2008.05.14

消費者行政の充実と一元化を求める意見書

第1 意見の趣旨

国及び地方公共団体の消費者行政の抜本的な拡充・強化を図るため,国の消費者行政を一元化するとともに,消費者の権利の実現と地方消費者行政の充実について責任をもって推進する新組織として,以下の機能・権限を有する消費者行政新機関(以下「新機関」という)を創設すべきである。

  1. 国及び地方公共団体の消費者相談・苦情処理機能の拡充
    消費者からの被害相談を総合的に受け付け,苦情処理,原因究明及び紛争解決機能を有する相談窓口を拡充・強化するため,1.国に総合的な消費者相談窓口及び原因究明機関を整備するとともに,2.地方公共団体の消費生活センターの設置及び拡充,消費生活相談員の配置及び専門性の向上,研修及び情報活用の支援等について法整備及び財政措置を講ずること。
  2. 消費者被害情報の集約,分析,公表機能
    消費者から寄せられる相談情報のほか,1.各省庁や関係機関が事業者等から収集する製品事故情報その他の消費者被害関連情報を新組織が集約・共有すること,2.事業者の従業員による公益通報に関し新組織が総合的な行政機関公益通報窓口となること,3.集約した消費者被害情報を専門的に調査・分析し被害拡大防止のため公表できること。
  3. 事業者規制に関する権限
    消費者被害の拡大防止に必要な場合,1.新組織から事業者規制権限を有する関係各省庁に対し規制権限発動の勧告権限を有することや,2.勧告に応じないとき又は緊急性があるときは補完的に新組織自ら事業者規制権限を行使できることはもちろん,3.消費者被害が多発する分野で事後規制権限を中心とする法律や横断的な規制権限を定める法律については新組織に所轄権限自体を移管し,それに必要な人員を確保すること。
  4. 消費者政策の企画・立案・推進に関する権限
    現行法制度が不備な場合,1.新組織から関係省庁に対し法制度の改正措置の立案・推進を勧告できる権限を有すること,2.所轄省庁が不存在または不明確な場合は新組織が自ら企画・立案・推進する権限を有すること。
  5. 違法収益剥奪・被害回復に関する権限
    新組織が違法収益の保全及び剥奪の申立並びに被害者への配分手続に関する法制度を整備すること。
  6. 消費者の参加・支援
    新組織の政策決定や法施行に対し消費者・消費者団体の参加と監視を制度的に保障すること,消費者から新組織に対する措置請求権を付与すること,新組織から消費者・消費者団体に対し情報提供・消費者教育の機能を有すること。

第2 意見の理由

  1. はじめに
    わが国では,相次ぐ食品偽装表示事件,C型肝炎被害等の薬害事件,住宅の耐震構造偽装事件,重大製品事故の繰り返し,各種の投資取引被害,悪質商法被害,クレジット被害,多重債務・ヤミ金融被害など,今日でも消費者被害が多発・増加している。全国各地の消費生活センターに寄せられる苦情相談件数は,1996年度は約35万件であったものが,2006年度は約110万件にも上っている。
    こうした消費者被害の実情に照らせば,わが国の消費者行政の体制・機能が極めて不十分なまま推移したことが明らかである。
    2007年10月,福田康夫総理大臣は,就任直後の所信表明において,「生産第一という思考から国民の安全・安心を重視し,真に消費者や生活者の視点に立った行政に発想を転換し消費者保護のための行政機能の強化に取り組む」と述べ,2008年1月18日の第169回国会での施政方針演説では,「各省庁縦割りになっている消費者行政を統一的・一元的に推進するための強い権限を持つ新組織を発足させ,併せて消費者行政担当大臣を常設する。新組織は国民の意見や苦情の窓口となり,政策に直結させ,消費者を主役とする政府の舵取り役になるものとする」旨表明した。
    当会は,消費者被害の防止・救済に実効性ある消費者行政を実現するため,現状とその問題点を抜本的に改革することを求めるものである。
  2. 消費者被害の現状と消費者行政の問題点
    1. 消費者被害の現状
      繰り返される消費者被害事例を通じて,現状の消費者行政の体制や制度の不備が浮き彫りになる。
      1. 被害情報の集約が不備な事案
        ガス機器一酸化炭素中毒事故やシュレッダー指切断事故においては,縦割り行政の中で製品事故や被害の情報が分散しているため,消費者保護の観点から情報を集約検討したり,国民に速やかに情報を提供するシステムがなく,同種被害が繰り返されてきた。
      2. 権限があっても行使されない事案
        外国語学校NOVA事件や和牛預託商法被害においては,被害が続発しており,かつ調査・規制権限を付与された省庁があるのに,これを迅速・適切に行使しないために被害が拡大した。これは,産業育成省庁が消費者行政も兼務しているため,消費者保護より産業の保護育成を優先させがちとなる弊害だといえる。
      3. 縦割り法制度のすきまの事案
        豊田商事事件・ロコロンドン金取引・未公開株取引などの投資被害事件においては,縦割利の法制度の中でこれを直接的に規制する法令がなかったり所轄官庁が明確でないため,その間隙を縫うようにして新たな手口を編み出され,法制度の措置が遅れたまま被害が拡大した。これは,消費者保護の観点で総合的な対策を企画・立案する責任官庁がないことが原因といえる。
      4. 複数省庁にわたる総合的な施策が不十分な事案
        多重債務問題においては,ヤミ金融対策は警察庁,貸金業規制法は金融庁,割賦販売法は経済産業省,社会福祉並びに雇用問題は厚生労働省というように,所轄省庁が多岐にわたって分断されている結果,政府として多重債務問題対策のための統一的・総合的な施策を講じて来なかった経緯がある。これも,縦割り消費者行政の弊害である。
      5. 被害救済スキームの欠如
        悪質商法被害においては,行政規制権限の発動によって違法な事業活動を中止させるにとどまるため,事業者が違法収益を得ていることを把握しても,これを保全して被害者に還付する被害救済のスキームがない。そのため,多くの被害者が泣き寝入りを強いられている。
    2. 消費者行政機構の問題点
      現在の消費者行政機構は,産業育成を主務とする各省庁が業界の健全化のために監督する構造であるため,消費者被害の種類によっては,縦割り省庁と細分化された業法の狭間で,直接的な規制法がない分野が生じがちである。
      また,ある省庁に規制権限が付与されている場合でも,消費者被害の防止よりも企業の被る損失や企業活動への悪影響を過度に配慮し,規制権限を適切に行使しない事態が消費者被害を深刻にしてきた。
      さらに,複数の省庁にわたる問題の場合には,各省庁が協力して総合的な対策の企画・立案が必要となるが,総合的な調整権限を発揮する機関がないため迅速な対応ができず,問題が深刻化してきた。
      なお,現行法上,消費者政策の企画・立案は,内閣府が担当しているものの,分担管理事務(内閣府設置法4条3項36号)とされており,各省庁と同列でしかないことから,関係省庁を強力にリードして対策を立案・推進することはできない。これに対して,内閣補助事務(同法3条1項,4条1項・2項)に当たる事項であれば,特命担当大臣が関係行政機関の長に対し資料提出・説明要求・勧告・勧告に基づく措置の報告要求・勧告事項に関する内閣総理大臣への意見具申などの権限が付与されている(同法12条)が,消費者問題のなかで内閣補助義務と位置付けられているのは,「食品の安全性の確保を図るための環境の総合的な整備に関する事項」(同法4条1項16号)「食育の推進を図るための基本的な施策に関する事項」(同項17号)などに限られている。さらに,そもそも消費者問題について特命担当大臣を置くかどうかは,任意的とされている(同法9条~11条)。
    3. 消費者行政新組織が有すべき機能・権限
      新たな消費者行政新組織の構成や既存省庁との関係については,消費者庁(省)案,独立行政委員会案,消費者オンブズマン構想など様々な議論があるが,ここでは組織構成の面からではなく,新組織が保有すべき機能・権限を提言する。
      1. 国と地方公共団体が総合的な相談窓口,苦情処理,紛争解決機能を有すること
        • 総合的相談窓口・紛争解決機能
          消費者被害を引き起こす違法な事業活動を発見し,被害救済や防止の問題点を把握するには,消費者からの苦情相談を総合的に受け付け,事業者とのあっせん交渉を含む苦情の処理を行うことが不可欠である。また,相談窓口でのあっせん処理によっては解決困難な事案や複雑難解な事案については,苦情処理委員会(行政型ADR)を活用して公正な解決を図ることにより,高度の紛争解決機能を発揮することが求められる。
        • 地方消費者行政と国の連携
          消費者から寄せられる苦情相談件数(パイオネット情報)は年間100万件を超えるところ,その大半は地方公共団体の消費生活センターが受け付けている。そこで,新組織において直接相談処理を行いつつ,地方の消費生活センターとの情報共有,相互活用,相談処理の支援を充実することが重要である。 ところが,地方消費者行政の現状は,予算や人員が大幅に削減されており,相談員の配置や待遇や研修などが手当てできないため,苦情処理機能が十分に発揮できない実情にある。
          そこで,住民に身近な市区町村にも常設的な消費生活センターを配置し,専門性を有する相談員の配置を確保し,都道府県の消費生活センターとの連携を強化するため,法律によって人員確保や地位や権限の明確化を図る必要がある。また,これにともなう予算の確保についても,国が適切な措置を講ずべきである。
          また,消費生活相談員及び消費者行政職員の専門性向上についても,国が研修制度の整備等を行うべきである。
      2. 消費者被害情報の収集,分析,公表機能
        • 製品事故,取引被害等の一元的集約
          消費者被害情報は,消費者から寄せられる苦情相談だけでなく,重大製品事故に関する事業者からの情報や各種リコール情報など,事情者からの報告や他の行政機関の情報を一元的に集約・共有することが,被害拡大防止策の迅速な検討,事業者に対する適切な指導を行うために重要である。
        • 公益通報の総合的受付機能
          近年の食品偽装事件やリコール隠し事件など,従業員による公益通報が問題発見の契機となる例が少なくない。しかし,許認可権限を有する行政機関に対する通報(公益通報者保護法3条2号)では,所轄行政機関が縦割りのため対応に遅れが生じるケースや,迅速な事業者指導に結びつかないケースが現にある。そこで,新組織は,総合的な行政機関公益通報の窓口として位置づけ,通報者の立場を保護しつつ関係行政機関に対し迅速な対応策を講ずるよう要請することが期待される。
        • 商品テスト・原因究明機能
          製品事故の救済や再発防止は,公正な商品テスト機関による原因究明が不可欠である。また,製品の表示が実際の品質・効能と一致しているかどうかは,製品の比較テストを通じて検証することが不可欠であり,これによって不当表示の発見に結びつくことが少なくない。そこで,必要な商品テスト機器を整備して,自ら商品比較テスト機能及び原因究明機能を保有,及び,他の商品テスト機関の利用を要請して必要な原因究明機能を果たすことができるようにした連携を図る必要がある。
        • 被害拡大防止のための公表権限
          自らの消費者被害情報や地方消費生活センターに寄せられた大量の相談情報を分析して,被害拡大防止に結びつけることが重要であり,必要と認めるときは事業者名・商品名等の公表する権限を有することが必要である。
      3. 事業者規制権限の活用
        • 監督官庁に対し規制権限行使を促す勧告権限
          現在は,許認可権限や行政規制権限を有する監督官庁がその分野の事業者に対して監督規制権限を行使することが基本であり,内閣府には何らの規制権限も付与されていない。これについては,各種事業者規制権限を広範に新組織に付与することも検討に値するが,行政組織全体に関わる問題である。そこで,新組織の基本的な権限としては,少なくとも各分野の監督官庁に対し規制権限の行使を促す勧告権限を保有することが必要である。
        • 事業者に対する直接的な規制権限
          新組織から監督官庁に対する権限行使を勧告しても行使されない場合,被害拡大の緊急性や重大性がある場合,所轄省庁が明らかでない場合には,新組織が自ら事業者に対し報告徴収・立入調査・業務停止等の規制権限を行使できることが必要である。
          さらに重要なことは,訪問販売被害,多重債務被害,重大製品事故など,消費者被害が多発する分野で事後規制権限を中心とする法律(例えば,特定商取引法,貸金業法,消費生活用製品安全法など)や,横断的な規制権限や民事的救済を定める法律(個人情報保護法,消費者契約法,景品表示法など)については,新組織に所轄権限自体を移管し,それに必要な人員を確保することが不可欠である。
      4. 総合的な消費者政策の企画・立案・推進・勧告
        現在は,不定期開催の消費者政策会議が,総合的な消費者政策を決定・推進するものとされているが(消費者基本法27条2項),その企画立案や推進の実務を担うはずの内閣府には十分な情報と人的体制がない。また,内閣府は,消費者政策の企画立案推進について所掌しているが,特命担当大臣から関係行政機関に対する広範囲な勧告権限は存在しない(同法12条2項)。
        そこで,消費者問題の責任官庁となる新行政組織が,一定の人員と権限を確保したうえで,必要な施策の企画,立案,推進の役割を果たすことが必要である。そして,各分野の政策の立案・推進について,新組織から関係行政機関に対し勧告する権限を付与することが必要不可欠である。
      5. 違法収益吐き出しと被害者への分配の機能・権限
        消費者被害は金銭的損害が少額であっても多数の被害者が存在するため,積み重なれば事業者が違法な活動により得た収益が莫大となる場合が少なくない。他方,個々の消費者が被害回復のため,損害賠償等請求の訴訟を提起しようとしても,十分な証拠の収集が困難な場合が多いし,時間がかかったり費用倒れになるといった訴訟経済上の理由から多くの消費者が泣き寝入りして,結局は違法収益が事業者の手元に残ることとなる。また,行政庁が違法行為を繰り返す事業者に対し行政処分を行うことがあっても,それが被害救済に結びつかず,多くの消費者被害者が放置されたままであるのが現状である。
        2007(平成19)年12月の組織犯罪処罰法一部改正法等により,犯罪被害財産について一定の場合には被告人に対する没収・追徴の有罪判決が確定した後に検察官が一定の範囲の被害者に対し被害回復給付金として支給をする制度が導入されたが,犯罪被害財産の没収等の有罪判決は付加刑であるため,刑事手続として厳格な手続に基づくことが前提となる上,犯罪事実にかかる被害額の範囲内でしか没収等ができないという制約があり,必ずしも十分な被害救済を保障する制度ではない。少額・多数という特質をもつ消費者被害の救済を実行あらしめるためには,より柔軟な手続(例えば立証の程度は証拠の優越まで軽減されている)が必要不可欠である。
        そのためには,新組織に対し,事業者からの報告徴収権限,事業者への立入調査権限や第三者に対する回答義務を伴う照会権限など証拠収集のため権限を与え,これらの権限を駆使して得た資料や調査結果等に基づき,?行政手続による違法収益吐き出しと被害者への分配制度(課徴金を原資として被害者に被害回復給付など),?民事手続による違法収益吐き出しと被害者への分配制度(新組織が,裁判所に申立てをして捜索差押えの許可や違法な事業活動の停止命令,資産の凍結命令,凍結した資産を換価して被害者へ分配する許可を得て,消費者被害者への配当原資を確保した上で,被害を受けた消費者全体のために事業者に対する損害賠償請求訴訟を提起し,勝訴判決に基づく損害賠償金を被害者に分配することができる制度など)を導入しなければならない。
        こうした制度は,2007(平成19)年7月12日の消費者の紛争解決及び救済に関するOECD理事会においても加盟国に対し導入するよう求められているところであるし,既にアメリカでは,連邦公正取引委員会(FTC)や州の司法長官府による上記2.と類似の制度が実施されており,外国の消費者も含めた被害救済に大きな成果を上げているところである。
    4. 消費者・消費者団体への支援,消費者の参加
      • 消費者啓発・教育
        消費者被害を防止するためには,消費者・消費者団体に対する体系的な啓発・教育が重要である。これについても,各分野ごとに進めるのでなく,新組織が総合的・統一的に推進する体制が求められる。
      • 消費者団体に対する情報提供・支援
        消費者団体訴訟制度を行使する適格消費者団体に対する被害情報の積極的提供と,消費者団体全般に対する活動の支援制度が求められる。
      • 消費者の参加
        新組織の施策決定の審議に関して消費者の参加を制度的に保障することと,新組織の権限行使に関する消費者の措置請求権を定めることが必要である。
      • 消費者訴訟支援
        消費者訴訟では,訴訟を提起すること自体また,提起したあとでも立証困難な状態が少なくない。新組織のもつ被害データ等を提供するなど,消費者訴訟を支援する必要がある。
      • 消費者から照会があった際の情報提供
        さらに,消費者が,訴訟を提起する場合に限らず,日常生活において新組織のもつ被害データ等を知りたいと思ったときに消費庁に照会をして広く情報が提供されることも必要である。

以上

2008年(平成20年)5月14日
埼玉弁護士会 会長  海老原 夕美

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