2008.05.24

日本国憲法の平和主義を堅持することを求める決議

2008年(平成20年)5月24日 埼玉弁護士会

  1. 日本国憲法の制定から60年余が経過した。この憲法の基本理念は以下の点にあると理解される。
    1. 憲法は、すべての人々が個人として尊重されるために、最高法規として国家権力を制限し、人権保障をはかるという立憲主義の理念を基盤として成立すべきこと(立憲主義)
    2. 憲法は、主権が国民に存することを宣言し、人権が保障されることを中心的な原理とすべきこと(国民主権・基本的人権の尊重)
    3. 憲法は、戦争が最大の人権侵害であることに照らし、非軍事平和主義を堅  持すること(平和主義)
      こうした基本理念をもつ憲法の存在が、戦後日本が復興・発展するうえでの社会的な原動力となったことは疑いない。
  2. しかし、ここ数年、政党、新聞社、財界などからは憲法改正に向けた意見や草案が発表され、2007年5月には、憲法改正に関する手続法(国民投票法)も制定されるに至っている。
    改憲論議のなかには、憲法を権力制限規範にとどめず国民の行為規範としようとするもの、憲法改正の発議要件の緩和や国民投票を不要とするもの、国民の責任や義務の自覚あるいは公益や公の秩序への協力を憲法に明記し強調しようとするもの、自衛隊を憲法上自衛軍として明記し海外派兵を想定するものなどがあり、これらは日本国憲法の基本理念を後退させることにつながるものである。
  3. 憲法9条は、この国が15年にわたるアジア太平洋戦争において、アジアの民衆2000万人以上、日本国民310万人以上を犠牲にした歴史的事実を踏まえ、戦争のみならず武力の行使又は武力による威嚇をも放棄し(1項)、さらには、陸海空軍その他の戦力を保持せず、国の交戦権を否認する(2項)という徹底した非軍事平和主義を志向するものである。
    そして、この非軍事平和主義の規範は、武力の行使又は武力による威嚇を原則として禁止した国連憲章をさらに推し進めたものとして、世界に誇り得る先駆的意義を有するとともに、この間、無数の罪なき市民を犠牲にした米国主導の「アフガニスタン戦争」「イラク戦争」の惨禍を直視するならば、非軍事的手段により国際平和を構築することの現代的意義が改めて確認されなければならない。
    しかるに、憲法9条2項を改定して、自衛隊を正式な自衛軍として憲法に明記し、武力行使を容認する方向に現在の枠組みを大きく変容させることになれば、こうした非軍事平和主義の理念やその先駆的・現代的意義は水泡に帰することになる。
  4. よって、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする当会は、憲法改正をめぐる議論において、日本国憲法の基本理念が尊重され、憲法9条2項の非軍事平和主義の規範が堅持されることを求めるものであり、21世紀を「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利」が保障される平和と人権の世紀とするために弁護士会としての諸活動に取り組む決意である。

提案理由

  1. 日本国憲法の基本理念
    1946年の日本国憲法制定から60年余が経過した。日本国憲法の存在が、戦後日本が民主的に復興発展するうえでの社会的な原動力となったことは疑いない事実であり、憲法は市民のなかに確実に定着している。
    そして、日本国憲法の基本理念は以下の点にあると理解される。
    1. 憲法は、すべての人々が個人として尊重されるために、最高法規として国  家権力を制限し、人権保障をはかるという立憲主義の理念を基盤として成  立すべきこと(立憲主義)
    2. 憲法は、主権が国民に存することを宣言し、人権が保障されることを中心 的な原理とすべきこと(国民主権・基本的人権の尊重)
    3. 憲法は、戦争が最大の人権侵害であることに照らし、非軍事平和主義を堅  持すること(平和主義)。
  2. 今日の改憲論
    ところが、ここ数年、政党、新聞社、財界などからは憲法改正に向けた意見や草案が発表され、2007年5月には、憲法改正に関する手続法(国民投票法)が制定され、同時に国会法の改正により国会に改憲原案を審理する憲法審査会の設置することが予定されている。
    しかし、こうした改憲論議のなかには、憲法を権力制限規範にとどめず国民の行為規範としようとするもの、憲法改正の発議要件緩和や国民投票を不要とするもの、国民の責任や義務の自覚あるいは「公益」や「公の秩序」への協力を憲法に明記し強調しようとするもの、自衛隊を憲法上自衛軍として明記し海外派兵を想定するものなどがあり、これらはいずれも日本国憲法の基本理念を後退させることにつながるものである。
  3. 憲法9条2項「改正」の問題点
    とりわけ、憲法9条2項を「改正」して自衛隊の海外派兵を可能にする憲法 改正には、重大な危惧を抱かざるを得ない。その理由は以下のとおりである。
    1. 憲法9条の歴史的意義
      そもそも、憲法9条は、1931年の満州事変から日中戦争、そして太平洋戦争に至る15年間の戦争において、日本がアジア諸国を侵略し、アジアの民衆2000万人以上、日本国民310万人以上を犠牲にしたことによる歴史の反省という側面を持つ。
      日本は、中国を侵略し中国各地で日本軍は住民に対する略奪、殺人、強姦、放火など残虐行為を繰り返してきた。その象徴がいわゆる南京大虐殺や「従軍慰安婦」問題である。そして、日本軍は中国侵略のいきずまりを打開するためにさらに東南アジアへの侵略を強行し、その結果、米国・英国とも対立し太平洋戦争に突入して多大な戦争犠牲者を出すにいたった。日本国民も沖縄地上戦、東京大空襲、広島・長崎への原爆投下など忘れることのできない戦争の惨禍を経験した。
      憲法制定当時の国際社会には、侵略戦争を行った日本の戦争責任を追及する国際世論が存在し、憲法9条はこの侵略戦争に対する歴史の反省を体現するものである。
    2. 憲法9条の先駆的・現代的意義
      また、憲法9条は、上述のとおり、この国が15年にわたるアジア太平洋戦争において、甚大極まりない数のアジアの民衆や日本国民を犠牲にした歴史的事実を踏まえ、戦争のみならず武力の行使又は武力による威嚇をも放棄し(1項)、さらには、陸海空軍のその他の戦力を保持せず、国の交戦権を否認する(2項)という徹底した非軍事平和主義を志向するものである。
      そして、この非軍事平和主義の規範は、武力の行使又は武力による威嚇を原則として禁止した国連憲章をさらに推し進めた戦争を廃止するための規範であり、武力によらない国際平和を構築する指針として世界に誇りうる先駆的意義を有するものである。それは、国と国とが外交関係、経済関係及び信頼関係を築き、互いに侵攻しない関係を構築することによって、自国の平和と安全を維持しようとするもので、国際紛争に対しては、政府間の平和的・外交的努力でこれを解決するという考え方である。
      そして、軍事力による安全保障の考えのもと、無数の罪なき市民を犠牲にした米国主導の「アフガニスタン戦争」や「イラク戦争」の惨禍を直視するならば、非軍事的手段により国際平和を構築することの現代的意義が改めて確認されなければならない。
    3. 憲法9条2項「改正」の問題点
      憲法9条2項を「改正」して、自衛隊の海外での武力行使を認めることになれば、上記のような日本国憲法の歴史的意義、先駆的・現代的意義は水泡に帰することが明らかである。
      今日、憲法9条2項は、日本が「戦争をする国」にならないための歯止めの役割を果たしている。日本が米国に対して従属的といわざる得ない現在の日米関係や、現に進行する米軍再編の下では、憲法9条2項が「改正」され自衛隊を憲法上「自衛軍」として位置づけるならば、自衛隊は在日米軍と一体化して米国の軍事力を補完する役割を担わされることが強く危惧される。それは、武力行使を徹底して禁ずる現在の枠組みを武力行使を容認する方向に大きく変容させることとなるのである。
      米国のイラク戦争はまさに国連憲章違反の大義なき戦争であった。米軍は、イラクが大量破壊兵器を保持しているとの口実のもと、イラクに対して先制攻撃を仕掛け、ハイテク兵器による空爆で劣化ウラン弾、クラスター爆弾などの極めて残虐な爆弾を投下し、武装勢力の掃討作戦と称してイラク住民を無差別に虐殺してきた。そのような米国の戦争に、憲法9条2項を改定して自衛隊を自衛軍として参戦することは、日本の市民はもちろん平和を愛する世界の諸国民が望むところではないはずである。
    4. 名古屋高裁判決
      本年4月17日、名古屋高等裁判所は、「自衛隊イラク派兵差止訴訟」判決において、航空自衛隊のイラクにおける武装兵員の空輸活動が憲法9条1項に違反するとの判断を示した。この判決は、自衛隊の海外での後方支援活動が「武力の行使」にあたる場合のあることを認めたものであり、このことは、憲法9条が自衛隊の海外での武力行使の制約としていまなお有効に機能していることを示すものである。
  4. まとめ
    よって、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする当会は、憲法改正をめぐる議論において、日本国憲法の基本理念が尊重され、憲法9条2項の非軍事平和主義の規範が堅持されることを強く求めるものである。そのうえで、21世紀を「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利」が保障される平和と人権の世紀とするために弁護士会としての諸活動に取り組む決意である。

以上

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