2003.05.02

個人情報保護法案に反対する会長声明

政府は、本年4月8日、個人情報の保護に関する法律案(以下「個人情報保護法案」または「本法案」という)等のいわゆる「個人情報保護関連5法案」を今の通常国会に上程した。しかしながら、当会は、以下に述べる理由から、特に、この個人情報保護法案に断固として反対し、廃案を求める。

  1. 当会は、昨年5月17日、2001年3月に提出された個人情報保護法案(以下「旧法案」という)について、民主主義社会の根幹を支える極めて重要な人権である表現の自由に対する過度な規制であり、その保障を危殆ならしめるものとして、その成立に断固反対する声明を発表した。そして、この旧法案は、その後、昨年12月、廃案に追い込まれたことは、記憶に新しい事柄である。
  2. しかるに、政府は、上述のとおり、この4月8日、再び、個人情報保護法案を国会に提出し、大変遺憾ながら、同法案は、先日4月25日、与党の賛成により、衆院「個人情報の保護に関する特別委員会」を通過した。政府は、本法案につき、表現の自由に配慮して旧法案を修正したという。が、しかし、本法案が旧法案の瑣末な修正に過ぎず、両者が根本的に異なるところがないことは、一目瞭然である。
  3. まず、旧法案と同様に、「個人情報取扱事業者の義務等」の適用除外となる「報道機関」に、出版社や雑誌社が明記されていない(同法案50条1項1号)ことからして、「出版」の自由に対する不当な制約に繋がる意図を腹蔵するものと強く危惧せざるを得ない。
    他方で、旧法案の変更として、同条2項において「報道」を定義し、「不特定かつ多数の者に対する」ものとしたことで、「特定又は少数の者」に事実を知らせる行為が「報道」から除外されていること、さらに,「報道」を「客観的事実を事実として知らせる」行為及びかかる「事実」に基づく意見や見解に限定していることから、種々の情報の集積によりはじめて形成されうる情報に基づく「意見又は見解」などが除外されうる点は、旧法案以上に表現の自由の保障を危殆ならしめるものというべきで、非常に問題である。
    そして、本法案においても、「報道」に該当するか否かが最終的に主務大臣の裁量的判断にゆだねられている点は旧法案と何ら変わりない。これはいわば、本来は「報道」により批評・批判にさらされるべき立場にある者が、本法案により、批評・批判すべき「報道」を選択しうるという構造となっているものであって、まさに「メディア規制法」とでもいうべき、看過し得ない重大な問題点といわなければならない。
  4. 本法案は、基本的に旧法案と全く同じ内容のものであり、それは、あらゆる民間部門を対象として、その「個人情報」の取得、保有及び利用というすべての段階に、刑罰の威嚇を背景とする主務大臣による規制の網をかぶせるものである。これにより、国家権力が民間保有情報をその管理・統制下に置くことを可能とするものといわざるを得ない。
    このような国家権力による民間保有情報の管理・統制は、およそ個人の権利・自由が蹂躙され尽くされた「戦前・戦中」当時のわが国を髣髴させるのである。我々は、先の大戦による悲惨な経験の反省に立ち、基本的人権を「侵すことのできない永久の権利」とする日本国憲法を制定した。このことを、今、改めて確認しなければならない。
    本法案は、半世紀以上にわたって護ってきたこの民主主義社会を、根底から覆すことに途を開くものであって、絶対に容認できないものである。
  5. 他方、政府は、「行政機関保有個人情報保護法案」については、昨年の防衛庁における「情報公開請求者リスト作成事件」により、当該旧法案につき欠落していた罰則を追加したことをもって「修正」としている。しかしながら、それは、違反した当該職員に対する罰則に止まるもので、依然として、「組織ぐるみ」の違反行為を抑止する手立ては何ら用意されていないのである。これを、両罰規定も備わった個人情報保護法案における民間部門に対する広範かつ強力な規制と比較すれば、まさに、戦前・戦中の「官尊民卑」の発想そのものといわざるを得ず、ただただ驚嘆するほかない。問題の多い「住基ネット」の本年8月からの本格的な稼動を目前とした今日、行政機関に対する規制の強化こそが肝要といわなければならない。
  6. 以上のしだいで、当会は、個人情報保護法案に断固反対し、その廃案を強く求めるものである。

以上

2003年(平成15年)5月2日
埼玉弁護士会会長  難波 幸一

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