2005.06.21

少年法等「改正」法案に対する会長声明

本年6月14日,閣議決定を経て国会に提出されていた「少年法等の一部を改正する法律案」(以下「本改正法案」という。)に対する審議が開始された。
本改正法案は,(1)触法少年及び虞犯少年に対する警察官の調査権限の付与,(2)少年院送致に関しての下限年齢の撤廃,(3)保護観察の実効性を確保するための措置の導入,そして(4)公的付添人制度の拡充を内容とするものである。
しかし,本改正法案は,下記の通り,上記(4)を除いて,少年の健全な育成を期し,その福祉を図るという少年法の理念に反するものであり,このような少年法の改正を是認することはできない。そこで,当会は,本改正法案について,反対の意見を表明する。

  1. 触法少年及び虞犯少年に対する警察官の調査権限の付与について
    まず,触法少年に対しては,現行法では,警察に調査権限を認めず,警察が触法少年を発見した場合には,児童相談所に通告し,その後,児童相談所が,事情聴取などの調査を行うこととされている。それは,触法少年の多くは複雑な生育歴を有していたり家庭環境に問題を抱えていたりするため,少年の措置に必要な事実の解明には,少年心理の専門家のいる児童相談所による調査が適しているためである。
    これに対して,本改正法案では,警察に対し調査権限を認め,強制処分権限を認めることとされている。
    しかし,警察は,犯罪捜査をその職務とするものである。少年の福祉や心理に関する専門性を有しない警察官による調査では,少年が非行を犯した背景や動機などその複雑な事実を解明することはできない。また,警察が少年や関係者から強引な取調べや誘導的な取調べを行い虚偽の自白をさせるなどした事件は実在し,警察の関与によりかえって事実の解明が阻害されることとなりかねない。
    家庭裁判所は,現行法上,検証,押収,捜索をすることができる。法制審少年法部会において,触法少年の事件で事実が解明されず措置に困ったというような事案は報告されていない。
    このように触法少年について警察に調査権限・強制処分権限を認める必要はなく,かえって事案の解明が阻害されるおそれすらある。
    次に,虞犯事件はそもそも犯罪ではなく,現行法上,警察に捜査権限はなく,虞犯少年を発見した警察は,家庭裁判所への送致や児童相談所への通告ができるに過ぎない。ところが,今回の改正によって警察に調査権限が与えられれば,虞犯の定義があいまいであることから,警察が,上記の送致や通告のための調査の名のもとに,少年や保護者の呼出し,学校等への照会などを広く継続的に行う危険がある。
    このような事態は,本来,虞犯少年について予定されている保護的・福祉的対応を後退させ,警察の子どもに対する監視を強めるものである。
    したがって,触法少年及び虞犯少年に対する調査権限を警察官に付与することには反対である。
  2. 少年院送致に関しての下限年齢の撤廃について
    14歳未満の少年について,現行法上,児童自立支援施設における矯正教育が 予定されているが,本改正法案は,少年院送致を可能とするものである。
    少年院は,閉鎖的施設において集団的規律訓練を中心とする矯正教育を行う施設である。
    しかし,低年齢で重大事件を起こした少年ほど,家庭環境に深刻な問題があるなど複雑な生育歴を有していることが多く,規範を理解して受け入れるところまで育っていないことが多い。そのような少年に必要なのは,良好な家庭環境の確保である。その ため14歳未満の少年に対しては,家庭的環境のもとでの「育て直し」こそが重要なのである。それなしに矯正教育を施しても改善効果を期待することはできない。自分が一人の人間として大切にされる経験をもって初めて,自分の犯した罪と向き合い, 贖罪の気持ちを持つことができる。この目的を達成することができるのは,少年院ではなく,児童自立支援施設である。 本改正法案は,安易に少年に対する厳罰化を図るものであり,年齢の低い非行少年の更生を阻害しかねないものであって,反対である。
  3. 保護観察の実効性を確保するための措置の導入について
    保護観察は,保護観察官や保護司が少年に対し粘り強く働きかけをし,その少年との信頼関係を形成しつつ,少年の改善更生を図るという制度である。しかし,本改正法案は,保護観察の保護処分を受けた少年が,遵守事項に違反し,その程度が重い場合には,家庭裁判所の決定により少年院等に送致することができるとするものである。
    これは,「少年院送致の可能性」という威嚇により遵守事項の遵守を確保しようとするものであり,保護司を遵守事項違反の監視者とし,保護司制度を本質的に変容させるおそれがある。
    また,一度保護観察処分を言い渡した後に,新たな非行事実がないにも関わらず,少年院送致の処分をするというのは,少年を,事実上「二重の危険」にさらすものである。
    したがって,本改正法案のような措置を導入することは,保護観察に悪影響を及ぼ すものであり,反対である。

2005年6月21日
埼玉弁護士会 会長 田中 重仁

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