2005.12.21

「ゲートキーパー立法」に反対する会長声明

政府の「国際組織犯罪等・国際テロ対策推進本部」は、2005年11月17日、FATF(「金融作業部会」:OECD諸国などによる政府間会議)の勧告実施のための法律の整備に関して、法律案の作成は警察庁が行ない、警察庁は、平成18年中に法律案の作成を終え、これを平成19年の通常国会に提出するとともに、これまで金融庁に設置されていたFIU(金融情報機関)を警察庁に移管することを決定した。
上記のFATF勧告は、マネーロンダリング及びテロ資金対策を目的として、金融機関のみならず、弁護士等に対しても、不動産の売買等一定の取引に関して、「疑わしい取引」をFIUに報告する義務を課そうとするものであり、言わば、弁護士等をそうした「疑わしい取引」の監視役、言い換えれば「ゲートキーパー(門番)」にしようとするものである。

この所謂「ゲートキーパー問題」は、テロ資金の監視という当初の目的が拡大されて、犯罪収益一般の問題に発展し、そうした資金であると疑うべき合理的根拠がある場合には、弁護士は依頼者のそうした資金についてFIUに報告する義務を負わせられることになり、弁護士の業務に密接に関係してくる重大な問題に発展してきている。これは、弁護士の守秘義務との関係で、弁護士業務に重要な影響を及ぼすだけでなく、警察庁への報告を義務づけられることで、弁護士や弁護士会の独立のみならず、司法制度全体の行政権力からの独立が危うくされ、日本国憲法の定める三権分立や国民の自由や人権の保障の趣旨が滅却される恐れが大きいと言わざるをえない。

具体的には、弁護士が被疑者・被告人から刑事弁護を依頼されたり、民事訴訟の依頼を受けたりした場合、当該依頼者の関係した行為が単に「疑わしい」というだけで、その真偽がまだ明らかにされていないのにも拘らず、弁護士はそれを「疑わしい取引」としてFIUに報告しなければならなくなる恐れがあり、それは刑事罰によって強制されることとなる。

こうした場合、依頼者は、弁護士がゲートキーパー(門番)として、警察官と同様の国家権力の手先とされていることから、弁護士への信頼を失い、独力で問題を解決するか、弁護士資格を有しない者を頼らざるを得なくなり、国家権力の濫用の防止を使命とする弁護士制度の利用による自らの権利の実現ができなくなることになる。一方弁護士にとっても、その業務に多大な支障をきたすことは明らかである。

つまり弁護士その他の一定の専門職またはその職にあった者には、刑法上も秘密保持の義務が課せられているように、弁護士とその依頼者との間に秘密保持にもとづく信頼関係が必要であることは、弁護士制度の存立の基盤であり、それを否定することは、弁護士制度の否定であり、それは引いては司法制度全体への信頼を失い、司法制度そのものの否定に繋がる。

また警察庁への報告を義務づけられ、その違反について刑事罰の適用を受けることは、弁護士としては、警察権力による直接的な統制や監督を受けることであり、上記のような、国家権力に対抗して、その濫用を監視し、防止するというその本来的な役割を放棄せざるをえないこととなり、それは引いては弁護士会の独立をも危殆に瀕しさせ、更には司法制度全体の行政権力からの独立をも危うくさせることになる。

以上から、こうした事態を引き起こす「ゲートキーパー立法」は、日本国憲法の定める三権分立の趣旨や国民の自由と人権を保障する定めに反する恐れが極めて大きいと言わざるをえない。 
よって、当会は、弁護士に「疑わしい取引」の報告義務を課す「ゲートキーパー立法」に強く反対する。

2005年(平成17年)12月21日
埼玉弁護士会会長 田中重仁

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