2011.09.14

食の安全と放射性物質に関する意見書

第1 意見の趣旨

  1. 食品中の放射性物質に関する規制値は,放射性物質の健康への影響にいまだ不明確な部分が多いことに鑑み,消費者に対する被害を発生させる可能性のない厳しい基準を設けるべきである。
  2. 食品中の放射性物質についての検査は,可能な限り多くの区域・品目について継続的かつ網羅的に行うべきであり,特に汚染が確認された品目については,汚染された食品の市場への流通を確実に防止することができる十分な検査体制を確立すべきである。
  3. 消費者の知る権利及び生命・健康に対するリスクを回避する権利を保障する見地から,食品中の放射性物質に係る検査の結果はすべて消費者に公開されるべきである。
  4. 放射性物質により汚染された食品による健康被害を発生させないため,上記検査により汚染が確認された食品が市場へ流通しないよう確実な規制をするべきである。

第2 意見の理由

  1. 総論

    食は人間の存在の基礎であり,食の安全が確保されなければならないことは当然である。生命と健康を守る権利が基本的人権の根幹をなすものである以上,生命と健康に対する危険(リスク)を回避する権利が保障されなければならない。また,知る権利の保障の下,食品の安全性に関する情報は,国民に対し積極的に公開されるべきものである。
    しかるに,今般,放射性物質に汚染された食品が流通し,消費者の口に入るという事態が発生した。これは,放射性物質に汚染された食品を流通させないための検査が十分になされていなかったこと,消費者に対して的確な情報の開示がなされなかったことの結果である。現状のままでは,このような事態が繰り返されるおそれがある。
    生産者と消費者が直結しない現代の複雑な食品流通過程では,消費者が安全な食品を選択するためには,広く食品に関する情報(検査結果・原材料の産地表示・収穫時期など)に接することが不可欠であるが,現状は情報開示が十分になされているとはいい難い状態にある。

  2. 規制値について

    現在,食品中の放射性物質に関する規制については厚生労働省医薬食品局食品安全部による暫定規制値が存在するが,規制値自体に十分な安全性が認めらなければ,規制は無意味である。
    放射性物質の健康への影響については,専門家の間でも未だ見解の一致をみず,規制値の在り方を巡って論争が繰り広げられているが,放射性物質による現実的な危険に曝されている消費者には論争の終結を待つ余裕はない。また,放射性物質の影響により引き起こされることが懸念される健康被害は,甲状腺障害,白血病,発がん等,悲惨な帰結をもたらすものであり,これらの被害が発生してからでは取り返しがつかないものである。規制値の選択については,放射性物質の健康への影響が現代において解明されていないことを理由に規制値を緩和し,放射性物質によるリスクを消費者に負わせることは許されないというべきである。放射性物質の健康への影響にいまだ不明確な部分が多いのであれば,危険性があることを前提とした十分に厳しい基準を定めなくてはならない。
    現在定められている暫定規制値は,緊急時に食品健康影響評価なしに定められたものであるので,速やかに食品安全委員会による食品健康影響評価に基づいた規制値が改めて定められるべきであるが,規制値を定めるに当たっては,上記前提を厳守すべきである。
    この点,食品安全委員会の放射性物質の食品健康影響評価に関するワーキンググループによる「食品中に含まれる放射性物質の食品健康影響評価(案)」は,「現時点における科学的水準からは,低線量の放射線に関する閾値の有無について科学的・確定的に言及することはできなかった。」として,根拠の明確な疫学データで言及できる範囲で結論を取りまとめる,としている(同評価書220頁~221頁)。しかし,解明が及んでいない部分については不明だから規制しないということは,解明不足に由来するリスクをすべて消費者に負わせるということに他ならない。そのような措置はあまりにも危険である。将来の消費者に対する健康被害を避けるため,より厳しい基準を定めるべきである。

  3. 検査体制について

    検査体制についても,放射性物質に汚染された食品の流通を防止すべき観点,及び,消費者への情報提供の観点から,継続して可能な限り多くの区域・品目につきサンプリング検査を行う体制を整えるべきである(今般,汚染された牛肉が相当期間にわたり流通したことは,サンプリング検査が全く不十分な水準に留まっていたことの証左である。)。
    また,正確な検査を行うためには,現時点で最も検査精度が高いとされるゲルマニウム半導体検出器によって検査が行われるべきであるが,ゲルマニウム半導体検出器による測定が設備的ないし時間的に困難であることを理由に,検査の対象が少ない区域・品目に留まることがあってはならないのであり,ゲルマニウム半導体検出器による検査体制が整うまでの間は,最低限その他の測定器の活用も図って,放射性物質に汚染された食品の流通を防止すべきである。
    例えば,現状では牛肉に比して水産物の検査は少ない回数に留まっているが,海が希釈するから水産物は安全と報道されていたにも係わらず小女子等から放射性物質が検出されているとおり,放射性物質による汚染については,食品が汚染されていることを前提とした網羅的な検査体制の確立が重要である。
    また,実際に汚染の広がりが確認された牛肉,お茶等の食品については,サンプリング検査等という抽出検査ではなく,生産から消費までの流通経路を把握できるシステムを確立し,網羅的な検査を実施すべきである。このような全国一律の検査態勢を確立するのでなければ,汚染された食品の流通を確実に防ぐことはできない。消費者の不安を払拭することは,生産者にとっても望ましいことである。

  4. 情報公開の必要性

    汚染された食品を食することによる健康被害を最終的に甘受させられる立場にある消費者に対しては,何よりも広く積極的に情報を公開して,生命・身体の安全に直結する食品の選択という自己決定権を十分に行使し得るようにすることが大切である。最後に食品を選択して口にするのは消費者である。放射性物質の危険性に関する多様な見解,食品原材料の生産・製造過程,生産地,収穫時期,検査の体制や検査結果等に関する情報は,消費者に対し積極的に広く公開されなくてはならない。
    放射性物質の危険性に関する検査の目的は,規制値を超えた食品の流通を防止することのみならず,消費者に対して多くの情報を提供することにも存するはずである。可能な限り,食品表示の中に検査結果に関する情報を盛り込むべきである。

  5. 汚染された食品の流通阻止

    最後に,放射性物質により汚染された食品による健康被害を発生させないため,上記検査により汚染が確認された食品が市場へ流通しないよう確実な規制をすべきであることはいうまでもないところである。

  6. 生産者等への補償

    なお,食の安全は維持されなければならないが,放射性物質に係る食の安全を維持することが,被災地等の農家・畜産業者・漁業者に不当な負担を発生させるものであってはならない。農家・畜産業者・漁業者に負担が生じた場合,原子力損害として速やかに賠償がなされなければならないことは当然である。

以上

2011(平成23)年9月14日
埼玉弁護士会

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