2005.09.22

布川事件に関する会長声明

昨日,水戸地方裁判所土浦支部は,1967年8月に茨城県利根町布川で当時62歳の男性が殺害され現金が強取されたという事件(いわゆる「布川事件」)で無期懲役刑に処せられた再審請求人櫻井昌司氏及び同杉山卓男氏の各再審請求に対し,再審を開始するとの決定をした。

  1. 当会は,1967年10月の逮捕と1970年の第1審無期懲役判決,そして1978年7月の上告棄却による確定から1996年の仮出獄までの29年もの長きにわたり身柄を拘束され続け,その後なお今日まで38年間にわたり無実を訴え闘い続けてこられた両名の方々に対し,衷心からの敬意を表する。併せて,再審弁護団とこれを支援してきた日本弁護士連合会にも敬意を表する。
  2. そもそも,布川事件確定判決の証拠構造は,物証は皆無で,有罪の根拠は矛盾・変遷が顕著な請求人両名の自白と曖昧な目撃証言しかないという脆弱なものであった。本決定は,この点を適正に分析し,「白鳥・財田川決定」を踏まえ,多数の新証拠とともに総合評価した上で確定判決の証拠価値の判断についての誤りを認めたものであり高く評価できる。
  3. それにつけても,請求人両名の捜査段階における自白につき,本決定が「犯行に至る経緯から逃走状況に至るまであらゆる点で看過し得ない供述変遷が認められ,捜査官の誘導に対する迎合供述ではないかと疑われる点が多数存在する」ことや,「自白によればあってしかるべき客観的裏付けを欠いており,秘密の暴露も見当たらない」ことなどから,「請求人らの自白には,それだけで請求人らが本件犯行の犯人であると合理的な疑いを容れない程度に認めるだけの証明力はないものといわざるを得ない」と判断した点は,確定判決の証拠構造に照らしまことに重大であり看過しえない。
    私たちは,密室での取り調べを受ける過程で,無実の人が虚偽の自白をするということを,1980年代の4件もの死刑冤罪事件などを通じてよく知っているはずである。しかるに,今次の司法制度改革において,虚偽自白の温床といわれる「密室での取調べ」にはまったく手がつけられず,また,勾留制度の改善や「起訴前保釈」の制度化もなされなかったのであり,わが国の刑事司法は,21世紀の今日に至ってもなお,冤罪の根本原因とされる「自白偏重」とそれを支える「人質司法」を温存したままだといわざるを得ないのである。
  4. 本来,刑事裁判において,「疑わしきは罰せず」の鉄則を守り,処罰よりも誤判による人権蹂躙を防ぐことが最優先とされるべきことを,法曹のみならず広く国民すべてが再確認すべきである。特に,「裁判員制度」が成立し,4年後の施行に向けて準備されようとしている今日,冤罪を防ぐ制度的保障の構築が焦眉の急なのであり,具体的には,「捜査の可視化」や,「代用監獄」の廃止を含めた「人質司法」の廃絶を実現することが不可欠となっているといわねばならない。
  5. 以上より,当会は,検察官に対し,本決定を真摯に受け止め,これに対する即時抗告をせず速やかに再審公判に臨むよう強く求めるとともに,政府・国会に対し,冤罪防止のための捜査制度の抜本的改革について再検討するよう求めるものである。

2005年9月22日
埼玉弁護士会会長 田中重仁

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