2003.01.21

簡易裁判所の事物管轄の大幅な拡大に反対する決議

  1. 現在司法改革推進本部司法アクセス検討会では、簡易裁判所の事物管轄の拡大について協議されている。そして、これに関連して、一部では事物管轄の大幅な拡大が提唱されている。しかし、簡易裁判所の事物管轄の拡大は、以下のように簡易裁判所の現状からみて多大な問題を有する。
  2. 簡易裁判所の新受事件数(民事通常訴訟事件)は、平成元年から平成13年までの間に全国で約11万件から約30万件と3倍に増えており、また、民事調停事件の新受事件も、平成8年に約16万件であったのが、平成12年には約31万件に増加している。また、昭和57年の90万円への訴額引き上げ以降、簡易裁判所の事件比率は48.7%から昭和58年度には61.3%へと増加し、平成13年には66.5%と昭和29年以来過去最高の水準まで達している。したがって、現在、地方裁判所と簡易裁判所の役割分担の是正という見地からは、簡易裁判所の事物管轄を拡大する必要性は全く存在しない。
    他方で、簡易裁判所判事の定員は、平成元年以降806名のまま増員されておらず、簡易裁判所の数も昭和62年の法改正により135庁が廃止され、全国で438カ所に減少しており、事件の激増に見合う人的・物的手当はなされていない。今回の司法改革の議論でも,簡易裁判所判事の大幅増員は望めない状況にあると指摘されている。このような状況を前提にして、さらに簡易裁判所の事物管轄の大幅な拡大を図れば、早晩、簡易裁判所の事務処理は破綻することは必至である。
  3. 司法制度改革審議会の意見書は、法曹人口を増加させるにあたり、その質的な担保の面から、司法試験という「点」のみによる選抜ではなく法学教育・司法試験・司法修習を有機的に連携させた「プロセス」としての法曹養成制度を整備すべきであるとして、法曹養成に特化した教育を行うプロフェッショナル・スクールである法科大学院の創設を提起し、2004(平成16)年4月からの開校をめざして現在準備が行われている。
    しかし、簡易裁判所においては、簡易な事件を扱うことから、法曹以外の者も許可を受けて代理人になることができる。そして、現状では簡易裁判所における訴訟事件の72%の事件が金融会社による債権の取立訴訟であり、そのほとんどが訴訟代理権の許可を得た会社の使用人によって訴訟追行がなされており、簡易裁判所はいわば金融機関の取立機関と化している。このような中で、簡易裁判所の事物管轄を大幅に拡大するということは、弁護士が関与しない企業の社員による訴訟追行の拡大を是認することであり、プロセスとしての法曹養成を掲げて訴訟追行する法曹の質を高めようという努力を全く無にしてしまうことになる。
    また、簡易裁判所における訴訟代理権を新たに付与された司法書士についても、訴訟追行業務を前提とした教育・訓練を受けておらず、代理権付与の前提とされた100時間研修が十分に機能するかは、今後の十分な検証を必要とする。
    いずれにしろ、法曹が代理人とならない事を認める簡易裁判所の事物管轄を大幅に拡大することは、法科大学院を設置し、真のプロフェッショナル法曹を養成しようという司法改革の理念に反するものと言わざるを得ず、ひいては国民の人権保障機能を損なう恐れなしとしないのである。
  4. 司法制度改革審議会意見書も「軽微な事件を簡易迅速に解決することを目的とし、国民により身近な簡易裁判所の特質を十分活かし、裁判所へのアクセスを容易にするとの観点から、簡易裁判所の事物管轄については、経済指標の動向等を考慮しつつ、その訴額の上限を引き上げるべきである。」としており、簡易裁判所の基本的性格・役割は維持した上で、前回の昭和57年裁判所法改正以降の経済指標を考慮した訴額の引き上げを求めているに過ぎない。したがって、経済指標の動向及び現在の簡易裁判所の物理的限界の範囲内の小幅なものにとどめるべきであって、司法制度改革の理念に反した事物管轄の大幅な拡大には強く反対するものである。

以上

2003年(平成15年)1月21日
埼玉弁護士会会長  柳 重雄

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