2008.08.11

布川事件の特別抗告に対する会長声明

1967年8月に茨城県北相馬郡利根町布川で発生した強盗殺人事件(「布川事件」)の確定判決に対する再審請求事件において,先般,東京高等検察庁は,東京高等裁判所の本年7月14日付け即時抗告棄却決定に対し特別抗告をしたが,当会は,これに強く抗議する。

  1. 再審請求人櫻井昌司及び同杉山卓男の両氏は,捜査段階で犯行を「自白」して起訴され,第一審公判開始後一転して無実を訴え続けたものの,原審水戸地裁土浦支部で無期懲役刑の判決を受け,1973年12月の控訴棄却に続く1978年7月の上告棄却決定により受刑に至った。しかしながら,両氏は,その後1983年に第1次再審請求を行い,これが棄却された後さらに2001年に第二次再審請求を行った結果,水戸地裁土浦支部は2005年9月に再審開始を決定し,これに対し水戸地検が即時抗告した。
  2. 東京高等裁判所の上記棄却決定は,最高裁の「白鳥・財田川決定」を踏まえ,再審請求後に提出された新証拠と,確定審で取調べられた旧証拠とを総合評価し,確定判決の有罪認定の根拠となった目撃証拠群はいずれも信用性に重大な疑問が生じるか犯人性の状況証拠となり得ないものとした上,唯一の直接証拠である再審請求人両氏の自白はその信用性を否定すべきとして再審開始決定を支持したのである。
    特に,請求人両氏が,事件発生後程ない10月10日と16日の各別件逮捕に続く代用監獄での勾留において自白した後,本来の勾留施設である土浦拘置支所移監後の11月13日ころまでに自白を撤回し,検察官面前の否認調書が作成されたにもかかわらず,12月1日に至ってさらに代用監獄に再移監され再び自白に転じた点について,「虚偽自白を誘発しやすい状況に請求人らを置いたという意味で,請求人らの警察署への再移監には大きな問題があったというべきである」と指摘したが,これは,捜査権力がその手元に被疑者・被告人の身柄を拘束することによる虚偽自白・冤罪発生の危険性を改めて強く認識させるものである。
    また,請求人両氏の「自白録音テープ」について,その一部に「編集痕」を認めるとともに,「取調べの全過程にわたって行われたものではない」こと等から「そのような録音テープが存在するというだけで,請求人らの供述の信用性が強まるものとは思われない」とした点は,捜査手法に対する厳しい批判であるとともに,虚偽自白の防止には「取調べの全過程の可視化」が不可欠であることを改めて示すものである。
  3. しかるに,今次の司法制度改革において,虚偽自白の根本原因である「代用監獄」や「人質司法」には何らの制度変革もなされておらず,「取調べの可視化」についても捜査側は裁判員裁判を睨んで取調べの一部録画に応じるにとどまっており,これらは極めて重大な問題である。捜査側に広く捜査手法全体を含めて厳しい反省を迫ったといえる上記棄却決定を真摯に受け止めるならば,「人質司法」の廃絶や「代用監獄」の廃止,「取調べの全過程の録音・録画」などを視野に入れた抜本的改善へと繋がらねばならないはずである。

    そもそも近代刑事司法の理念は,決して治安・体制の維持にあるのではなく,無辜の処罰という最も過酷な人権蹂躙を防ぐことにあるのであって,裁判員制度が来年5月に施行予定とされている今日,改めて,法曹のみならず広く市民すべてがこのことを再確認すべきである。

  4. 以上に加えて,再審請求人両氏は,第一審公判以後今日まで一貫して無実を訴えながら,1996年11月の仮釈放を得るまでの実に29年もの間人身の自由を奪われ続けてきたことや,極めて厳しい再審開始の是非に関する審理を二審にわたり経た上でなお再審開始決定が維持されたという事実を踏まえ,当会は,検察庁に対し,これ以上布川事件の再審公判開始を引き伸ばすべきではなく,公益の代表者たる立場を厳粛に受け止め,特別抗告を取り下げるよう強く求める。
    併せて,この棄却決定を通じて改めて明らかとなった刑事司法における重大問題解消へ向けて,当会は,政府・国会に対し,直ちに,人質司法廃絶と代用監獄廃止,取調べの全過程の録音・録画など誤判・冤罪防止のために不可欠の刑事司法改革に着手するよう求めるものである 。

以上

2008年(平成20年)8月11日
埼玉弁護士会 会長  海老原 夕美

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