2002.05.18

「有事法制」法案に反対する総会決議

2002年(平成14年)5月18日 埼玉弁護士会

政府は、4月17日衆議院に「武力攻撃事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律案」(「武力攻撃事態」法案という)、「安全保障会議設置法の一部を改正する法律案」(安全保障会議設置法「改正」法案という)、「自衛隊法及び防衛庁の職員の給与等に関する法律の一部を改正する法律案」(自衛隊法等「改正」法案という)を上程し、現在国会において審議が続けられている。(いわゆる有事法制3法案という)
これら有事法制3法案は、その手続や内容において、憲法原理に照らし、次のような重大な問題点や危険性を含んでいる。

  1. 有事法制3法案は、憲法上も重大な問題を有し、我が国の基本的進路を左右しかねない重要法案であるにも拘わらず、同法案については上程前に法案の内容を十分国民に明らかにしてその議論を尽くしたとは言えない。また、提出された法案自体も、今後2年の期限付きで法整備を規定したり、別の法律や政令に委任する(法律や政令の内容は明らかにされていない)事項も数多く含まれている。その法案の持つ重要性に比し実質的審理期間の短さなども併せ考慮すると、今回の同法案の上程は、民主的手続きを十分尽くしたとは言えず、性急・拙速であると言わざるをえない。
  2. 法案によれば、武力攻撃事態とは「武力攻撃(武力攻撃のおそれのある場合を含む)が発生した事態」又は「事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態」をいうとされている。「おそれのある場合」「予測されるに至った事態」などその概念は極めて曖昧であり、政府の判断によりどのようにも「武力攻撃事態」を認定することが可能であると言わざるを得ない。しかも、国会の承認は「対処措置」開始の要件とはされておらず、実際には政府の認定や「対処措置」を追認するものとなるおそれが大きい。
  3. そもそも有事法制3法案は、「武力攻撃事態」に対して、自衛隊・米軍による軍事的対処を前提にしており、憲法の定める平和主義の原理、憲法9条の戦争放棄、軍備及び交戦権の否認に抵触するのではないかという重大な疑念が存在する。
     また、周辺事態法とも関連して、米軍が引き起こした武力紛争に我が国が巻き込まれることも懸念される。
  4. さらに、政府の「武力攻撃事態」の認定が行われると、陣地構築や軍事物資の確保等のための私有財産の収容・使用、軍隊・軍事物資の輸送や戦傷者治療等のための市民に対する役務の強制、交通・通信・経済等の市民生活や経済活動などの規制(保管命令など一部は罰則による規制を含む)を行うことにより、市民の基本的人権が大きく制約されることになる。これらは憲法規範の中核をなす基本的人権保障原理を変質させる重大な危険性を有する。
  5. また、法案は、内閣総理大臣に地方公共団体(の長)に対する指示権及び地方公共団体が行う措置を直接実施する権限を付与しているが、これは地方自治の本旨に反し、憲法が定める民主的な統治構造を大きく変容させ、民主政治の基盤を侵食する危険性を有するものである。
    さらに、法案は、日本放送協会(NHK)などの放送機関を指定公共機関とし、これらに対し、「必要な措置を実施する責務」を負わせ、内閣総理大臣が、対処措置を実施すべきことを指示し、実施されないときは自ら直接対処措置を実施することができるとし、政府が放送メディアを統制下に置くことも想定されている。これは、市民の知る権利、メディアの権力監視機能、報道の自由を侵害し、国民主権と民主主義の基盤を崩壊させる危険を有する。
    今国会のこれまでの有事法制3法案に関する審議によっても、これらの重大な問題点や危険性が到底払拭されたとは言い難い。よって、当会は、政府が国会に上程している有事法制3法案に反対し、同法案を廃案にするように求めるものである。

決議の理由

政府は、4月17日衆議院に「武力攻撃事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律案」(「武力攻撃事態」法案という)、「安全保障会議設置法の一部を改正する法律案」(安全保障会議設置法「改正」法案という)、「自衛隊法及び防衛庁の職員の給与等に関する法律の一部を改正する法律案」(自衛隊法等「改正」法案という)を提出し、今国会における成立を期している。(いわゆる有事法制3法案という)
しかし、これら有事法制3法案は、その手続や内容において、憲法原理に照らし、次のような重大な問題点や危険性を含んでおり、これらに反対し、廃案にすることを強く求める。

  1. 国民主権の軽視と民主的手続の違背
    1. 有事法制3法案は、憲法及び国のあり方に関する極めて重要な法案である。しかし、長年調査研究を行ってきた政府は、事前に法案の具体的内容及び調査研究の成果・問題点を明らかにしないまま、今国会に法案を上程して、衆参両院併せても実質的な審理期間は1カ月余という短期間にその成立を図ろうとしている。
    2. 提出された法案も、「国民の生命、身体、財産の保護」「電波通信規制」「米軍の行動を円滑にする措置」など重要な事項について、今後2年の期限付きで法整備を予定したり、内容を別の法律や政令に委任し、その法律や政令の内容も明らかになっていない事項も数多くあり、十分同法案全体の内容が明らかになったとは言い難い。
  2. 「武力攻撃事態」の認定の曖昧さと危険性
    1. 「武力攻撃事態」法案は、「武力攻撃(武力攻撃のおそれのある場合を含む)が発生した事態」又は「事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態」において、「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全」を確保するために、「武力攻撃事態」への対処についての基本理念、国、地方公共団体、公共的事業体、国民の責務等を定めて、「武力攻撃事態」に対処する法制の基本的あり方を定めるとともに、今後有事法制として整備すべき事項を定め、さらにそれ以外の「緊急事態」に対処するため施策を講じることを規定する。
    2. 同法案は、政府により「武力攻撃事態」の認定がなされることを要件とするが、同要件の「武力攻撃のおそれのある場合」「事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態」とはいずれも極めて曖昧にして無限定な概念であり、且つ政治的な判断となるおそれがあり、武力又は軍事力の行使を容認し、基本的人権を制限する要件としては、不適切であり、危険なものと言わざるを得ない。
    3. しかも、有事法制3法案は、武力攻撃事態の認定、事態対処に関する全般的な方針、対処措置に関する重要事項等を定める「対処基本方針」につき、国会に承認を求めるものと定める。しかし、国会の承認は「対処措置」開始の要件とはされておらず、審議期間の遅滞又は長期化により、内閣総理大臣は、不適正な事態認定の場合でも長期間、特異、且つ、強大な事態対処措置権を行使しうることになる。また、実際にも防衛・外交情報につき秘密主義が根強く温存される現状を考えると、国会は政府の認定や「対処措置」を追認するものとなるおそれが大きい。
  3. 平和原則等への抵触のおそれ
    1. 憲法は前文において、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し」て主権が国民に存することを宣言し、「日本国民は、恒久の平和を念願し」「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」ことを表明し、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認」している。
      その上で、憲法第9条1項において、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と定め、2項において、「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と規定している。
    2. 自衛隊の憲法適合性については、未だ有力な疑義が存するところ、有事法制3法案は、自衛隊による武力または軍事力の行使の権限及び範囲をさらに拡大する法体制の整備を目的とするものであるから、憲法の平和主義の原則等に抵触するおそれがあり、とりわけ慎重な検討が必要である。
    3. また、「周辺事態法」に基づく米軍の後方支援活動との関係等同法案に基づく政府の対処如何によっては、他国の招来した戦争あるいは紛争にわが国が巻き込まれ、人々の生命・身体・財産に重大な危害を及ぼす事態も危惧されている。
  4. 基本的人権を侵害するおそれ
    1. 有事法制3法案は、「武力攻撃事態」に効率的・効果的に対処するために、憲法の保障する適正手続きを省略して、通信・交通・情報・運送の統制、医師・看護婦・技術者等の人的徴用、私有地・公有地の徴用、物資輸入・製造・販売の統制などを行うことにより、基本的人権の重要部分を侵害するものである。また、保管命令違反に対して6ヶ月以下の懲役等、立入り検査の拒否・妨害等に対して20万円以下の罰金等の刑罰を課している。
    2. 同法案は、憲法の立脚する人権保障原理に抵触し、重大な人権侵害を生じさせるおそれが強く、憲法上重大な疑義が存するといわなければならない。
  5. 地方自治の変容と放送メディアの統制
    1. 「武力攻撃事態」法案では、内閣総理大臣に地方公共団体に対し、事態対処措置を実施するように指示する権限、そして地方公共団体がこれに従わない場合には、内閣総理大臣は、直接自ら又は主務大臣を指揮して、地方公共団体が実施すべき措置を実施することができる権限を付与している。これは地方公共団体の独立性、自主性を否定するものであり、憲法が保障する「地方自治の本旨」に反するとの疑いを強く有するものである。
    2. 「武力攻撃事態」法案は、日本放送協会(NHK)等の放送機関をも指定公共機関とし、国等と相互に協力し、「必要な措置を実施する責務」を負わせ、かつ対策本部長(内閣総理大臣)は対処措置について「総合調整」を行うことができると定める。
      そして、一定の場合に、内閣総理大臣は、指定公共機関の長に対して措置を実施するように指示をなし、同指示が実施されない場合には、内閣総理大臣が直接自ら、又は所掌大臣を指揮して、「指定公共機関が実施すべき対処措置」を実施することができると規定する。
      これは、「武力攻撃事態」を理由として、政府が放送メディアをその統制下に置くものであり、有事において市民に最も必要とされる情報を管理し、国民の知る権利、メディアの権力監視機能、報道の自由を侵害するものであり、国民主権と民主主義の基盤を崩壊させる危険性を有するものである。

以上

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