2003.10.15

教育基本法の改正についての会長声明

  1. 中央教育審議会は、平成13年11月、文部科学大臣による教育基本法の「見直し」を諮問され、審議を継続してきたが、本年3月20日、答申を発表し、「21世紀を切り拓く心豊かでたくましい日本人の育成を目指す観点から、今日極めて重要と考えられる教育の理念や原則を明確にするため、教育基本法を改正することが必要である」と結論づけた。
    答申は、教育の現状と今後の教育の目的を掲げ、その実現のための具体的改正の方向を示すものであるが、教育基本法は、憲法の保障する国民主権、基本的人権の尊重などの理念の基本原則の実現を進め、教育を受ける権利を真に実現するための準憲法的性質を有する法律であるところ、答申は少なくとも以下の根本的な問題点を有することから、埼玉弁護士会は、本答申に従った内容の教育基本法改正には反対の意を表明する。
    1. 答申は、現代日本が抱えている数々の問題点、不登校やいじめ等の現代学校教育現場で生じている問題、青少年による凶悪犯罪の問題等を現教育基本法の下で整備された教育諸制度に帰するものと捉えて改正論を導いている。しかし、そもそも上記諸問題の解決方法として教育基本法の「見直し」が必要であるのかにつき、もっと綿密に議論されなければならない。むしろ、我々にまず必要なのは、憲法や教育基本法の理念に基づく教育が真に実現されてきたのかを問いかけ、その実現に向けた努力の在り方について検討することであり、この点を重視した議論を行うべきである。
    2. 高度情報化の進展と知識社会への移行、グローバル化の進展や科学技術の進歩といった世界的潮流に伍していくために、「21世紀を切り拓く心豊かでたくましい日本人の育成」を目指す観点から教育基本法を改正するとしている点は、教育を国家に有為な人材作りとして行うことを目指すものであり、憲法第13条の保障する「個人の尊重」の理念に反する。
    3. 「社会の形成に主体的に参画する『公共』の精神、道徳心、自律心の涵養」を加えるとしている点は、憲法19条の保障する思想・良心の自由を侵害しかねない。
    4. 「自らの国や地域・文化についての理解を深め、尊重する態度を身につける」ことや「日本人であることの自覚や、郷土や国を愛し、誇りに思う心をはぐくむ」べきことを加えるとしているが、これらは強制されるものではなく、全く「個」の領域であり、憲法19条の思想・良心の自由、20条の信教の自由、21条の表現の自由に抵触するおそれがある。
    5. 「個人の自己実現と個性・能力、創造性の涵養」の理念を新たに規定し、公教育において習熟度別指導や中高一貫教育等の教育体制の整備を検討すべきとしている点は、自己実現の名の下に誤ったエリート教育の振興が図られるおそれがあり、憲法26条の教育の実質的機会均等の理念に反する。
    6. 他方で、男女共学の規定(5条)を削除することを適当とする点は、教育現場におけるジェンダー・バイアスの問題を解消し、男女共同参画社会を実現する観点から問題がある。
  2. 答申は、「この答申を機に、今後、教育改革に関する国民の関心が高まることを期待する。政府におかれては、国民の理解を深めるための取組を更に推進しつつ、本答申を基に、教育基本法の改正と教育振興基本計画の策定を進めていただきたい」と述べている。しかし、現在の改正への取組については上記問 題点があり、現に、各地の市町村議会で議論された結果、平成15年8月初旬 までに少なくとも全国264市町村議会で、教育基本法改正に反対ないしは慎重な対応を求める意見書が可決された。
    政府や国会など関係機関におかれては、答申の上記問題点を解消すべく、十分な検討と議論を重ねるよう、また県議会及び各市町村議会におかれても教育 基本法改正について反対もしくは慎重な対応を求める旨の議決をされるよう、 強く要望する次第である。

以上

2003年(平成15年)10月15日
埼玉弁護士会会長  難波 幸一

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