2006.02.10

「防衛庁立川宿舎ビラ投函事件」東京高裁判決についての会長声明

  1. この事件は、防衛庁立川宿舎の新聞受けに、自衛官とその家族に向けて「自衛隊のイラク派兵反対」を呼びかける内容のビラを投函したとして、反戦グループメンバー3人が、逮捕(2004年2月27日)・勾留・起訴(同年3月19日)されたという事案である。罪名は住居侵入罪。ちなみに逮捕から保釈まで75日の期間の身柄拘束が伴っている。
  2. 東京地方裁判所八王子支部は、2004年12月16日、「被告人らの宿舎に立ち入った動機は正当なもので、その態様も相当性を逸脱していない。居住者の法益侵害も極めて軽微」としてその可罰的違法性を否定し、更に「被告人らのビラの投函自体は憲法21条1項の保障する政治的表現活動の一態様であり、民主主義社会の根幹を成すものとして、憲法22条1項により保障される営業活動の一類型である商業的宣伝ビラの投函に比べて、優越的地位が認められている。」と憲法判断に踏み込み、「被告人らと同様の態様でなされた商業的宣伝ビラの配布が不問とされ、また、事前の警告などもないままにいきなり検挙して刑事責任を問うことは憲法21条1項の趣旨に照らして疑問の余地なしとしない。」などとして被告人3名を無罪とした。
  3. 検察官は控訴し、2005年12月9日、東京高等裁判所第3刑事部は、原判決を破棄し、被告人3名を罰金刑とした。「表現の自由は尊重されるべきことはそのとおりであるとしても、そのために直ちに他人の権利を侵害してよいことにはならない。何人も、他人が管理する場所に無断で侵入して勝手に自己の政治的意見を発表する権利はない。」として被告人らの行為に違法性を認めたのである。
  4. 高裁判決は、地裁判決が指摘した本件ビラ投函が憲法上保障される政治的表現活動の一態様であることや、政治的表現活動は民主主義社会の根幹であり、商業的表現活動よりも優越的地位にあることなどは度外視して、住居の管理者や居住者の法益を優先して本件ビラ投函を犯罪としたのである。高裁判決が、憲法21条1項の「表現の自由」の一形態である政治的表現活動の自由を制約的に解釈していることは明らかである。
  5. ところで、私たちも、政治的表現活動の自由は、民主主義社会の根幹をなす自由として尊重されなければならないと考える。何故なら、民主主義社会における政治的決定は多数決原理によるので、システムとして少数者が発生することが予定されている。従って、民主主義社会においては、単に、その政治的決定過程への参加の保障だけではなく、決定された事柄についての批判と変革の自由が保障されなければならないことになる。批判と変革の自由が制約される社会を民主主義社会とはいわないからである。こうして、政治的表現活動とりわけ政府批判(政府の正統性は多数者の支持にある)の言論活動は、単に個人の自由の問題にとどまらず、批判と変革要求を受容する民主主義社会の根幹をなす機能が期待されるのである。
    政治的表現活動を犯罪として処罰することは、批判と変革要求の主張を国家が抑圧することを意味し、個人の自由を制約するだけではなく、社会の変革や進歩を押しとどめることにつながるのである。
  6. 当会は、これという表現手段を持たない市民のビラ投函活動を犯罪とした高裁判決に対し、前項で述べたとおり憲法21条1項の「表現の自由」の一形態である政治的表現活動の民主主義社会における重要な役割を尊重する立場から、憂慮の念を表明する。合わせて、最高裁判所に対して、憲法の趣旨に従い、賢慮をもって本件を無罪とするよう要請する 。

2006年(平成18年)2月10日
埼玉弁護士会会長 田中重仁

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