2002.05.17

「個人情報の保護に関する法律案」及び「人権擁護法案」に対する反対声明

政府は、「個人情報の保護に関する法律案」(以下「個人情報保護法案」という)及び「人権擁護法案」を今国会に上程し、これら法案の会期中の成立を企図している。
しかしながら、両法案には、以下に述べるとおり、到底看過し得ない重大な問題がある。

  1. 個人情報保護法案について
    本法案にいう「個人情報取扱事業者」は、個人情報の取扱に際し厳重な義務が課されている。すなわち、利用目的による取扱制限、取得後の本人通知、本人請求による個人データの開示、個人データの第三者提供禁止、及び、本人請求による訂正・利用停止等である。そして、これらの違反について、罰則を伴う主務大臣の命令が課される場合がある。
    かかる義務規定は、個人情報の取得から保有・利用のすべての段階に至るまで法の網をかぶせるものであり、本来自由であるべき情報の流通に対する過度な規制といわざるを得ない。
    しかも、上記義務規定が適用される個人情報取扱事業者の定義自体が極めて抽象的で、その適用範囲が甚だ不明確である。加えて、適用除外とされる報道機関等についても、解釈の余地の大きい除外規定排除の場合が規定されており、「報道」の認定が主務大臣に委ねられていることからすれば、適用除外範囲が恣意的に狭められる虞が高く、ひいては、表現の自由は危殆に瀕することとなる。
    主務大臣は、個人情報の取扱に関し、報告徴収、助言、勧告・命令ができるとされており、さらに、違反者には、両罰規定を含む罰則を課すことができるとされるが、これはまさに、公権力が刑罰の威嚇を背景として民間保有情報を管理することに道を開くものである。
  2. 人権擁護法案について
    本法案にいう「人権委員会」は、法務省の外局として設置されるもので、結果、事務局は法務省出身者により占められ、しかも、同事務局の地方事務所の事務は「地方法務局長に委任することができる」とされている。このように、人権委員会には法務省からの独立性はないといわざるを得ない。そして、かような人権機関に対し、到底、実効ある人権救済機能を期待することはできない。
    そもそも、1993年に国連総会において採択された「パリ原則」が提示する国内人権機関は、いかなる外部勢力からも干渉されない独立性をもつ機関なのであり、かかる基準に適合するよう本法案の抜本的な見直しが図られなければならない。
    また、人権委員会の人権救済手続において、一般救済手続のほか特別救済手続として、「報道機関等」による「人権侵害」をもその対象としている。本来、何より重視すべきなのは公権力による人権侵害のはずであるが、本法案では、一民間部門である報道機関等による「人権侵害」を独自の対象としているのであり、これにより実質上、人権委員会によるメディア規制を可能としている。
    法務省からの独立性が欠如した人権委員会によるメディア規制は、恣意的運用の虞があり、ひいてはメディアに萎縮効果をもたらすことは明らかである。今日、メディアによる「人権侵害」が主張され、メディア側にも自省を求めざるを得ない場合も時にあるが、改めて先の大戦当時に思いを致せば、不断に権力を監視すべきメディアの機能を不用意に後退させることは絶対に避けなければならない。
    尚、本法案では、労働分野における不当な差別的取扱・差別的言動等の人権侵害については、厚生労働大臣(船員は国土交通大臣)にその措置が委ねられているが、独立性が十分に確保された人権機関が設置されるならば、この分野を当該機関から除外するいわれはない。
  3. 以上見たように、個人情報保護法案は、「個人情報保護」という名のもとに、国家による民間保有情報の管理に道を開くものであり、他方、人権擁護法案は、政府からの独立性が欠如し人権救済機能に重大な疑問があるのみならず、実質的に、国家権力によるすべてのメディアに対する規制に道を開くものであって、これら両法案は、憲法の検閲禁止の趣旨に反し表現の自由を侵害するものといわざるを得ない。
    政府は、両法案に対する世論の厳しい批判を受け、昨日、国会における実質審議に入る前から両法案を「修正」する異例の方針を表明したが、両法案の抜本的見直しなくして憲法原理に根本的に反する上記問題点を解消することはあり得ない。

よって、当会としては、これら両法案の成立には断固として反対することを表明する次第である。

以上

2002年(平成14年)5月17日
埼玉弁護士会会長  柳 重雄

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