2005.04.07

名張再審決定会長声明

本年4月5日,名古屋高等裁判所は,再審請求人奥西勝氏の再審請求事件(いわゆる「名張毒ぶどう酒事件」再審請求事件)において,再審を開始し,その死刑執行を停止するとの決定をした。

  1. 当会は,1961年4月からこれまで実に44年もの長きにわたり,死の恐怖に直面しながらも無実を訴え闘い続けてこられた奥西氏に対し,衷心からの敬意を表するものである。併せて,奥西氏のこの不屈の闘いを支えてきた再審弁護団と,1973年に人権擁護委員会に「名張事件委員会」を設置してこの再審事件を支援してきた日本弁護士連合会にも敬意を表するものである。
    この名張毒ぶどう酒事件の審理において,奥西氏は,1964年12月に第1審津地方裁判所の無罪判決を勝ち取ったにもかかわらず,69年9月に名古屋高裁の逆転死刑判決を受け,その後72年6月に最高裁の上告棄却により死刑確定囚となったのである。本決定を受け,私たちは,今改めて,一審無罪判決に対する検察官控訴制度というものの是非につき,真剣に議論する必要がある。
    また,奥西氏の捜査段階における自白につき,本決定が「真犯人であれば当然言及したはずであると思われる事項に関する供述がないことが目立ち,内容的にも動機,準備,実行,事後の行為の全部にわたって不自然,不合理な点が多く,したがって,自白の信用性には重大な疑問がある」と述べた点を看過してはならない。私たちは,無実の人が密室での取調べを受ける過程で虚偽の自白をするということを,1980年代の「免田事件」「財田川事件」「島田事件」「松山事件」という4件もの死刑冤罪事件等を通じてよく知っているはずである。
  2. しかるに,今次の司法制度改革において,虚偽自白の温床といわれる「密室での取調べ」にはまったく手がつけられず,また,勾留制度の改善や「起訴前保釈」の制度化もなされなかったのであり,これらは極めて重大な問題といわねばならない。わが国の刑事司法は,21世紀の今日に至ってもなお,冤罪の根本原因とされる「自白偏重」とそれを支える「人質司法」を温存したままなのである。
    刑事裁判において,「疑わしきは罰せず」の鉄則を守り,処罰よりも誤判による人権蹂躙を防ぐことが最優先とされるべきことを,すべての法曹のみならず広く国民すべてが再確認すべきである。とりわけ,死刑事件において誤判があった場合,死刑という刑罰が取り返しのつかないものであることを,本決定の重みとともに認識を新たにすべきである。
    また,「裁判員制度」が成立し,4年後の施行に向けて準備されようとしている今日,冤罪を防ぐ制度的保障の構築が焦眉の急なのであり,具体的には,「捜査の可視化」や,「代用監獄」の廃止を含めた「人質司法」の廃絶を実現することが不可欠となっているといわねばならない。
  3. 以上より,当会は,検察官に対し,本決定を真摯に受け止め,これに対する異議申立てをせず速やかに再審公判に臨むよう強く求めるとともに,政府・国会に対し,冤罪防止のための捜査制度の抜本的改革と,すべての死刑執行を停止した上,死刑制度のあり方について再検討するよう求めるものである。

2005年4月7日
埼玉弁護士会 会長 田中 重仁

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