2002.04.25

心神喪失者等の処遇に関する政府法案に反対する会長声明

  1. 政府は、3月18日「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医  療および観察等に関する法律(案)」(以下「政府案」という)を国会に上程した。
    政府法案は、1974年法制審議会の答申である「改正刑法草案」におけ  る保安処分と同様、精神障害と犯罪の問題を「再犯防止対策」と位置づけており、これが成立し施行されることになれば、わが国の刑事司法と精神医療に、取り返しの付かない禍根を残すことになると言わなければならない。
  2. 政府法案は、「心神喪失等の状態で重大な他害行為をおこなったもの」に対し「再び対象行為を行うおそれ」を要件として、期限の定めのない強制入院、3~5年にわたる強制通院といった処遇制度を創設し、地方裁判所に設置する裁判官及び精神保健審判員からなる合議体が裁判することとしている。
    しかし、精神保健審判員の権限は裁判官と同等ではなく、対象事実の取り調べと判断など多くの手続は裁判官のみで行うとされており、合議体とはいうものの、精神保健審判員は単に意見聴取されるだけの立場となっている。しかも、「重大な他害行為」を行ったか否かの認定について対審構造はとられず、伝聞法則の適用もない。
    また、「再び対象行為を行うおそれ」の認定は医学的にも困難な将来における危険予測であり、科学的根拠をもって正確性を担保し得るものでもない。加えて、処遇決定までは鑑定入院という身体拘束が行われるが、刑事被告人に認められている保釈制度すら用意されていない。以上のように政府法案においては、適正手続の保障は全く等閑に付され、同法案は憲法31条に違反すると言わざるを得ない。
  3. 更に、政府法案は、退院した対象者を保護観察所の監督に服させて通院を確保しようとしている。保護観察所は、元来、刑事政策を担当する機関であり、精神医療の専門機関ではない。同所の監督によって、精神医療の現場に対し、刑事政策的影響が強まる危惧を払拭し得ない。また、人員不足や予算不足から本来の役割である犯罪者処遇すら不充分にしか機能していない保護観察所の現状は、現場の保護観察官からも指摘されているところであり(岩本茂義『心神喪失者処遇・保護観察所任せでいいのか』2004年4月3日朝日新聞「私の視点」)、専門外の領域を担うことによって、本来の役割が機能不全に陥る危険性が大である。
  4. 日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)は、2月15日理事会において「精神医療の改善方策と刑事司法の課題」を採択し、精神医療の現状を踏まえ、具体的な解決策を提起し、3月15日「精神障害と犯罪の問題に対する政府案に反対する」との日弁連会長声明を発表している。
    精神障害と犯罪の問題は、今日、入院治療に押しとどめることによって解決される問題ではなく、通院確保と危機介入に重点が移行していることは常識である。しかるに、病棟の85%が民間精神病院であり、入院患者が30万人を超えているという現状は世界的にも突出しており、わが国の精神医療体制が大きく立ち遅れていることを示している。
    精神障害を起因として発生する悲惨な事件を防止するには、地域における精神医療と福祉の連携により退院後の通院確保・危機介入が速やかに実現されることこそが、有効な方策と言うべきである。そのためには、わが国の精神医療が、入院中心主義と民間依存体質から脱却して、充分な人的・財政的手当が実施されることが不可欠である。
    埼玉弁護士会は、この度の政府法案は今後の目指すべき精神医療の方向に逆行するものとして、これに強く反対し、日弁連と共に精神医療のあるべき改革に向けて全力を尽くすことを、ここに表明するものである。

以上

2002(平成14)年4月25日
埼玉弁護士会会長  柳 重雄

戻る