2007.05.18

「被害者」の刑事手続参加制度に関する会長声明

  1. 政府は、本年3月13日、犯罪被害者の刑事手続参加制度の新設を含む「犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」(以下「法案」という)を閣議決定し、国会に上程した。この法案で予定されている制度は、裁判員裁判の対象事件や業務上過失致死傷等の事件について、裁判所に申し出た被害者やその遺族(以下「被害者等」という)に対して、公判への出席、情状に関する事項についての証人に対する尋問、自ら被告人に対して行う質問、証拠調べ終了後の求刑を含む弁論としての意見陳述を認めるとするものである。
  2. 被害者等の支援について、日本弁護士連合会は、犯罪被害者等補償法の制定及び公費による被害者等の弁護士選任制度の早期導入の必要性を表明するなどして積極的に取り組んでおり、当会もその重要性は十分認識しているところである。しかし、被害者等の刑事手続きへの参加としては、既に2001(平成13)年11月より被害者等の意見陳述制度が実施されているが、これに加えてさらに上記のような参加を認めると、被害者等の感情がより直接的な形で刑事裁判の場に持ち込まれることになり、冷静かつ合理的に審理を尽くすべき刑事裁判に与える打撃は計り知れないものがある。とりわけ、2009(平成21)年5月までに実施予定とされている裁判員裁判における裁判員の事実認定及び量刑判断に対する影響が強く懸念されるところである。
  3. そもそも、近代刑事司法は、仇討ちやリンチによる際限のない憎悪の連鎖を断つべく、国家が刑罰権を独占し、個人的な利害関係を持たない裁判官の指揮する公判において、公益の代表者とされる検察官と被告人の法的擁護者である弁護人とが冷静かつ合理的に攻撃・防御を尽くすことによって、公平な事実認定・量刑判断を全うすることを根本原理とするものである。これは、「生の感情」をできるだけ刑事裁判の場に持ち込まないことで、可能な限り冷静な判断を担保しようとする近代国家における理性の所産である。
    そして何より、本法案の参加制度は、有罪判決の確定前に被告人を犯罪者として取り扱うものであり、刑事裁判の鉄則である「無罪推定」の原則に根本的に抵触するばかりか、我が国の当事者主義訴訟構造において、強大な捜査権を有する検察官のみならず、さらに被害者等との対峙を余儀なくされる被告人の防御に困難を来たすことになることが明らかである。
  4. 被害者等の救済は、損害賠償等の民事的救済だけでなく、その他の経済的な支援や精神的なケアを含めた幅広いものでなければならないが、それは本来、政治部門(政府・国会)の責任に属する事柄である。しかしこれまでの政府・国会の被害者等救済策としては、人の生命又は身体を害する罪に当たる行為による死亡・重障害のみを対象とし、過失の場合を全く除外する限定的な「犯罪被害者等給付金制度」があるだけで、特に精神面に対する救済策は皆無に等しいのが現状である。このような現状に鑑みると、今回の法案は、被害者等の救済に対する政府・国会の怠慢を覆い隠すべく、上記の諸策を理念・目的の違う刑事司法の分野に投入するものとの疑いさえ強い。
  5. 以上から、当会は、政府・国会に対し、この法案を廃案にするとともに、直ちに、犯罪被害者等への補償制度の大幅な拡充と精神面に対する救済策を含めた諸方策を策定し実施することを求める 。

以上

2007年(平成19年)5月18日
埼玉弁護士会 会長  小川 修

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