2005.06.21

公証人法の改正を求める意見書について

2005年(平成17年)6月21日 埼玉弁護士会

意見の趣旨

執行認諾公正証書が、商工ローン業者、ヤミ金融業者等により、本人の真意に基づかずに作成されるなど濫用的に作成され、不当な強制執行の手段に利用されていることに鑑み、

  1. 教示義務の明定
  2. 利息制限法違反の契約に関する公正証書の作成の禁止、及び、法的に有効に存在する債務額の確認義務
  3. 公証人の個人責任の原則
  4. 公証人の個人責任の原則

を定めた公証人法の抜本的改正を求める。

意見の理由

第1 改正の必要性~公証人制度の本質と被害の実情

  1. 公証人制度の本質
    我が国の公証人制度は、ドイツ法制に倣い1886年(明治19)年8月11日の公証人規則により創設され、1908(明治41)年4月13日現行公証人法が成立しているものである。 公証人制度の目的は、第1に紛争予防にあり、法律行為等につき公正中立の立場で法令違反のチェックを行うとともに、証書を作成することによって権利関係を明確化し、紛争の発生を未然に防止することを目的とする(予防司法作用)。 予防司法は、公証人制度の本質的作用であり、紛争処理とともに、司法制度を支える車の両輪であり、両者が相俟って司法システム全体が有効に機能する。
  2. 被害の実情
    ところで、昨今、商工ローン業者等から金銭の借入、又は、その連帯保証人になったところ、支払を怠ったがために、執行認諾公正証書による給料、預貯金の差押えがなされる事案が多い。 しかしながら、日本弁護士連合会で実施した2004 年3月5日から同年4月30日までの全国の弁護士会を通じた会員対象のアンケート調査によれば、貸金業者の従業員又は手配した司法書士等が代理人となり、本人が公証人役場に出頭していないのみならず、カーボン複写を利用した署名であり、公正証書作成の委任状であるとの認識がない状況で作成されていると指摘するものもある。また、作成時期や送達時期も支払遅滞後ということも多いなど、本人が公正証書を作成したこと、及び、その内容について、全く認識していないといった問題点を有する事案が多い。
    とりわけ、一部貸金業者が同種の執行認諾公正証書の作成嘱託を多量に同一の公証人に持ち込むことを「集団事件」と呼び慣らわされ、これまで、明らかな形式的不備も生じさせるなど、繰り返し問題を起こして国家賠償請求事件が提起されたり、行政通達で改善が指摘されている状況にある。 さらに、執行認諾公正証書による差押え等がなされた時点においては、利息制限法に基づく充当計算を行えば、既に残債務は存在していないなど、執行認諾公正証書が不当に利用されている事案も少なくない。 そして、このような公正証書の悪用は、商工ローン業者に限らず、ヤミ金融業者においても行われており、その改善の必要性は極めて高い。
  3. 執行認諾公正証書に関する以上のような問題点は、民事訴訟法学者らによってすでに20年以上前から繰り返し指摘され続けてきたにもかかわらず、未だに、改善がなされておらず、今や、公正証書は、予防司法作用を果たすどころか、むしろ紛争を誘発していると言っても過言でない状況にあり、一部には「不公正証書」と揶揄する声もあるほどである。 そこで、公正証書が、本人が作成、及び、その内容について正確に認識していない状況で作成されているのみならず、不当な差押えに利用されている被害の現状を改善し、予防司法という公証人制度本来の機能を発揮させるため、制度の根幹に踏み込んだ公証人法の抜本的改正が必要である。
    以下、母法であるドイツの法制と実務を踏まえ、公証人法のあるべき改正について、当会としての意見を述べることとする。

第2 具体的な改正点

  1. 教示義務の明定

    【具体的内容】
    公証人は、嘱託人が不測の損害を被らないように、嘱託人が錯誤や疑問を生じさせないように注意しながら、その意思を探求して、事実関係を明らかにし、嘱託人に嘱託事項の法律上の効果を教示して、当事者の意思表示を明瞭かつ一義的に証書に記載しなければならない。

    【具体的理由】
    ドイツ公証人法においては、公証人に教示義務(証書作成法17条等)が課され、教示義務は公証人制度のマグナカルタであるとされているのに対し、我が国においては、教示義務は法的義務とされていない(通説)。
    しかし、(1)予防司法という公証人制度の本質的作用からすれば、公証人には、単に当事者の意思表示の結果を録取するだけでなく、その意思表示の形成過程にも注意し、錯誤や詐欺脅迫等の疑いがあればこれを除去し、法的知識の不足があればこれを教示するなどして、法秩序に適った適正な法律効果に向けた意思形成を促すことが当然に期待される(予防司法の帰結)。
    そして、(2)公正証書による強制執行が可能とされている根拠となる権利存在の高度な蓋然性、公正性を担保するには、本人に対して公正証書の内容を理解させ、その意思に基づいて作成されていることが不可欠であることは当然である(当事者の手続保障)。
    また、(3)我が国においては、公証人法26条、公証人法施行規則13条により法律行為の適法性を調査する義務が存在するものの、法令違反等の具体的な疑いがある場合に限定されている(判例)。
    しかし、具体的な疑いの存否については、形式的な書面の審査のみならず、当事者に説明を求めることにより判断されていくべきものであるから、公証人に、当事者と議論をしていくことによって「当事者の意思を探求」し、「事実関係を解明」する義務を課す必要がある。

  2. 本人出頭主義の確立、代理人制度の厳格化、及び、公正証書案の事前送付等
    1. 執行認諾公正証書の嘱託人の意思表示は、公証人の面前に出頭してなされることを原則とする。
    2. 例外的に、代理人による場合においては、代理人への委任状は、嘱託人が公証人役場で認証を受けなければならない。但し、代理人が弁護士である場合は除く。
    3. 代理人は、本人と利益が相反しない者に限定し、相手方や相手方の指定する者を代理人とすることを禁止する。
    4. 執行認諾公正証書を作成する場合、公証人は文案を嘱託人に2週間前までに送付しなければならない。
    5. 公証人は、執行認諾公正証書を作成した場合は、嘱託人に速やかに証書の謄本を送達しなければならない。

    【具体的理由】
    仮に、公証人に教示義務を課したとしても、前記のごとく、本人が出頭することなく、貸金業者の従業員又は手配した司法書士等が代理人となり執行認諾公正証書が作成されていることによりトラブルが多発していることからすれば、何ら実効性がないことになる。
    また、カーボン複写を利用して委任状が作成され、本人が認識していないなど委任状の作成経緯に問題もあることからすれば、代理人の資格、権限内容を委任状等から形式的に判断しているだけでは被害防止として不十分である。
    この点、ドイツ公証人法では、消費者契約の場合、消費者の意思表示が消費者本人又は「信頼できる人物」(Vertrauensperson)によって公証人の面前でなされることや法律行為の予定の文言が証書作成の2週間前に消費者に届けられることが定められている(証書作成法17条2a項)。
    そこで、我が国においても、本人が一度は公証人の面前に赴くこととし、執行認諾公正証書の法的意味内容の説明を受けるとともに、事前、事後と、公正証書の内容を十分に理解する機会が手続上、保障されるべきである。なお、現行法では、代理人により公正証書が作成される場合、「証書を作成した日から3日以内に」通知を発することになっているが(公証人法施行規則第13条の2第1項)、同規定は訓示規定とされ、それゆえ、その履行がなされていないケースが多発している。

  3. 利息制限法違反の契約に関する公正証書の作成の禁止、及び、法的に有効に存在する債務額の確認義務

    【具体的内容】

    1. 公証人は、金銭貸借に関する(消費貸借、準消費貸借契約)執行認諾公正証書を作成するにあたり、原契約関係が利息制限法に違反している場合、その作成の嘱託を拒否しなければならない。
    2. 公証人は、執行認諾公正証書を作成する場合または執行文を付与する場合、弁済経過を聴取し、法的に有効に存在する債務額を超過する証書の嘱託を受け又は執行文の付与をしてはならない。

    【具体的理由】
    現在、利息制限法の制限利率を超過する約定のある金銭消費貸借契約においても、利息制限法所定の制限利率による引き直し計算をしないまま公正証書が作成されている。しかし、これでは債務者側からすれば、契約内容が不明確となるばかりか、裁判手続における貸金業規制法43条の適用の判断を回避しつつ当該公正証書を利用した不当な強制執行が行われる結果となる。そもそも、請求異議訴訟で認容され取り消されうる強制執行が可能となること自体が不自然であることは論ずるまでもない。
    そこで、公証人法26条の趣旨を徹底するためにも、原契約が強行法規たる利息制限法に違反する場合、全面的にその公正証書作成の禁止を定めるべきである。
    また、公証人は、執行証書を作成する際、取引経過を聴取し、法的に有効に存在する債務額を超過する証書の嘱託、及び、執行文付与をしてはならないとの定めるべきである。

  4. 公証人の個人責任の原則
    【具体的内容】
    教示義務違反等の公証人に職務上の違反があった場合、公証人の民事上の個人責任を認める。
    【具体的理由】
    公証人に一定の義務を課した場合、その義務の遵守を担保する制度が不可欠である。
    この点、ドイツ公証人法では、教示義務違反等公証人に職務上の違反があった場合には、民事上の損害賠償責任が課されている(連邦公証人法19条)。
    そこで、我が国においても、ドイツに倣い、教示義務等の履行を担保する手段として、公証人の個人責任を問う制度の導入をする必要がある 。
  5. 以上

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