2009.12.10

「葛飾ビラ配布事件」最高裁判決に対する会長声明

  1. 最高裁判所第二小法廷は,本年11月30日,いわゆる「葛飾ビラ配布事件」について,住居侵入罪の成立を認めた原審東京高等裁判所判決に対する被告人の上告を棄却する判決を言い渡した。この事件は,分譲マンションの各住戸のドアポストに政党の活動報告等を記載したビラ等を投函する目的で,同マンションの玄関ホールの奥にあるドアを開けて同所内廊下等に立ち入ったという事案であるが,本来,政治に関する意見等が記載されたビラの配布は憲法21条1項により保障される政治的表現の自由の行使であり,刑罰をもって制裁を受けるべき筋合ではないはずである。
    そもそも,政治的表現の自由のもつ市民の自己実現という理念・意義に加え,民主主義社会の根幹をなす市民の自己統治という理念・意義に照らせば,かかる自由に対する規制は必要最小限のものでなければならず,「憲法の番人」であるべき裁判所は,個々の具体的事案ごとに必要最小限の規制か否かについて厳格に審査する職責を負う。
  2. しかるに,本判決は,かように重要な価値を有する政治的表現の自由の行使である当該ビラ配布行為について,それが市民の政治的意見を表明する重要な手段であることを一顧だにすることなく,刑罰により処断することが必要最小限の規制といえるか否かにつき実質的な審査を行わないばかりか,政治的表現の自由の制約と当該マンション管理組合の管理権や住人の私生活の平穏に対する侵害との比較衡量すら行っておらず,「憲法の番人」としての職責を放棄したに等しい不当なものといわねばならない。
  3. 国際人権(自由権)規約委員会は,昨年10月の政府報告書に対する総括所見において,「政府に対する批判的な内容のビラを私人の郵便受けに配布したことに対して,住居侵入罪もしくは国家公務員法に基づいて,政治活動家や公務員が逮捕され,起訴されたという報告に懸念を有する」と表明するとともに,日本政府に対して,「表現の自由に対するあらゆる不合理な制限を撤廃すべきである」旨を勧告した。
    そして,日本弁護士連合会は,本年11月6日開催の人権擁護大会において,「表現の自由を確立する宣言」を採択し,そのなかで,「ビラ配布等を,警察,検察及び裁判所が過度に制限することは,ビラの配布規制にとどまらない市民の表現の自由の保障一般に対する重大な危機である」としたうえで,裁判所に対して,市民の表現の自由に対する規制が必要最小限であるかにつき厳格に審査することを提言したばかりであった。
  4. 本判決は,表現の自由の日本における保障の現状が,このように国際的にも国内的にも強い批判を受けているもとで出されたもので,市民の政治的表現活動に対するその著しい委縮効果も含めその問題性は到底看過できないほどに広く且つ深いといわねばならない。
    そこで,当会は,最高裁判所に対し,ビラ配布等の政治的意見表明を含む表現の自由の脆弱性と民主主義社会を支える極めて大きな重要性を改めて十分に認識したうえで,今後の同種事案の審査においては,表現の自由に対する必要最小限の規制か否か厳格に審査することを強く求める次第である。

以上

2009年(平成21年)12月10日
埼玉弁護士会会長  小出 重義

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