度にわたり政府が国会へ提出したいわゆる共謀罪法案について、犯罪処罰のための条件を変えたものである。
    共謀罪法案は次のような強い批判を浴びた。
    共謀罪は犯罪の実行行為を必要とせず、犯罪を行うことを合意しただけで処罰するものである。このような犯罪を数百も創設することは、実行行為があって初めて処罰するという我が国の刑法の基本原則を根底から覆すことになる。
    また、合意は内心の合致にすぎず「心の中で思っている」状態と紙一重であることから内心の取り締まりにつながり、思想・良心の自由が侵害されかねない。
    さらに、共謀罪は合意を処罰の対象としていることから、共謀罪の捜査は個人間の会話、メール、電話等を対象とせざるを得ずプライバシーや通信の秘密の侵害につながる。会話が捜査対象になるとなれば国民は委縮して言論活動や団体活動をせざるを得ず、表現の自由、集会・結社の自由といった憲法上保障された基本的人権が脅かされる。
    このような様々な問題点があり、共謀罪法案は3度とも廃案になった。
  3. 本法案は適用対象の集団を「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」と定め、その定義を「団体のうち、その結合関係の基礎としての共同の目的が(対象犯罪)を実行することにあるもの」とした。また、犯罪の「遂行を2人以上で計画した者」を処罰することとし、その処罰にあたっては、「資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為」をしたことを要求している。
    2003年に初めて政府が提出した共謀罪法案では、適用対象は「団体」としか規定されず、「準備行為」も必要としていなかった。これに比べれば、一見、本法案は処罰対象を限定しているかのようにも見える。政府は、本法案が一般市民に適用されることはない旨も主張している。
    しかし、本法案は犯罪の「遂行を2人以上で計画した者」を処罰することとしている。これは犯罪の合意に着目して処罰することを意味するから、基本的人権を侵害しかねないとの強い非難を浴びた共謀罪法案と基本的性格を一にするというべきである。
    そして、本法案では「組織的犯罪集団」が設立当初から犯罪実行目的をもっている必要は無い。犯罪とは全く無関係な集団も、「目的が」「罪を実行することにある団体」に変質すれば適用対象となる。そして集団の変質を第1次的に認定するのは捜査機関である。ある集団の中で刑罰法規に触れうる話題が出ただけで、捜査機関から恣意的に「目的が」「罪を実行することにある団体」であると認定されて「組織的犯罪集団」に仕立て上げられる危険は排除されていない。
    また、「準備行為」は広範な概念であるため、これによって処罰場面を限定する機能は乏しい。しかも、「準備行為」は処罰条件であるから、「準備行為」以前に犯罪自体は成立する。
    これらの危険性を踏まえれば、本法案が成立した場合、労働組合がリストラに対して抗議行動を計画したり、市民運動団体が首相官邸前での座り込みを計画したりしただけでも、組織的な威力業務妨害のテロ等準備罪に該当するとして捜査機関が構成員を検挙しかねない。
    本法案は、3度廃案になった共謀罪法案同様、日本国憲法が保障した思想・良心の自由、表現の自由、集会・結社の自由などの基本的人権に対する重大な脅威となるものである。
  4. 政府は、本法案の対象犯罪を「テロ等準備罪」と名付けてテロ対策のための法案であることを強調し、また、本条約締結のために本法案の成立が必要であると説明している。
    テロ対策について我が国では、刑法や特別法によって内乱、外患、殺人、ハイジャック、サリン製造等が未遂以前の予備や陰謀の段階で可罰的になっており、テロ行為を陰謀や予備の段階で処罰可能にしている。
    したがって、本法案を成立させなくても、テロ対策の法整備は既になされている。
    しかも、その対象とする277の犯罪のうち、テロの実行に関わる対象犯罪は110に過ぎない。薬物犯罪や、偽証罪、通貨有価証券の偽造など、テロ対策という目的とはおよそ無関係と考えられる犯罪も多く含まれている。
    本条約締結のための必要的法整備であるという政府の説明についても、本条約では、組織犯罪に関する重大な犯罪を未遂以前の段階で可罰的になるように求めてはいるものの、他方で本条約34条1項では締結国が国内法の基本原則に合致する方法で必要な立法を行えばよいとしている。
    そして我が国では、先に示したように、内乱、殺人、ハイジャック等の重大犯罪を未遂以前の段階で処罰できるようになっている。
    それ故、本法案を成立させることなく本条約締結が可能である。
    また、本条約の目的と本法案の関係においても、本条約は越境組織犯罪抑止を目的とするものであることから、2006年に当時の民主党が提案して与党も一時は了承した修正案では、犯罪が国境を越えて実行されるという越境性を犯罪成立の要件としていた。しかし本法案では越境性を要件としていない。本条約の目的からすれば本法案で越境性を要件とすべきであるにもかかわらず、要件から外すことは、条約締結のためには本法案の成立が必要であるという政府の説明と整合しない。
  5. 当会は、共謀罪法案提出の都度、共謀罪創設に反対してきた。国内世論の強い反対もあって過去に提出された共謀罪法案はいずれも廃案となっている。さらに政府が4度目となる本法案の提出を検討しているとの報道を受け、当会は2016年に2度の会長声明を発して共謀罪創設に反対した。
    今般、政府が国会へ提出した本法案の基本的性格は、過去に提出された共謀罪法案と同じであって、刑法の基本原則に反し、国民の基本的人権を侵害する危険性が含まれている。条約締結やテロ対策にも必要とはいえない。
    そこで当会は本法案成立に強く反対するものである。

以 上

2017(平成29)年3月22日
埼玉弁護士会会長  福地 輝久

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